4-2話『後ろの門番さん』
背後にいたのはちょっと困り眉をしている男性。容姿は黒髪で、体格が大柄で、今まで翠が見てきた中で一番背が高いと思う。なのにその体格に見合う想像する低い声色、ちょっと怖そうな第一印象ではなかったのが一番頭に残っている。
その男性はジッと翠を見下ろしている、困り眉なのは変わらずに。
というより、どうやって翠に話しかけようか考えているような表情にも見えてきた。ここまで来る人なんて本当に自分ぐらいなのか。この男性自体も普段人が来ないが故にどう切り出すか悩んでいるのかもしれない。
「あ、ごめんね。こんな早い時期にここに一年生は来ないから……」
「はあ、そうなんですか……?」
背後にいた人の表情は変わり穏やかなものに変化する。
この人の声色があまりにも優しいから、初対面だということを忘れて聞き入ってしまう。
「それで……翠くんはどうしてここまで来たの? 門庭は上級生か先生の同伴がないと行けない場所なんだ。下級生の内はまだ危ないからね」
「えっと、僕は出ようとしてたわけじゃなくて、奥の壁を見に来たって言うか……」
改めてここまで来た理由が壁を見にいきたかったって普通に考えておかしいものだ。
一人だから気ままに、そしてマイペースにいけるのだけど。だけどこうも知らない人がいる状態だとなんだか今まで自分が考えてきたこと全部恥ずかしいと思ってしまうものばかりなことに気付いた。
「あ、自己紹介が遅れちゃったね。僕は理事長直属の組織『九使人』所属の黄甲っていうんだ。役割はこの学校の背面門番。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします。あの……なんで黄甲さんは僕の名前を……?」
「翠くん達が入学するちょっと前に名簿を見たし、色々な先生や緑仙から一年生のこと聞いたりするんだ。僕が担当する門はほとんど人が来ないから」
この短期間で様々なワードが出てきた気がする。いや、様々と言う程でもないが。まず一つ目は理事長って直属の組織を持っているんだねっていうこと。
そして二つ目は、今目の前にいる黄甲って人、当然生徒じゃないし、かと言って先生なのかって言われると厳しいところだ。黄甲は自分の役割を背面門番、つまり後ろの門番と言っていた。
降りてきた考えをまずどうにかしようと、ばっと紫雨からもらった地図を取り出しよーく見る。今日だけで地図がこんなにも役に立つと思った日はないかもしれない。
今自分がいる場所は校舎裏からそのまま真っすぐ歩いてきたから、南の方角。ちょうど校門の間反対、翠は今後ろの壁まで来たわけで。
「……やっぱり、僕達が入ってきた所以外にも門ってあるんだ……あ、左右にも門の目印が付いてる!」
南が黄甲が言った背面。ということが今翠からいる場所から見れば左右の門が東、西に対応していて、初めて学校に行ったときに通った第二の門が北、そこには紫雨がいた。
「あの、紫雨さんももしかして……」
「うん、彼女も僕と同じ九使人所属だよ。紫雨の担当は正面門番だから翠くんは一回会ってるよね」
やっぱりだ。あとは誰がいるんだろう。聞いたところ黄甲も紫雨も、名前の付け方が一緒な気がする。
少し考え、思いついた。翠が思い浮かべた人物。だとすれば、あの人も。
「あと……翠くんが知ってそうなのは緑仙かな。緑仙の役目って校長だから、入学式のときに挨拶したと思うんだけど」
そう、今翠が一生懸命考えて唯一思いついた人物。入学式のときに一番最初に挨拶していた校長先生と名乗っていた緑仙。
合っていたことに内心喜んでいる翠を見て、それが分かっているのか黄甲も目元を綻ばせていた。
「あ、分かるか分からないけど、理事長が挨拶するとき一緒についてきていた白髪の女性と黒髪の男性いなかった?」
「え、えーっと…………あ、いた! いました!」
挨拶をしようと朝礼台に上がる理事長に手を差し伸べていた白髪をアップスタイルにしているスタイルのいい女性。
そして見る限り護衛役なのか朝礼台に上る理事長についてきて終始背後に佇んでいた前髪で顔が少し隠れている黒髪の男性。
そういえばこの二人も入学式のときにいたなと今思い出した。翠が一番気になっていたところだったのに。
察しの通り、黄甲によるとこの二人も九使人所属らしい。こう考えると理事長ってどんな大物なんだろうと思う。
第九区画の土地を奪い桜木教育学校を建設したという話だけで、充分やばくてある意味すごい人だが、翠達が持つ思想とは真逆をいく理事長に着いていく黄甲は、どうして九使人なんかに入ったのだろう。
「……って、こんな長話してる暇なかったね」
気付いたように言う黄甲は懐からトランシーバーを取り出し、それを操作する。少しの間があったが、繋がったトランシーバーに向かって声を投げる。
「……あ、詠田先生。黄甲です。今僕の担当付近に翠くんがいまして……はい、じゃあそこまで翠くんを送りますね。僕も一緒に行くので皆さんは待ってて下さい。……いえいえ、僕も久しぶりに下級生とお話できて楽しかったので。……はい、では」
「詠田先生?」
「翠くん委員会の途中だったんでしょ? 今日自然委員会あるって聞いてたから。翠くんが作業してた花壇まで送るね。皆そこで待ってるって」
今委員会中だったというのをすっかり忘れていたため罪悪感を含んだ返事をして、早く戻ろうと視線を花壇があった方へ向こうとしたとき、視界の端で学校に来たときに通った門とは違う別の門が見えた。きっとあれが黄甲が担当している背面門なのだろう。それが分かったとして今はそれを聞く余裕がないため、ちゃんと戻るということに意識を切り替える。
「あの、戻る前に……この桜の木ってずっとここにあるんですか?」
「ああ……そうだね。僕がここに来たときにはもう植えてあったものなんだ。僕も春頃は見に行くんだけど……年々綺麗になってってる気がするよ」
黄甲がそっと桜の大木に目を向ける。それにつられてなんだか翠も桜の木に目が向いてしまう。二人して見惚れるように、何か魅了でもされてしまったかのように、この桜の大木に目が釘付けになる。
そのことにはっと気づき、今翠は自然委員会のメンバーの元に戻らないといけないのに。確かにこの桜の大木はとても綺麗だけど。見惚れてないで今行かないといけない場所に行かないと。
そう思って黄甲の手をグイグイ引っ張って、行動で行こうよと伝える。黄甲自身も桜の虜になってる意識を戻し、歩き出そうとする。
歩き出したのを見て翠は黄甲の手を離すと、
「あ、ねぇ……手、繋ぎながら行ってもいい、かな」
「え……まあ、全然いいですけど」
少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら頼む突然の黄甲のお願いの内容に多少驚くものだったが、別に嫌ではないため了承すると、ぱあっと明るくなりるんるんとした雰囲気を醸し出す黄甲と手を繋いで戻ることになった。
「えへへ、ありがとうね、翠くん。さっきも言ったけど、僕の担当する門はあまり利用する人が少ないから、ちょっと寂しいっていうか……誰か来たらお話したくなっちゃうんだ」
「そうなんだ……僕以外には誰か来ることはあるんですか?」
「うーん、そうだね……背面門を利用しにくる子だったら定期的に会ってるのは龍輝くんとか薫くんとか、安全委員会の子達かなぁ。あと理事長や、白雪と黒影、緑仙も時々様子を見にきてくれるよ」
今の黄甲の言葉だけで色々な人の名前が出てきた気がする。翠が知らない安全委員会の先輩達。名前の響きが似てる白雪と黒影は、おそらく黄甲と同じ九使人所属なのだと予想する。
手を繋いで、バレないように黄甲の方を見上げると背が高すぎて、シチュエーションというか、なんだか父と子供で手を繋いでいる風に見える。身長差的にもまるでそう見えてしまう。
喋り方、雰囲気、全て優しくて穏やかなオーラを纏っている黄甲。
九使人に所属して理事長のために仕えている理由が知りたい。黄甲が優しいから。断れない性格をしているから。翠は思いつく限りの色々な理由を頭からひねりだす。
翠が黄甲に思うことはただ一つ。
――黄甲は自分の区画よりも理事長の方を優先したのか、ということ。
「……黄甲さんは、なんで九使人に入ったんですか」
「なんで、かぁ……」
「『九使人』は理事長直属の組織って言ってました。そこに入るということは理事長に尽くすっていう誓いを立てるようなものじゃないですか。僕達は自分の区画が第一優先のはず。黄甲さんには、その心がないんですか……?」
黄甲は口を挟まない。翠はその言葉に続き、
「僕にはわかりません。なんで黄甲さんが自分の区画以外にそんな忠誠を誓えるのか。……変ですよ、黄甲さんも理事長も、小豆沢先生だって……」
そんなことを思う。その疑問は正しいはずなんだ。自分は何も間違っていないはず。
だけどその反面、他区画の人間、三組の皆や自然委員会の皆。本来は敵である人達と一緒にいる、過ごすということが楽しいと、そう思ってしまったのもまた事実だった。
まだ入って一か月も立っていないのに、どんどん理事長の思惑にはまってしまっているような気がするのだ。
自分にとって一番大切なのは、第七区画のはずなのに。
部屋にいるときの彗斗と諒と過ごす日常も、掃除の班が一緒で、この前やったお話会をきっかけに來香と伊月、彼汰、他の皆とも沢山話すようになった時間も、全部が全部翠にとって胸にこびり付いて離れない強固な思い出になっていっている。
「……翠くんは、一番大切なものは何って聞かれたら、すぐに自分の区画って答えられる?」
「もちろん答えられますよ。今こうして過ごせているのは軍の人達のおかげ。自分の区画以外は敵。いつか訪れる平和のために、それを掴み取るために。……そんな兵士になるために、僕はここに来たんです」
「……そっかぁ。昔の僕と、同じ思考だ」
昔。どれぐらい昔なのか、そんなこと翠には分からないが、黄甲にも翠と同じ気持ちが存在したんだ。
それなのに今は、おそらくそんな気持ちは黄甲には何も残っていない。やっぱり理事長に洗脳でもされているんだ。
そんな考えが思い浮かぶのに、翠も今、初めての気持ちに惑わされている。
――いずれ、自分もそうなってしまうのかな。
だけど翠は負けない。兵士になるために不必要な知識はいらない。これからちゃんと分別ができるようになれば、六年生になる頃には、立派な兵士になっているはずだから。
黄甲がこんな状態ならこのままにしておいた方がいい。黄甲の出身区画は分からないけど、黄甲がそんな調子ならそこの軍だって機能してないはず。そこをいつか第七区画が倒してやる。
「あ、理由が聞きたいって言ってたね。――理事長は、僕の命の恩人だからだよ」
「命の……?」
「……重傷を負って、上に僕はもう使えないと判断されて、そのまま治療も施されないで死に際を彷徨っていた俺を、理事長は助けてくれた。……だから、かな?」
さも当たり前と言った表情で黄甲は語った。最後だけ一人称が変わっていたのも、理事長の影響なのだろうか。
理事長と黄甲が別区画出身なら、黄甲は敵に助けてもらったことになる。
そんなことあってはならないことだ。敵に助けてもらうくらいなら死んだ方がいい。それで自分が敵の役に立っては本末転倒だから。
――やっぱり、分からない。全部が、理解できないよ。




