2-9話『監査委員会』
委員会体験週間も終盤に差し掛かってきた木曜日。今日は監査委員会の見学だ。
これも彗斗が希望した委員会。この日も翠は憂鬱だった。図書より小説より、計算が苦手だから。
彗斗は翠と違って計算が得意。彗斗曰く計算は覚えることが少ないから得意とのこと。それを初め聞いたとき素で彗斗に「は?」と言ったことがある。計算なんて覚えることだらけじゃないか。計算方法とか公式とか色々覚えないといけないし。
昔彗斗に学習校舎で学んでいる数学のレベルが上がった計算のワークみたいなのをやったことがあるのだが、翠は一門も解けず、問題のもの字も理解できないで終わったという思い出がある。
彗斗は暇つぶしにそのワーク、ドリルを買っては解いてみるということをしていることがあるらしく、翠にやらせたワークの内容はもちろん本人は修復済なためスラスラと解いていた。
もうだから翠は諦めた。兵士に必要なのは計算ではなく体力、武力、射撃力、こういうものが必要とされるはず。だから分からなかったら彗斗に聞けばいいじゃないか、と。
「翠、昨日より顔沈んでるなー」
「ううー……計算……数学……数字……」
昨日の図書委員会より行きたくない監査委員会。彗斗の声も届いておらずただただ計算に関係しそうな言葉を述べていく翠。
監査委員会の集合場所は空き教室A。自然委員会のときの教室と近い場所にある教室だ。教室の前に着き翠の顔は更に沈む。
「なんだか翠の周りが青くてどんよりしてるような……?」
彗斗の隣にいる諒ですら表情を見なくても雰囲気で分かってしまうほどだ。だけどもう入口の前に立っているし。見学するとプリントに書いた以上三人は行くしかないのだ。
「失礼します」
顔が沈んでいる翠を二人で引っ張り彗斗が初めましての挨拶を担当した。
「あ、こんにちは! 三人だから……見学者の子だね。どうぞ中に入って!」
笑顔で出迎えてくれた上級生の女の子。教室内には同じく上級生の男の子と翠を勧誘していた金髪の誠と呼ばれていた男の子がいた。更に奥には美園先生が。
「じゃあ見学者も揃ったから始めようか。……まず私から。私は六年三組、紅川 未舞、監査委員会の委員長やってます。皆よろしくね!」
黄赤色の髪をミディアムにしている女の子。翠達を出迎えたときにも見せた柔らかい笑顔が印象に残る人だ。
「俺は五年一組、監査委員会副委員長の氷室 玲。よろしくな!」
水色の髪をしている男の子。キリっとしてる顔立ちが特徴。一言で言うなら顔面が良くてイケメンということ。それなのによろしくな、と言ったときの表情は凛とした表情が崩れた笑顔だった。
「えーっと……二年三組、雨宮 誠、です」
委員会体験週間のお知らせを受けた日に翠を勧誘した誠。そんな誠だが、教室に翠たちが入ってきてから態度がぎこちない。正しく言うと翠に対し目を合わせないようにしていてばつが悪そうな表情。とりあえず自分達も自己紹介をと思い三人は名前を言っていった。
ここまで何も発さない、顔は俯いている誠。これはいつもの誠ではないと気付いた未舞と玲が、
「誠くん、どうしたの? そんな目を逸らすような……いつもだったら玲くんを真似してキリっとした態度なのに」
「そうですね……誠、もしかしてこの三人となんかあったのか?」
誠は両手の人差し指を合わせ、口はキュッと閉じ何か言い淀んでいる。目線は下で、翠だけでなく三人のことを見ないようにしている。監査委員の委員長と副委員長はいつもと違う態度の誠に心配が尽きなくなってしまい、一旦未舞の方からストップが出た。
「ごめんね、ちょっと待ってくれる?」
そう言うと誠を連れて監査委員会の三人は教室の隅の方へ。翠達は事情も分からずただ突っ立っているだけ。美園先生もこの事態は初めてなのか、視線はちらちらと誠たちの方にいっている。
三人で隅で話しやっと解決したのか翠達の前に戻ってきた。未舞は頬をかき少し言いづらそうに、
「えっとね、君が翠くんだよね?」
未舞は翠の方を向いて尋ねる。翠は声は出さずこくこくと頷いた。
「誠くん曰く、委員会体験週間の説明があった放課後翠くんを勧誘したときに、また烈央の挑発に乗ってみっともなく大声出しちゃった所を見られた……って、誠くんが」
おそらくだが、誠が気にしていたのは単純なもので、自分へのイメージを心配していたのかもしれない。自分に対して理想が高いが故にその理想とはかけ離れた態度をしてしまったときにずっといた翠に見られたことによって、自分へのイメージが変なものになっているかもしれないと心配だったのかも。
「ああー……そういえば……いや、僕はあの場面を見たからって別に、何も気にしないですけど……」
翠もなんで誠の様子が変なのか分かっていないため、何も誠に変なイメージは持っていない。むしろさっきの態度の方が気になる。
翠の返答に安心した未舞は気を取り直して、コホンと咳払いをし、
「ここの顧問は美園先生だよ」
「僕は自己紹介してあるから無しでいい。進行を進めてくれ」
美園先生の言葉に頷き未舞は監査委員会の活動内容と今日実際にやることを翠達に説明する。説明が終わる頃には誠の表情と態度も元に戻っていた。
「……活動内容はこんな感じかな。今日実際にやるのは支出計算。今から配るプリントは過去、昔の監査委員会の人達が実際にやった各委員会の予算書のコピーだよ。今日はこのプリント一枚を完成させよう!」
三人に配られた実際に昔計算したことがあるらしい予算書。数字の多さに翠はプリントを目にしただけで表情をしょげさせる。
まず数字の桁が多い。今までの授業は三桁が最大だったのに、そのプリントには三桁は存在しない。全部四桁か五桁。つまり千と万だけ。こんな大きい数字を全部計算して答えを出すのか。――翠は思った、できる気がしないと。
黒板に出向き予算の計算の仕方をチョークで書き出し三人に教える未舞。彗斗と諒は涼しい顔で説明を聞いているが翠に至っては目にぐるぐるマークが見える。
計算のやり方講座が終わり、三人には電卓が配られる。さすがに手書きで計算はやらないらしくそこはちょっと安心。
「数日前から頑張って、簡単で一年生にも分かるような解説を考えたんだけど、どうかな」
彗斗は涼しい顔、プリントを見ながらもうどうやって計算をするのか頭の中で考えている。
諒はさっきと違って若干の焦りが出てきている。そして翠は話はちゃんと聞いていたが聞いた上で何も分からなかった。
「とりあえずやってみようか!」
三人は初めての支出計算とやらにチャレンジ。配られたプリントの数字を電卓に入力していき、計算の仕方が書いてある黒板をちらちらと見ながらやってみるも、翠は早い段階で撃沈。
(えっと、この数字とここの数字を足して……で、次はここと今出た合計を引くんだっけ……あれ、数字が七桁になった……なんでぇ)
誰が見ても分かる。翠は苦戦している。こんな大きい数字を計算したことがない、そして計算自体苦手な翠はこの時間は地獄とそう変わらない。
「翠……くん!」
苦戦している翠に声をかけたのは誠だった。
「僕も監査委員になってもうすぐ一年、分からないところは教えられるはず! だから翠、僕を頼ってくれ!」
なんだか翠は胸を張る誠がすごく救世主に見えた。数学の時間の彗斗みたいな気持ちを誠に覚える。分からないときに手を差し伸べてくれる神様みたいな。いつも翠は数学の時間だけは彗斗のことはそう見えている。
「あれ、合計が合わない……」
翠、誠の隣で一人で計算していた諒だが、全ての合計が合わない。どこで間違ったのかと予算表を見つめていると、
「これな、ちゃんと正確な計算できないと陥ることなんだよ。合計が合わないってことは多分どこかで電卓に打ち込む数字を間違えたか、計算する数字を間違えたかなんだ」
「そうなんですね……どこか間違えちゃったのかな」
「俺が隣にいるから一緒に確認してみるか」
諒と玲で合計が違うプリントの見直しをする。未舞は後ろで三人を見ているが、諒と彗斗は結構できる子だと感心していた。だけど、今違う場所では慌てふためく現場が待ち受けていた。
「えっと、次はそこの数字と今出した計算の答えを一緒に計算するんだ……!」
「え!? えーっとさっきどこやってたんだっけ……ど、どうやって計算するの……!?」
必死に教える誠と説明を聞くもまったく理解ができていない翠。二人は互いに最善を尽くそうと頑張ってはいるが、全然だめなご様子。
そして段々と二人の目尻に涙が、
「うう……っ、僕全然上手く教えられないぃ……っ」
「難しすぎて分からないよぉ……っ」
二人同時に言葉を発するのも同じ。二人の様子を見てぎょっとする皆。様子を見かねた未舞はすぐ二人の間に入り頭を撫でた。
「大丈夫だよ、翠くん! 私も誠くんと一緒に教えるから!」
「うう……でも僕何も分からない……っ」
今度は翠より一番泣いている誠の方を振り返り、
「誠くん大丈夫! まだ一年しか立ってないんだよ、これからだよ、これから! ちゃんと誠くんが努力家なのは知ってるから!」
「紅川先輩ぃ……っ、僕全然翠くんに上手く教えられなかったですぅ……っ、やっぱり僕が、要領悪くて不器用で頭が悪いからぁ……っ!」
小さい子供のようにわんわん泣きじゃくる二人を未舞はまるでお母さんのように優しく二人の頭を撫で、大丈夫だよと声をかける。未舞も二人同時にこんなに泣くとは思っていなかったため、内心大焦りである。
そこから翠、誠チームでプリントをやっていたが、このまま二人一緒にやらせると更に悪化するかもしれないと感じた未舞は二人のチームに入り三人でやっていくことに。
時間が立ち、なんとか諒の方は間違っていた場所が分かりもう一度計算にチャレンジ。翠の方は誠と未舞が徹底的に分からないところを教えてくれているため、もう少々時間は必要だがこの計算にも終わりが見えてきた。
終わった諒はふと、一度も喋っていない彗斗のことを思い出した。真ん中に座っている諒は隣にいる彗斗の方を見やる。そこにはなんと、誰にも頼らずプリントを一人で終わらせている彗斗の姿が。
「え、彗斗終わったの!? 誰にも教えてもらわずに!?」
諒の言葉に不思議そうに頷く彗斗が。玲は嘘だろという顔をしながら彗斗がやったプリントを見てみる。そうしたらなんと全部合っているという。彗斗は見直しもしてあると言っていた。
「すごいな彗斗! 初めてなのに全部合ってるなんて。相当計算得意なのか?」
「すごいね彗斗! 数学得意って翠も言ってたけど……本当にすごいよ!」
玲と諒の賞賛に続き、翠、未舞、誠からも褒め言葉がたくさん。遠くで皆の様子を見ていた美園先生も片目を見開き賞賛の言葉と共に拍手が送られる。
「いや別に……計算自体は黒板に書いてある通りにすればいいだけだし……俺にとってまだこのレベルは簡単っていうか……」
全員に褒められさすがに照れずにはいられなくなったのかそっぽ向いて話す彗斗。だけど耳は真っ赤で、おそらく顔も相当赤くなっているのだろう。皆の視線が気になったのか「俺のことはいいから諒と翠は計算を終わらせって!」という言葉が空き教室Aに響いた。
彗斗の言葉もあり二人はなんとか計算を終わらせることに成功した。翠は大苦戦しながらも、未舞と誠の教えによって諦めずプリントを完成させた。
「今日は翠くんとか苦戦してたけど……これが監査委員会のやってることの一部です。選ばれにくい委員会ですけど、所属したいって思ってくれたら私たちは嬉しいかな」
監査委員会委員長、紅川 未舞の言葉で木曜日の委員会体験週間、監査委員会が終了した。
翠は昨日と同様、少しやつれた状態での終わりとなった。




