第一章 五節 聖都の陰
石畳の道の向こう、そびえ立つ白い塔が、朝日を浴びて輝いていた。
聖都グランディア――それは神の名のもと、正義を掲げる人間の中心都市。
勇者を生み出した地にして、信仰と権力、富が集う“選ばれし者の街”。
リオンはフードを深くかぶり、導き手の黒猫とともに門前に立っていた。
旅人や商人の列が続き、門兵がひとりずつ魔力探知石をかざして検査している。
「……緊張してる場合じゃないな」
自分の右手に刻まれた紋章が、衣服の下でわずかに疼く。
使わなければ力は沈んでいる――だが、完全に“消える”ことはない。
順番が来る。門兵が無表情に言う。
「次、手をかざせ」
リオンは無言で手を探知石に近づけた。
わずかに光が揺れた。門兵の眉がわずかに動く。
「……微弱な反応あり。魔導士か?」
「……旅の途中で、少しだけ使えるようになった」
「ふん、問題はない。入れ」
短いやり取りの後、門がゆっくりと開いた。
リオンは一礼もせずに、足を踏み入れる。
街の空気は、森とはまるで違った。
石造りの建物。整然とした舗装路。礼拝堂の鐘の音。香草の匂い。
だがその中に、リオンは“異質な冷たさ”を感じていた。
通りには勇者カイルの銅像が立っていた。
右手に聖剣を掲げ、左手で民を庇うポーズ。
市民たちはその前で足を止め、祈るように頭を下げている。
「守る、ね……あいつが俺の家族を焼いたのに」
リオンの声は誰にも届かない。
ただ、導き手の黒猫がそっと彼の足に体をすり寄せた。
「異端者が増えているらしいな」
「昨日も一人、広場で処刑されたって聞いたぞ」
「神に背く者に、裁きが下るのは当然だ」
通りすがりの声が耳に入る。
誰もがそれを疑わず、信じ、安心していた。
(これが、神の名の下に成り立ってる正義か)
リオンはふと目を細め、顔を上げる。
「この街にいる限り、お前は“病”として扱われる」
「だが、ここを通らずして、真実に辿り着くことはできぬ」
ゼファル=ノクスの声が静かに響く。
それは力をくれる存在であり、同時にリオンを見下ろす観察者でもあった。
「……知ってるさ。ここは“敵の本拠地”だ」
聖都の奥には、中央教会がある。
その頂には、かつてカイルが神託を授かったという“聖なる塔”がそびえている。
リオンは銅像の前に立ち止まる。
あの日と同じ顔。感情のない目。
「希望の象徴」とされるその像に、心の奥が静かに軋んだ。
「こんなものを、ありがたがってるのかよ……。
俺の村を焼いた、その手で“守る”とか言ってるのか?」
拳を握りかけたが、黒猫がそっと尾でリオンの足を叩いた。
気づけば、人々がこちらをちらちらと見ている。
(今は……まだ、暴れる時じゃない)
リオンは銅像に背を向け、ゆっくりと歩き出す。
「俺が見極めてやるよ。
あんたらが信じてる神の正体も、勇者の正義も――全部な」
空に礼拝の鐘が鳴った。
その音はまるで、ひとりの異端者を嘲笑うかのように響いていた。