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第一章 一節 灰の村

「っは、……げほっ……!」


 鼻を突く煙の匂い。目の前に広がるのは、燃えさかる我が家――だった場所。


「なんで……? なんで……燃えてるんだよ……っ!」


 リオンは、よろけながら瓦礫の中を駆けた。

 耳の奥で何かが割れる音がする。それでも、足を止めるわけにはいかなかった。


「お母さん! リナ! どこだ……!」


 返事はない。

 焼けた木が崩れ落ちる音が代わりに響いた。

 広場に出た瞬間、彼は“それ”を見た。


 血に濡れた剣。地面に横たわる、小さな少女の影。


「――リナ……?」


 駆け寄る手が、震えていた。

 目を閉じたまま動かない妹の顔に、すすがこびりついていた。


「うそだろ……なぁ……目、開けてくれよ……なぁリナ……っ」


 嗚咽がこぼれたその時、背後から足音が近づいてくる。


「生存者か。まだ残っていたとはな」


 冷たい声だった。

 振り返れば、白銀の鎧に身を包んだ青年――勇者、カイル・グランディアがそこにいた。


「……なん、で……こんなことを……」


 声が震える。怒りとも悲しみともつかない感情が胸を引き裂く。


「この村は、魔族との関係が確認された。神託に従い、粛清する。それだけだ」


 カイルは表情一つ変えない。


「嘘だ! 誰もそんなもんと関わってねぇよ! 俺たちはただ……普通に生きてただけだ!」


「正義に言い訳は不要だ」


 その言葉に、何かが切れた。


「ふざけるな……お前が、正義だって? こんなやり方が……それが“神の意志”だって言うのかよ……っ!」


「少年、君がそのような憎悪を持つならば、いずれ君も“処される側”になるだろう」


 そう言い捨てて、カイルはリオンに背を向けた。

 彼のマントに描かれた黄金の紋章が、夕日に照らされてきらりと光る。


「……俺は……許さない」


 リオンの喉から、掠れた声が漏れた。


「絶対に、許さない……」


 その瞬間、世界が静止したような感覚が走った。

 空気が変わり、地面の奥から、何かが囁く。


「――力が欲しいか?」

「復讐を、望むか?」


 ……誰だ?

 リオンは辺りを見渡す。しかし、声の主は見えない。


「お前には、その資格がある。深き憎悪に導かれし者よ……」


 リオンの足元が、ゆっくりと崩れていく。

 瓦礫の下に隠されていた、古い祭壇への階段が口を開いた。


「……なんだ、これ……」


 黒く染まった階段の先。

 その奥から、再び声が聞こえた。


「来い。お前の運命は、ここから始まる」


 リオンは妹の亡骸を見つめたまま、唇を噛んだ。

 そして、ゆっくりと、階段へと足を踏み出した。


 階段は果てしなく続いていた。

 闇に包まれた地下は、音も光も、感情すらも吸い込んでいくような冷たさを孕んでいた。


「……どこまで、続いてんだよ……ここ……」


 足元には、苔むした石。壁には古い碑文のような文字が刻まれている。

 けれど、それを読む暇はなかった。彼の足を動かしていたのは、理屈じゃない。

 ――呼ばれていた。

 もっと深くへ。もっと、闇の底へ。


 やがて、空気が変わった。


 重い石の扉が現れる。自然に開くはずのないそれが、まるで意思を持つかのように、軋む音を立ててゆっくりと開いていった。


 中には――祭壇。

 黒曜石でできた巨大な石台。

 中央には、ひとつの“棺”が置かれていた。


「……なんだ、これ……」


「よく来たな。選ばれし者よ」


 その声は、心の中に直接響いた。

 棺の奥から、煙のような“影”がゆらりと立ち上る。


「お前が……さっきの声か……?」


「ああ。私はかつて、この世界を“破壊しようとした”存在。

 人は私を……魔王と呼んだ」


 影は人のような形を取りながらも、顔は見えなかった。

 しかし、リオンは確かに“見られている”と感じた。


「魔王、だと……? なんで、俺を……」


「お前の中には“怒り”がある。

 それは世界を変える火種となり得る。

 そして何より――お前の血が、私を目覚めさせた」


「……血?」


「お前は、ただの人間ではない。お前の中には、混じりものの力が流れている。

 人と、魔と――両方の性を持つ者よ」


「そんなの……知らねぇよ……っ!」


 拳を握りしめるリオンの前に、黒い魔法陣が浮かび上がる。

 棺の中から、小さな黒い結晶がふわりと宙に舞う。


「この“魂の欠片”を受け入れよ。

 それは契約であり、代償であり、誓いでもある」


「……代償?」


「望む力は手に入る。

 だが、お前は人としての道を離れ、“魔”として歩むことになる」


 リオンは、妹の顔を思い出した。

 焦げた村。泣き叫ぶ声。剣を振るう“正義”。


「……だったらそれでいい」


「……ほう?」


「俺は、勇者を殺す。そのためなら……人間じゃなくたって構わない」


「ならば、名を呼べ。

 この魂と契約を交わす者よ。

 名を持たぬ我が身に、新たな名を与えよ」


 リオンは、目を閉じた。

 そして、唇をゆっくりと動かす。


「ゼファル=ノクス……」


 その瞬間、黒い光が爆ぜた。

 魔法陣が燃え上がり、闇がリオンの体に流れ込んでいく。


「う……ああああああああっ!!」


 血が逆流するような痛み。頭の奥で何かが“目覚める”音。

 そして右手に刻まれる、禍々しい紋章。


「契約は成立した――新たなる魔王よ」


 影の声が、低く笑った。


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