3-1話『知りたいと思う気持ち』
委員会決めが終わり数日、翠は念願の自然委員会に所属できて幸福に満ちていた。
今まで一人でこそこそと学習校舎の花壇の世話をし続けていた翠にとって誰かと一緒に作業する楽しさは彗斗で既に知っている。だけど一緒に作業している人達が全員他区画の人達なのにどこか楽しいと感じるのは、敵に絆されてしまっているということなのだろうか。
今翠は自然委員会の活動で花壇に。自然委員の皆で花壇の水やり、これが終わったら次は畑に行く予定だ。
「叶奏ちゃん、そっちは終わった?」
「うん、終わったよ」
今翠の隣にいる女の子は望月 叶奏。クラスは一年一組で翠と同じように自然委員会に入った子。白髪を下に三つ編みにして垂らしていて、おっとりというか穏やかで物静か。伊月みたいに場を振り回す明るさではなく、静かで優しいから所属してまだ数日だけどそれなりに喋れている。
陽向と来陰が双子の兄弟のように、叶奏にも三年生に兄がいるらしくなんと心優とその兄は同じクラスらしい。
叶奏が委員会体験週間で自然委員会に見学にいったとき心優に興奮気味に兄のことを質問されて戸惑ってしまったという出来事があったと叶奏本人から聞いた。
二人とも担当した花壇が終了したということで渚か陽向に報告したいところだが周りにはいない。確か陽向が一番二人と近い場所で作業しているはずだった。とりあえず道具を持って陽向のところまで行こうかと考えているとき、
「わっ」
花壇の前でしゃがんでいた翠と叶奏。翠がいきなり声を出したのは背中に何かがぶつかった感触がしたからだ。物ではなく何か動いているものに当たったような感じだった。
後ろを振り返ると二人の周りには四匹のウサギたちが。翠の背中にぶつかったのか一体お腹を出して仰向けに倒れているウサギもいた。
「この子達って飼育委員会で飼ってるウサギだよね」
もしそうだったら保護をしておかないとまずいと感じた叶奏は二匹をとりあえず抱っこする。翠もお腹を出して倒れているウサギを抱きかかえ、最後の一匹を頭を撫でてどこかに行かないようにした。
「伊月くんとか他の飼育委員は周りにいないのかな?」
翠はそう思い辺りをキョロキョロと見ていると奥から二人ほどこっちに向かって走ってくるのが見えた。見た感じ紺色ではなく緑色の制服だから下級生。ジッと見ると二人の内一人が特徴的な紫の髪を長く伸ばしている髪型の人に見えて、伊月が来てくれたのかと伺う。
だけど伊月の隣にいる人は翠は知らない人だ。寮か廊下を移動しているときにすれ違ったような気もしなくもないが。
「おーい、翠ーー!」
汗をかきその長い髪が首や頬に汗で張り付いた状態で翠に声をかける伊月。ここまで走って探していたのか伊月ともう一人は息を乱している。
「伊月くん、この子達って飼育委員会のとこのだよね?」
「そうそう! 皆に餌あげるために餌袋を運んでたんだけど、俺がそれ落としちゃってさ。落とした音にびっくりして俺の周りにいたウサギたちが逃げ出しちゃったんだよ」
「そうだったんだ。餌袋って重そうだし、運ぶときはちゃんと気を付けないとだよ! 餌袋がウサギたちにぶつかって怪我しちゃうかもしれないし」
「うー、ごめん! 次からちゃんと気を付ける!」
翠は捕まえていた二匹のウサギを伊月に渡す。隣を見てみると伊月と一緒に来ていたもう一人の子と叶奏が喋っている。だけど話が済み叶奏も抱っこしていた二匹をそのもう一人に受け渡した。
伊月が「ありがとうー!」とこちらに大声で言いながら二人で戻っていった。二人の姿がなくなるまで見届け、
「叶奏ちゃんは伊月くんの隣にいる子知ってるの?」
「一年二組の九条 遥くんだよ。委員会体験週間のときに自然委員会で一緒になったの」
伊月の隣にいた水色の髪をした男の子は遥というらしい。しかも同じ一年生。
叶奏が聞いた話によると伊月が餌袋落としてウサギたちが逃げちゃって、それに慌てた伊月が猛ダッシュでウサギたちが逃げた方向に走っていってしまったため追いかけるために自分も来たそう。
だが伊月の足が遥より速く捕まえられないまま傍から見れば追いかけっこの状態で翠達のところまできたらしい。
というのが遥から語られた話だ。だから二人ともひどく疲れた状態だったのだと納得した。
ウサギ脱走事件は伊月達が来たことによりあっさり終了。二人はひと段落つき改めて陽向の元へ向かった。
・・・・・・
夕方、今日の委員会活動が終わり翠達自然委員会はその場で解散。自然委員の皆は寮の方へ向かっていくが、翠は学校の方へ。忘れ物をしたとかそういうわけじゃなく、彗斗の様子を見に行くためだ。今日は少し早い時間帯で自然委員会の活動が終わったため、もしかしたらちょうど彗斗が所属してる監査委員会が終わったと同時に翠が行けば一緒に寮まで帰れるかもと思ったからだ。
どうせ寮の部屋は一緒だけど彗斗と一緒に帰るということに意味がある。どうせ会えるしとかではなく。
監査委員会の活動拠点である空き教室Aに着き、教室のドアのガラスからひょこっと中を覗いた。
中の様子はまだ監査委員会は活動中のようだった。ドア越しなため中の声がうっすらと聞こえる。
「ねえ彗斗、ここの計算ってどうやってやるんだっけ。教えてよ」
「あー、ここはこの数字と隣の数字を足すんだよ」
「そういえばそうだったわ。了解、ありがと」
彗斗の隣に座ってるピンクの髪をツインテールに結ってる女の子と喋っている。彗斗に計算のやり方を聞いていたようだがなんだか淡々としている。ツインテールの子は監査委員会見学時にいなかったから同じ一年生だろうか。すれ違った気もしなくもないけど。
まだ終わりそうのない気配を感じ取り翠は一人で寮に帰ることに。
寮の自室に着き「ただいま」と言うが返事は帰ってこず。諒も図書委員会の活動があってまだ誰も帰ってきていない。おかえりが帰ってこない寂しさを感じながら自分の机に。
まだ夕食まで少し時間があるから初めて図書室で借りた読みかけの小説を開いた。借りた小説は諒オススメのもの。小説を読むのがが苦手な翠のために選んでくれたのは比較的文章が読みやすいもので、一冊完結のもの。ジャンルがファンタジーというものらしい。初めて聞く単語だったがストーリーは今のところすごい面白い。
ファンタジーっていう異世界という創作世界が舞台でそれが新鮮で翠にとっては今まで見た数少ない小説で一番面白かったと感じた。
読みながら今日のことを振り返った。伊月の隣にいた遥って人。彗斗の隣にいたピンクの髪のツインテールの女の子。
遥は一年生、おそらく彗斗の隣にいたツインテールの女の子も同じ一年生。伊月と遥は見た感じ仲が良さそうで、彗斗とツインテールの女の子は淡々としていたけど仕事仲間みたいな感じで距離は近いように感じた。
委員会はクラス九人、一人一つに所属する。総務委員会を除いて同じ委員会に同じクラスで二人以上所属できない。だから翠と彗斗二人で自然委員会に所属はできないようになっている。
だから委員会は絶対他の一年二組や一組と一緒になる。伊月も彗斗も他の一年生と喋ったり一緒にいるところを見て、翠は自分のクラスしかよく知らないことに気付いた。
(叶奏は同じ委員会だから知り合っただけ……)
叶奏は一年二組の遥のことも知っていた。同じ委員会じゃないのに。
翠は叶奏以外誰も知らない。寮で談話室とかですれ違ったりしたこともあるから顔はなんとなく知ってるだけでどういう人なのかとか、どういう性格の人なんだろうかとか、翠は何も知らない。
「僕達以外の一年生の人達ってどんな子なんだろう……」
その言葉を呟いた瞬間、翠は小説を持っていた手を咄嗟に離し両手で口元を強く覆った。声が出せないくらい。手を離したせいで借りた小説は床に落ちるが、その落ちる音さえ翠の耳には入っていなかった。
(なんでなんでなんで!? なんで今僕皆のこと知りたいって思っちゃったの!?)
知りたいと思う気持ち。この気持ちが兵士として情報収集の一環ではなく、ただ皆のことが知りたい。初めて彗斗と話したときみたいな、この人を知りたいと思う気持ち。今翠が感じているのは後者の方だと思ったから、ひどく動揺してしまった。
(僕と彗斗以外は皆敵なのに……なんで敵を知りたいって思っちゃったの? 敵だよ!? 敵なんだよ!? なのになんで……?)
――知りたいと思ってしまったんだろう。
自分達の区画以外は全部敵。全員敵。翠と彗斗は第七区画のために動いて、戦って、尽くして、捧げて、第七区画の勝利のために。それだけのために。
思えば翠はもう変になってしまっている。まだ桜木教育学校に来て数日しか立っていないのに。
一年三組の自己紹介をしたときから、諒と初めて部屋で握手したときから、初日の授業から、実技の授業で美園先生から話をされたときから、自然委員会の体験のときに諒と彗斗と三人で手を繋いだときから。
――もう既に自分は絆されてしまっている?
この気持ちは兵士としての思考じゃない。ただ一人の人間として、一年三組の守蔦 翠として、皆がどんな人でどんな性格で、どんな喋り方、趣味。色んなことを知りたいと思ってしまった。
(いや、違うはず! 知りたいと思うのは情報収集の一環! 一環で!)
認めたくない。
兵士としての使命も果たせないで、まるで敵に情けを見せるような。
そんな第七区画を裏切るようなこの気持ちを持ってしまったなんて絶対に認めたくない。
――自分の持つもの全て第七区画に役立てるため、いつか訪れる平和のためにあるものだから。
だから絶対に認めない。兵士として第七区画に役立てないなんて、そんなの自分に価値がないのと同義だから。
(だから知りたいって思うのは第七区画の兵士として! 情報を得るため! 第七区画に役立つために情報を知りたい、ただそれだけ!)
意地でも認めたくないから、翠はそう思うことにした。
だけど嘘じゃない。第七区画の役に立ちたい、尽くしたいっていう気持ちは嘘ではないから。だからそう思い込むことにした。




