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第一章 七節 人としての会話

 エルナが差し出した椅子に、リオンはゆっくりと腰を下ろした。

 重たい旅の荷を背負い続けてきた背中が、ようやく緩んだ気がした。


 部屋の空気は静かで穏やかだった。

 けれど、その静けさの中に、どこか“張りつめたもの”が潜んでいる。

 それは、相手が“本音を聞く覚悟がある”という、緊張感だった。


「……話すって言っても、俺はただ――

 復讐したくて、ここに来ただけだ」


 リオンの言葉に、エルナは何も言わず頷いた。


「俺の村は……勇者に焼かれた。

 神の命令だって理由で、何もしていない人たちが“処された”」


「神の命令……ね」


 エルナは静かに目を伏せた。


「それが、この街で通じる“正義”なんだよな。

 疑うことなく、信じて、従う。

 正義は……大勢が信じていれば正しくなる。例え、間違っていても」


「あなたは、それを“間違い”だと思ってるの?」


「……思ってる。

 俺の家族を殺して、“正義”だなんて……笑わせるなって、ずっと思ってる」


 拳が震えた。

 けれど、エルナはその怒りを否定しなかった。


「わたしの家族も、“異端”という理由で失いました。

 弟は、力を持っていただけ。神に選ばれていなかった、ただそれだけで……」


「……そう、だったのか」


「ええ。だから、信仰を捨てた。

 いえ、正確には、“この街の信仰”を捨てたの」


 エルナの声は静かだったが、そこには強い意志が宿っていた。


「じゃあ、お前は今も神を……」


「信じてる。ただし、“神を騙るもの”ではなく、“本来の神”を」


 その言葉に、リオンの胸の奥で何かが引っかかった。


「……ゼファルが言ってた。

 今の神は、“命令を残しただけの機構”にすぎないって。

 本当の神は、もう……いないんだって」


「それでも、“神という存在”は、今も人の中に生きてる。

 わたしにとっての神は、“全てを裁く存在”じゃない。

 ただ、“人が人として在ること”を願ってくれるもの」


「……ずいぶん都合のいい神だな」


「都合がいいからこそ、必要なんじゃない?

 人って、壊れやすいから」


 リオンはその言葉に、しばらく返す言葉を失った。

 自分の中の怒りと悲しみを、誰にもぶつけられず、ただ押し殺して生きてきた。

 けれど、エルナは“否定”も“赦し”もせず、そのまま受け止めようとしている。


「……あんたは、怖くないのか?

 こんな力を持った奴と、平気で話してる。

 もし俺が暴れ出したら――あんた、真っ先に巻き込まれるかもしれないぞ」


 エルナは、ほんのわずかに微笑んだ。


「わたしは、自分が信じた人を“信じ切る覚悟”があるの。

 それが間違いだったとしても、自分で選んだなら、後悔はしない」


「……そんなの、簡単に言うなよ」


「簡単じゃないから、やる価値があるの」


 静かに、そして確かに響く言葉だった。


 リオンは目を伏せ、深く息を吐いた。


「……俺、まだ自分が“魔王になる”って言えるほど、強くないよ。

 ただ、何もできなかった過去が悔しくて――

 誰かが同じ目に遭うのを、黙って見てられないだけなんだ」


 エルナは席を立ち、棚から小さな箱を持ってきた。

 中から取り出したのは、一対の銀の耳飾りだった。


「これは、私の弟が作ったもの。

 “正しいことは、声が小さい”って、いつも言ってた」


「……?」


「あなたの声は小さい。でも、ちゃんと届く人には届く。

 それを忘れないで」


 耳飾りをリオンの手にそっと握らせると、エルナは微笑んだ。


「わたしは、あなたが何を選んでも、それを否定しない。

 でも、“自分の声”だけは捨てないで。

 そうじゃないと、あなた自身がいなくなってしまうから」


 リオンは、しばらくその言葉をかみしめていた。


 そして、ほんの少しだけ、口の端を上げた。


「……あんた、変な神官だな」


「よく言われる」


 二人の間に流れる空気が、わずかに柔らかくなった。


 それは、“信頼”と呼ぶにはまだ早い。

 けれど確かに、リオンにとって初めての、“対等な対話”だった

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