不穏な空気
中位悪魔を討伐してからは校内は不安と焦燥に駆られ、生徒達は勉学に集中できず休み時間中には「次はどこから悪魔が攻めてくるのか」「授業に集中できない」「悪魔なんてこんな所に来やしない」と論争を始める事態になっていた。もちろんこの事態に生徒会は把握しているが、原因がどこにあるのかさっぱり検討もつかない状況になっていた。
ルークは雰囲気の悪くなった教室へ登校すると編入したばかりの頃は快く挨拶していたのに今はもうその面影もない。彼の背中には疑念や怨恨の視線が刺さり、誰も彼にひと言も声を掛けない。しかし依然として彼の行動は何も変わらない。生徒達は不安を解消する為の肉壁として最近編入したばかりのルーク・エルスタインが選ばれてしまった。彼が使用していたペンやノート、鞄、はたまた教材までもズタズタにされ、廊下や食堂、教室内を歩けば足を出され、トイレに入れば上から水を掛けられる等の制裁を受けていた。しかしそれでも彼からは何の反応もなかった。ズタズタにされたノートやペン、教材は申請してまた新しくしてもらい、出された足は踏んづけては蹴り、水を掛けられても勝手に火の精霊と風の精霊がお節介をした。その様子を見た実行犯達は神経を逆撫でされたようだった。
最悪な雰囲気の授業を終えて放課後、また今日もいつもと変わらず大庭園最奥のテラスで図書室から借りた本を開いていると十数人連れた精霊科の生徒がこのテラスへとやってきた。
「どうも、犯人さん。犯人のくせに偉そうに本なんか読んじゃってさ。そろそろ消えてくれない?」
ヘラヘラと笑いながら煽るが、ルークは一瞬だけ目配せしてまた本に視線を落とす。
「仰ってる意味が分かりません。」
「だよねぇ、だって頭悪くて魔法も剣も何も使えないから一般科なんだもんね。じゃあ別にそんな人間1人くらい国からいなくなったっていいよね。死ね。」
次の瞬間、火の精霊魔法がルークの顔面に飛ぶ。爆音と共に辺りが爆風でぐちゃぐちゃになり、庭園は燃え移った火で焦げた匂いが漂う。そしてビーッとサイレン音が鳴り、乱闘禁止エリアでの魔法使用を校内全体へと知らせる。処罰が確定しているにも関わらず生徒達は殺害を実行できた悦びで溢れ、嬉々としてハイタッチを交わす様だった。
「あぶなー」
煙の中からルークが頭から血を流しながら現れる。その姿に彼等は驚愕し、また杖や剣を構える。それを見たルークはボソッと呟く。
「《贋作》」
突如現れた直剣に彼等は目を疑う。魔法は使えない、剣も使えないただの一般科。数%の才能に選ばれた自分達が勝つと疑いもしなかった数秒前から一転、魔力も殺意も感じないその能力に彼等は恐れた。
「な、なんで、魔力がないのに!」
「そ、そうだ!なんだそれは!」
「……。」
「くそ!やれ!やれー!」
魔法科の生徒達が次々に球形の魔法を放つも謎の能力によって創られた直剣によって切られていく。何もできないできやしないと思っていた相手が慣れたような手つきで剣を振る姿を見て魔法科の生徒達はガクガクと震えては一斉に逃げ出し、剣術科の生徒はおかしいおかしいと冷や汗をかきながら剣を震えながら持つ。そんな彼等を俺は一瞥しながらまっすぐ目の前の精霊科の生徒に目をやる。精霊科は人数が少ない為顔を覚えやすいが、この生徒は見た事がない。こんな生徒はいただろうか。
「お前は誰だ。」
「へっ、なんだよ。僕は精霊科だ。ビビってるんだろ。」
「違う。お前は精霊科ではない。むしろヒトでもない。ここの生徒に紛れ込んで何をしている。」
「……なんだよ。バレてるじゃねーか。おもんな。」
ジジジ...と形が崩れ、尖った耳と特徴的な角が露になる。それを見た生徒達は狂ったように逃げ出し、この場には俺と悪魔の2人だけになった。この前と言い、あまりにも悪魔の出現率が高すぎるような気がする。まるで校内から出現しているような…。
「やはりお前に擬態は効かないんだな。意気揚々とお前の元に向かっていった自称擬態が得意な馬鹿が帰ってこなかった。俺は清々しているが、立場的には良くない。残念ながらお前はここで死んでもらう。」
そう言って今度は火球が爆散しながらこちらへ向かう。先程より遥かに威力の強い魔法だ。少しでも掠れば軽傷では済まない。数の多い火球を避けたり斬ったりしながら相手の隙を見極める。
「数が、多い…っ」
しかし俺の許容範囲を超えており、散った火花や捌き損ねた火球が容赦なく身体を傷つける。このままでは負ける。そう思った瞬間、俺は手から片手剣を落とした。それを見た悪魔は勝てるとニヤリと笑った。その思考停止した一瞬の隙を俺は見逃さなかった。《贋作》でナイフを大量生成して火球と相打ち、片手剣を左斜方へ投げて地面を蹴る。空中へ舞う俺の姿に悪魔はキョトンとした顔をして見つめていた。勝てるという確信が悪魔の中で音を立てて崩れていくのをこのまま見ているしかなかった。投げた剣をそのまま手に取り空中を舞うように回転して悪魔の首にめり込み、悪魔の顔が傾いていく。剣の勢いはそのままに、悪魔の首は地面を転がった。首と胴体が離れた事に悪魔は気付かぬまま「あれ?あれ?」と口をパクパクさせ、そのまま口数が減っていった。
あぁ、ようやく終わったと一瞬考えたが、まだ終わっていないと頭を横に振る。俺は軋む身体を引きずって先程殺した悪魔の胴体を仰向けにしてナイフを握って真ん中を抉り、核を取り出す。色は鮮やかな赤。つまり生まれたての悪魔で強さは中位の中でも上の方、上位手前だった。
「君達!ここで魔法を使用した戦闘は禁止されているぞ!……ってうわっ!?」
ちょうど風紀委員会のような腕章をつけた生徒達が一斉に駆け寄り、その場で立ち尽くす。辺りは今でも燃焼が止まらず焼け焦げ、水辺は煤と乱れた土壌で濁り、角の生えた頭と胸を裂かれた身体が転がっていて、満身創痍の血と火傷で傷だらけの俺。
「あぁ、来たんですね。ちょうど良かったです。もう少し早ければ死んでいた。」
そう告げてゆっくりと立ち上がる。生徒達は青い顔をしてガクガクと震えた。それもそうだ、ルークの今の姿はとても普通の人とは思えない。生徒達の先頭に立っていた生徒はぐっと唇を噛み締め、口を開いた。
「ここで乱闘騒ぎが起きている事が確認されました。怪我の中申し訳ありませんが、ご同行願います。6年と3年は現場の保存と撮影、4年と2年は大庭園の閉鎖と生徒会へ報告、5年と1年は彼の要救助。各位動け!」
6年のバッチを付けた生徒が指示を出し、それを聞いてようやく動き始めた風紀委員の生徒達。そして5年の風紀委員がルークに手を貸そうとした瞬間、ルークはバタリと倒れた。急いで保健室へ運ばれ光魔法の使える教員による治癒魔法が施されたが何故か傷は塞がらず。教員は慌てて上へ報告し、校長によってあらゆる分野の医師が診察するも不明。そうしている間にだんだんと呼吸は浅くなり、手は冷たくなって表情から生気が消えていく。皆彼はもう無理かもしれない、平民だから栄養失調気味でこの怪我では耐えられないと手を上げてしまった。
誰もいなくなった保健室、彼のベッドの傍らに彼等が現れる。今にも消えそうな魂の光を皆悲しそうに見ていた。
「どうして名を呼んでくれないかなぁ...。」
「ルインが我々に頼らないのは昔からですよ。」
「早くその悪癖は直した方がいいな。」
「そうは言っても本人にやる気がないとね。」
「ふんっ、死にたい奴なら死ねばいいのだ。」
「それユグドラシル様の前で言えるの?馬鹿なの?」
「まぁまぁおやめください。王の御前ですわ。」
「こんな貧弱な奴に務まるのかよ。ユグドラシル様も随分と見る目がねぇな。」
「母の悪口は許しませんよ。貴方なら務まるとでも?私にはそうは思いませんがね。」
「は?てめぇ...。」
「早く飲ませようよ!今死なれてもユグドラシル様がお怒りになってボク達が大変になるだけだよ!」
「...チッ。」
「ゼイエは後で私とお話しましょう。ネオンは今頼まれている仕事を継続してください。」
「はぁ!?」「畏まりました。」
「ゼイエ、異論はありませんよね?もちろん。」
「...わ、分かったよ。」
「ではそろそろ我が王を起こして差し上げましょう。」
金色の精霊は小さな小瓶を未だ横たわる彼の口元へ流し込む。小瓶が空になると先程まで死ぬ寸前だった身体に生気が戻り、彼の瞼がゆっくりと開かれる。
「おはようございます、我が王よ。」
「...おはよう。」
「随分と馬鹿な事をしたようですね。」
金色の精霊の瞳は陰を落とした。その瞳から逃げるように目を逸らす。
「...考えていた事は実現できなかった。かなり面倒な事に巻き込まれてしまったようだ。」
「はい、存じ上げております。貴方様が大庭園の奥のテラス周辺を聖域にしようとしていた事も、完成前で今日の襲撃を受けここでは聖域が作れなくなった事も、そしてこの襲撃は意図的且つある人物からの怨恨で悪魔が人に成り代わってこの事件を起こしている事も。」
全て調査は済んだという事だ。彼はベッドから起き上がると彼等は一斉に片膝を付き、精霊の王に対して最敬礼する。彼は身体中の包帯を外しながら口を開いた。
「さて、奴は俺が生きていた事によってさらに力を溜めるかもな。悪魔に力を受けた奴は心の闇の大きさで変わる。」
「それもそうですわ。どうなさるおつもりですか?」
「どうするって言ったって殺すしかないんじゃないの?悪魔に傾倒する奴は殺してなんぼだよ。」
「心当たりはある。じゃあ君達に今やってる仕事より重要な仕事を請け負ってもらおう。できるよな?」
彼がそう問えば、彼等は皆頭を垂れ次の命令を待った。その様子を見てルークは皆に仕事を与えていき、請け負った精霊達は自分の持ち場へ向かっていった。
その後ルークが死ぬ間際だったのに生き返り、なんなら致命傷も全て治癒されている状態で立っている事に養護教諭は泡を吹いてしまったという噂は学校中に広まった。医師達も駆けつけ診察したが異常なく、あの時の死にかけはなんだったんだと首を傾げた。新しく支給された制服で翌日には普通に授業を受け、何事もなく立っている姿にあの風紀委員達も震えたらしい。そして彼は次は自分から行ってあげよう、と心で密かに誓った。




