違和感
編入してきて1ヶ月が経った。俺の生活は平穏そのものであり、生徒会長もとい第一王子殿下との関わりもあれ以来一度もない。敢えて言うならば...
「あの、1年一般科のルーク・エルスタイン君ですか?」
「はい、そうですが…。」
「相談事がありまして、お時間頂きたいのです。」
「分かりました。明日6限後に大庭園の奥、湖のテラスでお待ちしております。」
「分かりました!ありがとうございます!」
...そう、何故か顔も名前も知らない生徒が続々と相談をしに来るようになったのだ。一度だけクラスメイトの相談事を解決するとそれが口コミのように広まり、学科を問わず相談しに来るようになったのだ。相談に来るのは平民が多いが、たまに話を聞きつけた貴族も相談に来る。それは学科を問わないが精霊科はいない。何故か皆「何でも解決してくれる」「これから起こる事を必ず言い当てる」「エルスタインの助言は絶対聞いた方が良い」と口を揃えて言うのだ。果たして自分はこの学校でどんな噂が流れているんだと顔を顰める。
「今日もモテモテじゃんエルスタイン。」
「そっちなら俺も喜んで行くんだけどな。」
「一般科は官僚コースだから割とモテるぜ?って先輩が言ってた知らないけど。」
「そういう事は実体験で話してくれないと信憑性欠片もない。」
「俺も実体験してみてぇよー!」
「はいはいドンマイドンマイ。」
クラスメイトからの茶化しを避けて教科書を片付け、昼休みなので皆で食堂へ向かう。道中皆で愚痴を言い合うのがもはや楽しみになりつつある。
「さっきの授業マジで分かりにくかったー」
「あれ結局何言いたかったんだよ分かんねぇよー」
「あの先生随分遠回りして説明するから分かりづらいよね。」
「歴史なんだから事実陳列しときゃいいのに。」
「そんな事言ってる暇ないぞ。次の授業は経理I-αだ。課題ちゃんとやったのか?」
「やったやった。試験の方が危ういから課題はとりまやるようにしてる。」
「うわ偉すぎ!天才!」
「褒め方が幼稚すぎない...?」
「経理無理すぎ。後期からllになるってマジ?」
「経理だけ重厚。lだけで1年分あるんじゃないかってくらいだし。」
「エルスタインは編入生なのになんでそんなに成績いいんだよ〜辺境出身の施設育ちじゃなかったのかよ〜」
「これが天才って奴さ。素材が違う。」
「人の努力を天才のひと言で片付けるな。言っておくけど、俺がいた施設長はスパルタで今授業でやってる所は俺にとってはほぼ復習みたいな物だ。行きたいのか?紹介してあげるよ?」
「いやいやいやいや結構です!!!」
「そんな孤児院あるんだ...世界ひろー...」
そんなこんなで皆でテーブルに座り、俺は1番端に座る。食事が配膳され、昼食会が始まった途端俺の左腕に痛みを感じた。近くを通った女子生徒の悲鳴で皆が一斉に俺の腕を見てさらに騒がしくなる。俺の左腕にいたのはここにいるはずのない魔物のデビル。下級悪魔に分類され、悪魔族の中でも最底辺だが繁殖力が高く、一匹いれば10匹や100匹は下らないと恐れられている魔物。血が滲む腕を見ながら俺は右手に持っていたナイフをくるりと回し、一撃で脳天を仕留める。静かになった食堂で立ち上がって周りを見渡し、俺は声を上げる。
「デビルが出た!周りにいないか確認してくれ!入口付近にいる人は生徒会と風紀委員会に連絡を!」
その瞬間食堂が前よりさらに騒がしくなり、生徒達は慌てて食事をやめてくまなく食堂内を確認し、入口付近の生徒はどうやら呼びに行ったようでもういなかった。俺は怪我をした腕をどうにかせねばとジャケットを1枚脱ぐ。白いワイシャツは赤く染まって噛み跡で穴が空いてしまっていた。
「まずい...早く治療しなければ...」
ポタポタと落ちる血をなんとか止めようとジャケットで縛る。
「おい大丈夫か!早く保健室へ!」
「いや、ここじゃないと...」
「そ、そうだよ!保健室の方がいい!」
「...そうだな。そうするとしよう。」
「エルスタイン、ナイフはさすがに置いていけって。」
「まぁさっきみたいな事があったら大変だし。」
「学校内に魔物が出たのは異例だ。結界魔法があるはずなのに。自衛手段があるに越したことはないけど...」
俺は立ち上がって食堂の外へ出た瞬間、3匹のデビルが現れ俺に襲おうと口を大きく開ける。
「危ない!!!」
クラスメイトの声がすると同時に1匹の喉にナイフを穿ち、1匹を床に叩きつけては踏みつけ、1匹の首を掴み潰す。施設時代に施設長に剣を習っていなければできなかった。床に叩きつけたデビルの頭を脚で潰しながら考える。デビルは本来ここに出現するような魔物ではなく、瘴気に侵された魔境でなければ生存すらままならないような弱き者なのだ。そして明らかに俺を狙っている。
クラスメイトのみならずそれらを見た周りの人間は彼の芸当にもその後のトドメの仕方にもドン引きしていた事に、彼は何も気づいていない。そこに風紀委員会の生徒が現れ、その生徒もまたその惨状に顔を青くした。
「えっと...突然デビルが出現して怪我をした生徒がいたと報告を受けたのだけれど...」
「あ、それ俺です。デビルに噛まれてしまいまして、急ぎ手当をと保健室に行こうと思ってました。」
「え、あ、そ、そう!?じゃ、じゃあ行きましょうか!!」
「はい、よろしくお願いします。」
クラスメイト達ともその場で別れ、風紀委員の生徒と共に保健室へ歩く。その生徒によるとデビルの出現により講義も全クラス中止と共に調査が行われているようだ。先程出現したばかりだと言うのにあまりにも早い対処で驚いた。優秀な生徒のみを厳選して集められた生徒会は、やはり厳選されているだけあってかなり優秀だ。
保健室に着いて入室しようとドアに手をかけたが手を止めた。その様子に首を傾げた生徒が早く入室するよう急かすがルークは動かなかった。ルークは徐に振り返り、口を開く。
「すみません、どうやら怪我であまり力が入らないようです。代わりに開けて頂けませんか?」
「...え?」
「お願いします。ちょっと怪我があまりにも痛くて。」
「さっきまで普通に歩いていたのでしょう?ドアを開ければいい話なのですが...」
「それとも先輩にはドアを自分で開けられない事情があるんですか?」
「……。」
「...先輩、どうしましたか?」
途端に俯いてブツブツ呟き、明らかに邪悪な気配をその身から溢れ出させるのを見て俺は袖に隠していたナイフを出して距離をとる。
ユラユラと揺れながらソイツはだんだんと邪悪な霧に呑まれ、露わになるその姿は悪魔といっても過言ではないような角と翼。
「なぁんでバレたんだ?悪魔の擬態見破るなんて、やっぱりオマエは最初に殺すべきだ。」
「悪魔...!?」
「美味しそうなつよぉいキモチがいたから寄ってきちゃった♪でもそのつよぉいキモチはオマエを殺したがってたよ。だからアタシが代わりに貰っちゃう♪」
「っ!?」
次の瞬間ヤツの姿が視界から消えたと同時に腹に衝撃と痛みが走り、ルークの身体は窓をぶち破って中央広場の噴水に追いやられた。ヤツは愉しそうに壊した窓から出てきてルークのいる噴水まで歩を進める。
「なぁんだ簡単じゃん♪どうしてこんな奴を警戒してたんだろ?わかんないから殺しちゃお♪」
ヘラヘラと嗤いながら狂ったような目つきで再びルークへと歩みを進める。未だ土埃が舞う噴水へと手を掲げるとバチバチと赤い火花を散らしながら黒き闇のような術式が展開し、さぁおしまいだと悪魔が思った瞬間だ。土埃を貫通するかの如くルークが剣を構えながら悪魔へ向かう姿があった。
「なっ!?」
突然の事態に悪魔は混乱し、展開していた魔法はあらぬ方向へと飛ぶ。慌てて体勢を立て直そうとしてももう遅い。ルークが既に背後をとり、剣を振り下ろす。ガッと首に食い込み、悪魔は咄嗟に剣を掴んで止めようとする。だがズズ...と食いこんでいく刃を止められず苦悶な表情を浮かべる悪魔に対してルークは終始無表情であった。真ん中らへんまで届いた瞬間一気に刃が入ってポーンと飛ぶ悪魔の頭。苦悶な表情は驚愕の表情へと変わり、指示を失った身体は無造作に床へ倒れる。
「わ、私は...私は...負けてない...まだ、負けられないんだ...」
首から再生のための躁血をし始めた途端に頭蓋骨に剣が貫通し、思考も再生も躁血も息も全て絶えた。絶命を確認したルークは身体の心臓に当たる部分へと目を向ける。
「《贋作》」
ルークが唱えた途端にナイフのような形状の刃物がルークの手に現れ、それを握り締める。悪魔の胸を刺し、裂き、割いて、それを取り出した。そう、魔物ならばどんな奴でも存在する核だ。悪魔といえど弱い奴は石ころのような物が出てくるが、コイツはちょうどビー玉ぐらいの大きさをしていてそこそこの悪魔だったらしい。
はっと気づいて周りを見渡し、誰もいない事を確認して一目散に寮へ駆け上がり、自分の部屋を急いで開けて入っては鍵を掛ける。はぁーはぁーと上がる息を整えながら悪魔に噛まれた手に目をやると、そこにあった傷はもう完治していた。昔からやけに傷の治りが早すぎる身体に、また嫌気がさす。怪我による体調不良ということで少し誤魔化す事にしよう。
濡れた服を脱ぎながら指を動かせばクローゼットがひとりでに開き、ご希望通りの服が舞うように踊り、脱ぎ捨てられた服は床が濡れぬようにと気遣うかの如く桶の中に入った。
そして俺はまた嫌になっていくのだった。孤児院で拾われてから使えるこの力を。ヒトから離れたようなこの容姿を。魔法も使えぬこの身体を。孤児院で拾われる以前の記憶が消失していることを。




