見られたくないもの
「今日から一般科に編入する事になったルーク・エルスタインだ。皆仲良くするように。席は自由だから自由に座りなさい。エルスタインが着席したら講義を始める。」
「ルーク・エルスタインです。よろしくお願いします。」
軽く挨拶をして真ん中の1番後ろに座るとすぐに講義が始まり、自分への好奇の目は逸れた。長い長い講義が終わって先生が講義室を出た途端にワッと自分の席にクラスメイト達が集まった。
「ねぇねぇ!すごい時期に編入してきたね!俺の名前は...。」
「おいずるいぞ!俺は俺は!」
「ちょっと!先に話しかけてたのこっちなんですけどー!」
「あ!ずるいずるい!」
「こら!エルスタイン君が困ってるでしょ!そんな一気に質問したら答えられないよ!ほら!みんな1人ずつ!」
その流れを断ち切るように強気な女の子の声が響いた。それを聞いたクラスメイト達は「確かにな...」「ごめん、なんかグイグイ行き過ぎた...」と落ち着き、声を出した張本人が顔を出す。
「ごめんね、びっくりしたでしょう?私は1年一般科級長をしているヘレナ・ティリー。よろしくね。」
「ルーク・エルスタインです。よろしくお願いします。」
「ふふ、同じ学年なんだから敬語じゃなくていいのよ。」
「あ、そっか。よろしくね。」
「うん!生徒会長に学校を案内してくださったんですって?生徒会長が貴方をご案内する姿を見たというクラスメイトがいて、それはそれは大興奮だったの!羨ましいわ!」
「案内程度に殿下を遣わせたここの校長先生が末恐ろしいよ...俺は肩身が狭くて仕方なかった...。」
「それも無理もないわ。相手はあの王族の、それも王太子候補筆頭の第一王子殿下だもの。むしろよく頑張ったと言われても仕方ないわ。今日は貴方の歓迎をしたいから、お昼はクラスみんなで食堂へ行こうと思ってるから一緒にきて?」
「ありがとう。ぜひ共にさせてもらうよ。」
「そうこなくっちゃね!次は教養礼儀学だから移動教室よ。ほら、早く行きましょ?」
「あぁ。」
ヘレナに連れられて講義になんとかついて行き、迎えた昼休みは大勢での昼食となった。食堂はこれまで見た事がないような人の多さで人酔いしそうだった。色とりどりの制服ジャケットは秩序良く椅子に座っていき、直にクラスメイトが席をとってくれてクラスメイト全員が座る。各席にディスプレイ型魔道具が配備されており、そこから注文する。注文すれば従業員または配膳ロボットが配膳し、食べ終わった食器は自分で返却口に持ち寄るという。生徒数もすごいが従業員数もかなりすごい。皆注文を終えてクラスメイト達と話していると自分の背後に気配を感じた。
「おやおやぁ?雑魚共が群がってなんしてんだぁ?雑魚共は食堂使う権利ねぇって入学式の時に分からせたよなぁ?」
赤い制服を着たガラの悪そうな生徒が数人連れて俺の背後を陣取り、侮蔑の視線をクラスメイト全員に向ける。クラスメイト達は嫌な記憶が蘇ったのか苦い表情をして黙り込み顔を俯かせる。その雰囲気が喜ばしいのかその赤い制服の生徒は俺の頭を強く掴み、男子生徒の方へ振り向かせられると男子生徒は驚いた表情をして口を開く。
「見た事ねぇ顔だな。お前が例の編入生か。雑魚が1人増えた事は別にどうって事ねぇが、俺は優しいからこの学校のルールを教えてやるよ。ほら聞けよ。」
次の瞬間ガッと頬に強い衝撃がきた。続けて2、3発と腹にも1発食らい、俺が床に突っ伏したのを見て俺の髪を掴んで顔が上がる。
「一般科は食堂に来ちゃいけねぇ。いいか?一般科に入るなんて雑魚がする事だ。肩身狭い思いをして生きていくしかねぇんだ。分かったらさっさと食堂から出てけ。」
ニタァと嗤い、男子生徒は満足したように立ち上がった瞬間悪くなっていた食堂の雰囲気が異常な位重くなった。
「へぇ、学校規則にはそんな事書いてないのにねぇ。」
「偉そうに。自分が劣等感抱いてるからこうやって体のいい弱そうな奴を跪かせて愉悦に浸る。人間てモノは矮小だ。」
その雰囲気は自分がよく知っている。その喋り方もよく知っている。こうなるかもしれないがこうならないかもしれない、見ていないかもしれないと期待していた自分がいた事も知っている。慌てて起き上がりその原因を視界に入れた。彼等は男子生徒の逃げ道を塞ぐように立っていて、その目はとても軽蔑的だった。
「...なんだぁてめぇら?ここは学校関係者以外立ち入り禁止だ。警備呼ぶぞ。」
「生徒が契約している精霊は学校関係者でしょう?」
「...女ぁ、生意気な口きいてるとぶち殺すぞ。」
男子生徒が一歩前へ出ると、その雰囲気に怖気づく事もなく男が女を守るように一歩前へ出る。
「やってみろ。ここで暴れていいなら幾らでも暴れてやる。」
一触即発の雰囲気を断ち切るように精悍な声が響いた。
「そこまで。風紀委員会です。...また剣術科ですか。当事者はご同行願います。一般科と剣術科にはまた後ほど事情聴取します。」
「...チッ、命拾いしたな。おいそこの編入生、お前の顔覚えたからな。」
「早く来い。」
男子生徒が離れた途端2人が慌てて俺の方へ来て手を握ったり背中をさすったりと忙しなく俺を慰めた。
「大丈夫か?酷い怪我だ。」
「どうして呼んでくれなかったの?こんな怪我までして我慢する事じゃない。」
そう言って女が手を出すと俺はその手を握って下ろさせる。
「今はしなくていい。風紀委員会の事情聴取してからに。」
「...確かにそう。怪我の記録しておいた方がいいもの。」
「もういい。俺は行くから。」
彼等が握る手から滑り落ちるように手を抜いて背を向けた。
風紀に連れられて歩くルークを見届けながら口を開く。
「...相変わらずだ。」
「しょうがないわ。覚えてるはずないもの。そうさせたのは私達だから。」
「...人の目も多い。ほら行こう。」
「えぇ、分かってるわ。」
男が粒子となって消える。それに続くように女も消えた。女は最後まで名残惜しそうにルークを見つめていた。
俺は空き教室で風紀委員に怪我の具合の確認と事情聴取を受けた。簡単に手当をしてもらい、時間を見るともう授業が始まる時間だった。大急ぎで立ち上がりお礼を言いながら出て講義室まで走る。なんとかギリギリで講義室に着いてクラスメイト達が心配してくれたが、俺はなんともないと首を振って苦笑する。まもなく先生が来て教壇に立ち授業が始まった。授業が始まると先程の事はさっぱり頭から抜け落ちて時間は俺にとっては都合良く過ぎていってくれた。
全ての授業が終わり皆帰路につく頃、突然クラスメイトに話しかけられた。
「エルスタイン、昼休みの時ごめんな。俺達昔から剣術科の奴等にはずっとああやってやられてきてさ...。」
「え、い、いや、いいんだよ。全然。俺だってほとんど何もしていないし。勝手に止めてくれただけ。」
「あの二人がエルスタイン君とどう関係するのかは知らないけど、私達にとってはすごく助かったの。本当にありがとう。」
「全然いいよ。それと俺の事はルークと呼んで。なんかよそよそしいだろ?別に貴族じゃないし。」
「おう!ルーク!本当に助かった!これからよろしくな!」
「うん!じゃあ俺行くね!また明日ね!」
「バイバーイ!」
「またなー!」
胸が晴れやかな気持ちになり、足取りはとても軽やかだ。気分がいいので図書館で本を借りて少し庭園で読む事にした。図書館へ入るとたくさんの精霊達がルークの元へと集まり、何が欲しいのかと尋ねるかの如くルークをじっと見つめる。その様子を見てルークはボソッと小さな声で言った。
「海の図鑑、植物図鑑、そして貴方達精霊の図鑑。それぞれ1冊ずつ、無知でも分かりやすい物を。」
それに呼応するように精霊達はパッと散り、図書館内の本がガタガタと音を上げ始める。館内が騒がしくなったが、これも自分の娯楽の為だと気にしないように装ってると光を帯びた3冊がルークの目の前に提示された。ルークはパチンと指を鳴らすと3冊同時に本がパララララと高速で閉じられていく。最後の1ページまでいって閉じるとルークは「ありがとう」と言ってそれを手中に収めた。精霊達は嬉しそうな雰囲気でまた散っていき、とても気分良く司書の所へ行って本を借りた。次に向かうは『大庭園』。奥の方にとても良さげな木陰のあるベンチを見つけたのでそこで本を読む事にした。カードを認証させて『大庭園』へ入ると人の気配はほとんどなく、閑散としている庭園は俺にとってとてももってこいな状況であった。編入してから日が浅く、とても人間関係で疲れていたので1人になる時間ができて気分が良かった。俺は例のベンチに腰掛けて本を開くとジワジワと集まりはじめる精霊達。精霊にも様々な姿でスライムや丸いもふもふ、ヘビのような生物や動物の姿だったりする。これなにと聞くようにスライム型の精霊が本をつんつんとつつく。施設にいた頃を思い出してふと微笑んで口を開いた。俺が分かりやすいように説明していくと精霊達は興味津々に本に夢中になり、どことなく精霊達が喜んでいるように感じた。パラパラと紙をめくる音、風が吹く音、草木がざわめく音、水が流れる音、全ての音が心地よく流れる。
「主君、今いい?」
手がピタリと止まり目を配る。黒髪黒目の少女がルークを見て微笑んでいた。
「何、ロナベリ。」
「主君が欲しかった情報だよ。欲しくないの?いらないなら別にいいけど。」
「一々神経を逆撫でさせるな。ひと言余計に言わないと気が済まないの?」
「不満そうだったからいらないか確認しただけじゃん。いるならいるって言いなよ。はい。」
「忙しい日々の合間を縫って作った落ち着く時間だから、邪魔されたら多少不満になる。どうも、ありがとう。」
ロナベリと呼ばれた少女から小さな紙を受け取って中身を確認する。
「ぶーぶー言いながらでも律儀だよね、主君。」
「感謝と謝罪は人間として基本だからね。」
「主君は果たして人間に属しているのやら。」
「人間さ。」
「エルフにでも聞いてみたいね。学校にいるなら聞いてみなよ。僕は人間ですか?ってね。ふふっ。」
「皮肉しか言えないのかお前は…あれ、ふーん…。」
「いいの持ってきたよ。なかなか上物でしょー?」
「なかなか、というよりかなり大きい。社会的地位のない俺は動く事はできないけど、餌にはなるか。」
「ボク達を遠慮なく使ったらいいのに。『GARDEN』はそういう組織だよ。特に主君直属、母の介入なく自由に使える組織なんだから。『GARDEN』直属精霊をまさか母が産み直すとは思わなかったけど。」
「…お喋りはそこまででいいか?」
「いつでも頼ってきてよって言ってんの。主君はひとりで背負いすぎる。みんな寂しがってるよ…。」
そう言ってロナベリはルークの手を取って自らの頬を摩る。ルークは俯いたまま何も言葉を発しなかった。
「…いいよ、主君がその気になったら呼んで。無理強いするつもりはないから。一応主君の指示はこのまま続行するよ。必要あれば名前を呼んで。主君は名前を呼んで指示してくれればいい。あとは全部ボク達がやるから。じゃあまたね。」
ロナベリはスゥ…と虚空に消えた。ふと空を見上げれば陽は傾き、寮の門限の時間が迫っている事に気がついた。本を閉じてゆっくりと立ち上がる。
魔力もない精霊魔法も使えない自分は果たしてこの学校にいる意味はあるのだろうか。
そう考えながら歩を進める自分に、とてもこの学校の制服が似合うとは思えなかった。