1-1話『異質の学校』
緑色の軍服という名の制服に身を包み、地元から隣の区画に位置するある学校に着いて、くすんだ緑の髪を持つ十三歳の少年――森蔦 翠は目をキラキラと輝かせていた。
『桜木教育学校』兵士を育てるために設立された兵士学校だ。だけど通常は軍隊に入り、そこの教育機関で知識を得る。桜木教育学校は他の軍の教育機関より異質だった。
軍隊の教育機関は三年程で全ての知識や体術、技術を身に付けられる。だけど桜木教育学校は六年間という月日で知識を学ぶ。
そして一番異質なのは、全ての区画からここで生徒として学べるという点だった。自分が住んでいる区画以外は全員敵、誰もが知っている当然の常識だ。なのに、桜木教育学校は全ての区画から生徒を募集している。だからこそ桜木教育学校の悪い噂は絶えない。だけどそんな噂がある中でもやっていけるのは、桜木教育学校の卒業生のほとんどが戦場の地で活躍しているからだろう。
(本当は軍隊に入って今すぐにでも活躍したいけど、僕は体力も根性もない……だから六年間ここで鍛えて立派な兵士になるんだ!)
「えっと、確か入るには校章が必要で……」
入学する前に事前に家に届いた制服の中に一緒に入っていたもの、桜木教育学校の生徒である証『校章』を制服から外す。
桜木教育学校は二層の門の中に学校がある。中に入るには第一の門と中にある第二の門を通らないといけない。だけど入るには門の前で校章をかざさないといけない。
翠はそれを第一の門の前でかざした。すると門から一本の黒い管のようなものが伸びてきてそれは翠の目の前で止まった。その管の先から変な赤い光が出てきて翠の目をずっと見ている。
(これは今何してるんだろう……)
用が済んだのか管は門の中に行ってしまい、代わりに翠の前に画面が付いた台が下から現れる。
「今度は何だろう……『手をかざしてください』?」
画面にはそうかかれ、ここに置けと言わんばかりに手のマークがその画面にはあった。
指示通り手をかざすと第一の門が開閉する。
「あ、開いた!」
第一の門の先にあったのはとても広い敷地に森、広大な自然、塀の中のはずなのに遠くの方に山が見える。そして真っ直ぐに伸びている土の道。
「わぁ、すごい広い。道の先にもう一つ門があるはずなのに全然見えないや」
翠が歩き始めて三十分立ち始めた頃、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「おーい、翠ー!」
「あ、彗斗!」
「やっと翠に追い付いたよ」
後ろから声をかけた白髪の少年の名前は金河 彗斗。唯一翠と同じ区画に住んでいる同い年の友達だ。
「もう、遅いよ! せっかく一緒に学校まで行こうって言ったのに! 結局一人で学校まで行くことになっちゃったじゃん!」
「それは本当にごめんって!」
元々同じ区画、家も近所で二人でいることが多かった二人は桜木教育学校に入学すると決まったとき、学校まで一緒に行こうと約束していた。友達だから一緒に行こうという思いもあったが翠にとっての一番の理由は他の区画に入ることになるからだった。
自分の住む区画以外しか知らない翠達は他の区画に入ることに抵抗感と嫌悪感があった。だから二人で行けば怖くない理論で突破しようと思っていたのに翌日彗斗が寝坊。遅れるわけにもいかないため一人で行ったが他の区画に入ったときの通行人の冷たい視線、あれは一生忘れないと思う。
「もう……まあ合流出来たし、仕方ないから一緒に教室まで行ってあげる」
「さっすが翠くん! ありがたやー」
許した思ったらなんて調子のいい奴。そんな彗斗に少しあきれながらも一緒に行けるのは嬉しいので今日はこれで勘弁してあげた。
そこからまた三十分歩き進めていくと第二の門が見えた。
「第二の門……思ったよりも遠いんだな……」
額から垂れてくる汗を拭いながらやっと門の前まで着いたことに安堵する彗斗。そしてふと道中、そして門に着く直前まで一緒にお喋りしていた翠が門の前に着いてから一言も言葉を発しなくなったり、不思議に思いながら後ろにいる翠を見る。
「…………」
そこには汗をたらたらかき、顔は下を向きながら目は開いているのに微動だにせず直立する翠の姿があった。
「み、翠ーーー!? しっかりしろーー!! え、生きてる!? 死んでないよな!? 翠ーー、動いてくれーー!!」
石像のようにピタリとも動かない翠を見て思わず悲鳴に似たものを発する。気が動転して肩を掴み強く揺さぶる。
「はっ、僕は一体何を……」
「よ、よかった……!」
彗斗に強く揺さぶられいなくなった意識を瞬時に戻した。ものすごく長い息を吐き安心した表情の彗斗が自分のカバンからタオルを取り出した。
「はいこれ、タオル。汗拭いとけ」
「あ、ありがとう」
タオルで汗を拭う翠に更に彗斗はカバンから水が入ったペットボトルを取り出し渡す。なんでも至れり尽くせりで申し訳なくなった翠は水を受け取るのをためらうが彗斗の『飲め』という圧を感じ取り慌てて水を受け取った。
「ぷはぁ」
「ふぅ、我慢してたんなら早く言えよぉ。喋るのに夢中になって気付けなかった俺も悪いけど……翠は体力ないんだから」
「あはは、ごめん。今度からちゃんと気を付けるよ」
水を飲んだ翠を見てようやく一息つくことが出来た彗斗はやっと一安心出来た。流石に心配かけてしまったと思った翠は心の中で反省するのだった。
「あ、タオルも水も俺は使ってもないし飲んでもないから!」
「流石に汗を拭ったタオルは使いたくないけど、飲みかけは僕気にしないよ? はい水、彗斗も飲んだ方がいいんじゃない? 気にしないならだけど」
「実は俺も喉乾いてた。翠がいいなら飲ませてもらおうかな」
「タオルは洗濯して返すね」
水を飲み終わった彗斗達は改めて自分達が第二の門の前にいることに気付き、二人は第二の門の前に向き合う。第二の門は第一の門と似ており自分たちの校章をかざすだけといったものだ。
「ここでも校章をかざせば……」
「俺も……」
第一の門でも使った校章をかざす。認証されたのか第二の門が開いた。続けて彗斗も校章をかざし無事を認証された。
門をくぐると第一の門と違ったのは、門番的な人がいることだった。
「こんにちは! 私は紫雨、この正面の門の門番をやってるんだ」
紫の髪を上にお団子で一つにまとめている女性が出迎えてくれた。
「そうなんですね」
「こんにちは、俺達今日からここに通うんです」
「君達のことは知ってるよ、昨日名簿を見たから。……はい、これ学校の地図」
紫雨が抱えていた書類を二人に渡す。そこには学校の地図が書かれてあって、見る限り相当広い校舎だと知る。
「ここは結構広いから、覚えるまではこの地図を持っててね。君達二人は一年三組だから、ここ。教室に着いたら担任の先生が待ってるはずだから、後は先生の指示に従ってね」
「彗斗、僕達一緒のクラスだって!」
「やったな! 俺も翠と同じクラスで嬉しいよ!」
気分が上がりその場でハイタッチした二人に門番の紫雨は顔を緩ませクスッと笑っていた。
自分達の行くべき教室に教えてくれた紫雨に二人はお礼をし、第二の門の先に進む。見えたのは視界いっぱいに広がる校舎で、制服を着た生徒が学校に入っていく姿もあった。
「見て彗斗、僕達と同じ制服着てる!」
「……そうだな、それに俺たちが着てる緑の制服以外にも紺色の制服の人達もいる。確か上級生って聞いたような」
現生徒達の人込みを抜け、紫雨から貰った校舎の地図を見ながら自分達の教室、一年三組に向かう。
地図通り廊下を歩いていくと先には一年一組、一年二組、そして一年三組と書かれたものが教室のドアの上に張り付けられていた。
「ここだね」
「だな……」
いつも明るい彗斗が神妙な顔つきになった。友達の真剣な表情に翠は少し不安になる。
「……彗斗なんか怖い顔してるよ? 大丈夫?」
「翠は新しい環境に興奮してるのかもだけどさ……このクラスも他のクラス、学年も俺たちとは違う区画の奴らばかりだ。自分の区画以外の奴らは全員敵だと思うと、もう戦いは始まっているのかなって思ってさ」
彗斗の言葉にハッとした。新しい環境への楽しさで大事なことを忘れていた『自分の区画以外は全員敵』これは誰でも教えてもらうことだ。
翠たちが住む東の国は元々は戦いなどない平和な国だった。過去の歴史から他国と平和協定を結び戦いがない世界にしたはずなのに、歴史はどうあがいても繰り返されるもので、徐々に他国と結んだ平和協定もどんどん綻んでいった。そして戦いはまた起こったのだ。
東の国は最悪のパターンに陥ってしまった。それは国の中での分裂。国の中に存在する数々の町の意見は衝突し合い、ついには分裂が起こった。
そこから東の国はそれぞれの『町』から『区画』という名前で取り仕切るようになり、自分達の意見を通そうと今でも戦いは続いている。というのが翠たちが生まれる何十年も前に起こった出来事だった。
「……そうだよね、もう戦いは始まってるかもしれないもんね! ……よし、舐められないように気を付けないと!」
「おし、その意気だ!」
二人は一つ深呼吸を挟み、教室のドアを開ける。そこには教卓に立っている担任の先生、そして七人の少年少女達が自分の席について待っていた。
「……お、君たちが森蔦 翠くんと金河 彗斗くんだね。君たちで最後だよ、席は彗斗はここで翠はここ」
教卓の前にいる赤茶色の髪をしている担任の先生が二人に気付くと笑顔で席に案内する。
二人は真ん中の列で一番前が彗斗、その後ろが翠だった。またまた彗斗と近くになれて心の中でガッツポーズをしながらもそれを悟られぬよう静かに席に着いた。