編入
馬車で3日をなんとか凌ぎ、王都に到着した。平穏な田舎育ちの自分にはありえないくらい人がたくさんいてかなり賑わっていた。「人が...いっぱいだぁ...」と呆けていると馬車を引いてくれている商人が聞いた。
「お客さん、王都は初めてかい?」
「あ、はい。生まれてこの方あそこから出た事なくて。」
「そりゃあ勿体ないねぇ。ここは他の街と比べても比にならないくらいの賑わいと流行の街さ。今通っている道は門から王宮までをまっすぐ引いた1番太い道。お客さんのお目当ては国立魔法学校だって?」
「まぁ、はい、そうです。」
「お客さん優秀だねぇ。あんな辺鄙な所から天才が生まれるなんて。運命は侮れないもんさ。このチャンス、大事にするんだよ。」
「はい、ありがとうございます。」
「学校まではまだまだかかる。その間外を眺めておくといいさ。」
「はい、分かりました。」
街は多くの人で賑わい、露店も商店もかなりの人が行き交っていた。故郷ではたまに買い物に行く自分としては大きな街があったが、数え切れない人が行き交うことはなく皆が顔見知りで、立ち話が後を絶たなかった。王都は故郷よりも倍近くの物価らしく、施設長にもらったお金はかなりの額だった。確かに行き交う人々の服装は自分が知っている普段着よりも身綺麗で新しさがあり、素材の布自体も高価そうであった。道路は石レンガで歩道と馬車用道路と綺麗に分けられ、等間隔に建てられている街灯は故郷ではとても見た事はないおしゃれな装飾だ。赤レンガと石レンガで整列された街並みはとても美しく、読書をする人やコーヒーを飲む人、花に水やりをしている人、窓辺でウトウトしている人ですら絵になるくらいに新鮮味を感じる。たまに反対からくる馬車は家紋がついていて恐らく高位貴族のもの、王宮から帰宅途中なのだろう。貴族によっても格が違うようで、金や銀でできた白馬が引っ張る豪華な馬車、綺麗に手入れされた大事に使われてるであろう馬車、銀に輝く地味だがとても美しく感じる馬車等、多種多様。ここまで商人の馬車は全くすれ違うことはなく、この1番大きい道は商人よりも貴族の方が多く通るみたいだ。そうこうしているうちに乗っている馬車は道を曲がり、これまた大きい道に出た。しかし先程とはすれ違う人々の種類が違い、どちらかというと装備を着た人々がちらほらと見えるようになった。
「この道沿いには冒険者ギルドがあってな、ギルドっていうのは、王都や周辺地域から集められた依頼をこなしてくれるなんでも屋みたいなモンだ。私もたまに危ない森を通る時は警備の依頼をさせてもらうのさ。」
「へぇ、例えばどんな依頼があるんですか?」
「薬草採取だったり、警備だったり、ペット探しに側溝掃除、戦闘力のある奴は魔物討伐をやったりするよ。ギルドの中にもランクがあってな、高い奴はそれそれはすごいらしい!ドラゴンの頭を落とせる奴もいると聞いたぜ!」
「それはすごいや!」
「お、そうだ!魔法学校の制服着た奴もたまにきて依頼をこなすらしいぜ!暇があったらやってみてもいいさ!」
「そうなんだ!やってみたいかも!」
「おうおうその意気だ!若者は勢いがあった方がいい!おじさんも若者の笑顔見て幸せになれるのさ!特に商品を購入してくれた時はな!」
軽快な商人はガハハと笑いながら話してくれた。
冒険者ギルドの通りを抜けると緩やかな一本道の坂をしばらく登ると美しい門が現れた。その周辺には同じ服を着た若い少年少女達が仲良く談笑していた。
到着した馬車に門番がやってきて用件を訪ね、商人がそれを答えると門番が別の門番に合図をした。
商人が自分の方に向き直って「ここからは1人だ。頑張れよ」と言い、荷馬車から自分を降ろす。
降りる際に商人に感謝を言って荷馬車が見えなくなるまで手を振ると、先程の門番が自分に話しかけた。
「ルーク・エルスタインさんですね?」
「はい、そうです。」
「案内をお呼びします。少々お待ちください。」
門番が門の方に戻り、何かに話しかけていると誰かが門を開く音がした。長身の美しい金髪を靡かせた美女がコツコツとヒール音を立てながらこちらへやってきた。
「貴方がルーク・エルスタインね?話は聞いているわ。私について来なさい。」
「は、はい。」
田舎暮らしの自分にとって人間をやめたような美しさを醸し出す美女は精霊魔法の教師だと名乗り、時折感じる視線は自分を精霊使いかどうかを視ているのだと言った。
「精霊使いだと思いますか?」
「……それが、あまりそうとは感じない。精霊使いなら契約した精霊の力が抑えられていても多少なりとも漏れ出ているもの。貴方には何も感じない。」
「そうですか…。質問契約ってなんですか?」
「まず精霊魔法とは精霊と契約し、契約した精霊から力を借りて使うもの。精霊魔法を使う為には契約が絶対に必要となるわ。……『統治者』でない限り。」
「『統治者』?」
「契約を必要とせずに精霊魔法を使う事ができる者よ。とは言っても書物でしか見た事のない空想上の精霊使い。その書物も推定5000年前の物と言われているわ。絵本で出てくる伝説上の生き物である精霊竜と同等、もしくはそれ以上の存在。」
「そんなすごい人がいるかもしれないんですね。」
「かも、ね。さぁ着いたわ。これで私の案内は終わり。授業で待っているわ。またね。」
「はい、ありがとうございました。」
他の扉より一際重厚絢爛に作られた扉には『校長室』と書かれたプレート。恐る恐るドアノブに手をかけるとそれを待っていたかのように扉が勝手に開く。
「待っていたよ、入りなさい。ルーク・エルスタイン。」
キィ…と椅子を回して目を合わせる校長先生は厳かな雰囲気を漂わせた老齢の女性で、その目はまるでこちらを見透かすように鋭かった。
「そこで突っ立ってないでこちらに座りなさい。」
「あ、は、はい。」
たじろぎながら部屋の中に入ると勝手に扉が閉じ、緊張しながらも柔らかそうなソファーに座った。校長先生がパチンと指を鳴らすとカタカタとティーセットが揺れ、ふわっと浮いたかと思えば紅茶を入れ始めた。その光景に驚いて固まっていると目の前に座った校長先生が口を開く。
「何を驚いているのかい?これは君の十八番じゃないか。」
「……えっと…。」
「そう警戒する事はない。君の養父、あの施設長とは旧友でね。この魔法学校編入への斡旋をしたのも彼のお陰さ。感謝する事だね。」
「は、はい。」
「それはさておき、君の事については事細かく彼に聴いている。君の出自、不明な力、もちろん君が恐れている事も。」
「……。」
「君をここに案内した教師はなんと?」
「……精霊の力は感じない、と。」
「そう、『統治者』でない限り現在の君の状態は精霊の力もないただの一般人。だが『統治者』も研究は進んでいてね、恐らく精霊の『真名』が分かるという。この『真名』は契約する際に精霊が契約者に対して教え、精霊魔法の使用を許可する。しかしその『真名』は誰にも教えてはならず、契約者は仮の名を精霊に与えて契約完了となる。この『真名』が分かると何が起こると思う?」
「えっと…勝手に他人の精霊の力を使う事ができるとかですか?」
「それも当たりだが、もっと最悪な事が起きる。精霊と契約者の意思に関係なく契約を解除できる。その意味が分かるかい?」
「……。」
「私も精霊使いでね、こちらに精霊を呼ぼう。『真名』が分かればこの紙にその『真名』を書きなさい。もちろん分からなければ書かなくて構わない。アイーダ。」
校長先生の後ろに薄黄色の長い髪を下ろした美しい女性が現れ、自分と目を合わせる。その瞳は赤く、紅く、朱かった。彼女の名前は...。
ペンを置き、紙を校長先生に渡した。それを見て校長先生はふっと笑う。
「君は予定通り一般科に編入、来週から授業に参加しなさい。そしてこれを特別に与えよう。」
渡されたのは豪華な装飾が施されたカードのような物。
「それは君専用に作った全ての庭園と図書館への特別許可カードキーだ。君はまず己の後ろにいる者達を知る事、自分を知る事だ。そして君は精霊学の座学のみを必修にするので必ず出席するように。以上。寮の案内の生徒がもうすぐ来るから待ちなさい。」
「あ、は、はい。」
再び勝手に開く扉に向かって歩を進めると校長先生が自分を止めた。
「くれぐれも、くれぐれも気をつけなさい。もし何かあっても貴方が頑張る必要はなく、学校に起こった出来事は学校の責任。その事を深く心に刻みなさい。」
「……はい、ありがとうございました。」
校長室から出ると一気に緊張が解けてどっと疲れが出た。ふぅ、と大きな息を吐いてへたり込む。壁に背を向けて座っているとピキッと窓にヒビが入り、周りの気配がガラリと変わる。
「どうしてこんな所に行ったの?あの平和な村で一生平穏に暮らしていけばいいのに。」
「僕の人生だから僕が選択する。」
「貴方は確実に狙われる。それを知っての行動?」
「誰も狙わないよ。昔とは姿がまるで変わっていて精霊力もない。」
「私達が前へ出れば皆掌返すよ。貴方に救われたこの命、貴方を守る事で返していきたい。こんな所に通う必要はない。」
「それは返すものじゃない。友人なんだから助けるのは当たり前だ。」
「私達を救ったから貴方は全て変わらざるを得なくなった。家族とも別れなければならなかったし、今までの楽しかった日々をまた繰り返す事もできなくなった。」
「独りでいるよりマシだよ。ずっと3人で暮らせるんだ。この上ない幸せさ。」
「……そう、貴方がそこまで言うなら。また何かあれば呼んで?私達はいつでも貴方の元へ駆けつける。貴方を必ず守るから。」
「分かった。いってらっしゃい。」
「いってきます。」
気配が消えた。心を落ち着かせる為にぎゅっと膝を抱え込んでいると足音が聞こえた。慌てて立ち上がってホコリを払い、貰ったカードキーを隠すようにポケットに入れる。案内に来てくれた生徒は右腕に『生徒会執行部』と書かれた腕章をつけ、そしてその姿は誰もが膝をつける人物だった。
「やぁ、待たせて申し訳ない。僕は生徒会会長のウィリアム・ヴァーレンシュタイン。君が編入生のルーク・エルスタイン君だね?」
「は、はい!わ、わざわざありがとうございます!」
「いいよ。今は僕しかいなくてね。不満かい?」
「と、とんでもないです!ぜひ、よろしくお願いします!」
ただの案内に生徒会長の、なんなら第一王子という王族の中でもトップを遣わすなど...。
あの校長は何を考えているのかさっぱり。
最初の案内してくれた教師も高レベルの、明らかにオーラの違う魔法使い。時期が違うとはいえあまりにもお節介すぎる扱いだ。
「ここが一般科の食堂。一応コース毎に食堂は整備されているけれど、皆関係なく使っている。君も友人ができたらどのコースの食堂でも使うといい。あぁでも精霊科は少々高飛車な者が多くてね、友人連れでもあまり使わない方が良いのかもしれない。」
「会長は精霊科なんですか?」
「コース毎に制服の色が違うんだ。白が精霊科、黒が一般科、黄が錬金術科、青が魔法科、赤が剣術科。私の制服は白だから精霊科になる。君は珍しく一般科で特別に精霊科の講義を受けられる許可を得ているのだろう?すごいね!」
「はい、お恥ずかしながら参加させて頂きます。それと校長先生から庭?と図書館の許可証を頂いたのですが...。」
「へぇ、貴族専用庭園を含めた全庭園と図書館の特級ランクか。分かった。講義室の案内の後その2つの案内をしよう。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
すごく分かりやすい特別な案内をされ、途中他生徒へのファンサも欠かさずだった。室内ということで先に図書館へ行った。自分に渡された許可証を司書が二度見していたが、特に問題なく図書館に設備されている魔道具に自分のカードを登録して図書館を出た。そしてメインの庭園だ。
「庭園は3つある。校舎裏側全面に広がる全ての生徒が立ち入りできる『大庭園』、実験棟の横にある薬草類や菌糸類を栽培している『菜園』、貴族寮の隣にある『貴族専用庭園』。一応全部案内するけど、『貴族専用庭園』はあまり良い反応はされないだろうから近づかない方がいい。」
「分かりました。『大庭園』はたくさん行かせてもらいます。」
「『大庭園』は私もたまに行くよ。また会えたらいいね。」
「そうですね...ありがとうございます。」
「...さ、着いたよ。ここが『大庭園』だ。門の所にディスプレイ型の魔道具があるだろう?あれにカードをかざして。」
「はい。」
カードをかざしてみるとピーッという音と共にカチッとロックが解除された音がして扉が自動で開く。最新の魔道具は防犯面でも便利な面でも完璧なのだと分からされた。先に歩いていく生徒会長を追いかけたかったが、歩が止まる。それに気づいた生徒会長が振り返って首を傾げる。
「...どうしたんだい?行かないのかい?」
「...生徒会長、驚かないでくださいね。」
「え?う、うん。」
「...失礼します。」
一歩『大庭園』の敷地内に入った瞬間草木が光りだし、ざわざわと騒がしくなった。風は吹き、噴水の水が踊りだし、草木は揺れ、光は爛々と煌めき、影はゆらゆらと揺れた。まるで驚いたかのように、急いで準備をするように、この日を待ち侘びたかのように。
それらに驚いた会長は周りをしきりに見回し、異常がないかを確認して回った。
それらが落ち着いた時、俺は上をふと見上げて声を掛ける。
「会長、お願いがあります。」
「...何かな?」
「あの上の膜のようなモノを調査して欲しいんです。」
「上の、膜?いや、あれは...結界魔法?いや、そもそもここにそんなモノは...。」
「...俺の故郷にもありました。俺が住む場所やいつもいる場所、どこに行こうにも馬車で移動している時も頭上にありました。これがなんなのか分からないんです。お願いします。」
「...これは私も見た事がない。生徒会で専門家も招いて調査しよう。それにあの結界は普通とは違うようだ。それよりさっきのは...。」
「...他の人には内緒にしてくださいね。今は講義中で人が少ないようだったので良かったです。一般科として編入するんだったらあまり事を荒立てたくないんです。正直精霊科の講義に参加するのも嫌なんです。」
「分かりました。内密にしますが、それは生徒会と風紀委員会には共有させてください。何かが起こった時に君の事情を知らないメンバーを説得できる自信はありません。」
「...分かりました。そういうことでお願いします。」
「あれらはそういうことでいいんだね?」
「はい、お願いします。」
「分かりました。お騒がせしてしまいましたね。他2つの庭園を案内しましょう。立ち入りはやめておきますね。」
「はい、よろしくお願いします。」
終始落ち着いた様子で対応してくれ、案内を終えた会長とは寮前で別れて疲れた身体を寮で休めた。たくさんの事があった為かどっと疲れており、気絶するように眠った。
かの編入生と別れた後すぐに生徒会と風紀委員会を緊急招集した。大会議室でメンバーが揃うのを待ち、メンバーが揃うのをしっかり人数確認すると口を開いた。
「...最初に言っておきます。あの編入生は敵に回してはなりません。これは生徒会と風紀委員会関係なく、人類が彼を嫌ってはなりません。」
「「「「「!!!???」」」」」
私の言葉に驚いて言葉を失う面々に言葉を続けた。
「図書館には書物を管理補助の為の人工精霊がいます。彼は気づいていませんが、その人工精霊が製造主の『図書館の管理補助をするように』という命令を放棄してまで彼の足元に集まりました。『大庭園』では敷地内に一歩入るだけで精霊達が騒ぎ、喜び、踊りました。精霊が視える諸君はそうなる様子を見た事があるかい?精霊は臆病で人前にはなかなか出てこず、契約で召喚する以外で存在を眩ませます。そんな彼らがあの編入生が来ただけで存在を明かした。そして頭上に高位結界を確認しました。」
「高位結界?」
「えぇ、庭園を出た後には確認できませんでした。庭園内のみに精霊達が自主的に作った、もしくは編入生の契約精霊が霊力の満ちた庭園内のみに張れたか。」
「先生は霊力を感じなかったそうです。霊力なしに精霊達を動かす事が可能なんですか?」
「そもそも契約した精霊でなくては精霊達を動かす事はできないとされている。契約なしで臆病な人前に出てこない精霊達をどうやって動かす?」
「それは...。」
「あの結界魔法を調べてほしいと編入生に頼まれました。自分の住居内、移動中、作業場等にあの結界が確認できるそうです。私が推察するに、あの結界魔法は...『神域結界』ではないかと。」
「『神域結界』!?それこそ御伽噺ですよ!」
「そうだね...私はあの時は本当に御伽噺のような時間だった。なにしろあの結界はあの編入生がいないと確認できない。協力してくれ。あの規模を調査するには人手があまりにも足りない。」
「分かりました。会長がそこまで言うなら...。」
面々が有り得ないという表情をしながら渋々頷く。それを確認してから解散し、1人会議室でぐったりと伏せる。貴族達との仲良しに加えてさらに重い案件が降ってきてどっと疲れがきた。
首にかけたネックレスを取り出し、ロックを開ける。
愛しい愛しい妹の笑顔を目に収めて疲れを紛らわせるようにぐっと握り締める。
「...ルナリア、早く戻ってこい。」
自分と似た姿の少女との思い出を浮かべながら立ち上がった。