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08 王族に生まれたからには

「見事な庭だな。」

「それは光栄だ。」


 隅々まで手入れのされた公爵邸の庭に、レイルティアは感嘆を漏らした。王城の庭はもちろん美しいのだが、レイルティアは公爵邸の庭の方が好きだと思った。優美で、繊細な。そんな言葉が似合う庭だった。


 自身の庭に目を奪われているレイルティア。ヴィクターはそんな彼女をゆっくりと案内した。彼女の目を引くものがあれば立ち止まり、簡単に説明をする。レイルティアはそれを聞きながら、目を輝かせた。


 時折ヴィクターの手を離し、とことこと花壇に駆け寄っていくレイルティア。半分下ろされた彼女の髪が、ふわふわと揺れる。そんな彼女に、ヴィクターは無意識に手を伸ばして‥‥はっ、とその手をしまい込んだ。



「この花‥‥北の地域の品種ではないのか?」


 レイルティアが振り向いて不思議そうに首をかしげる。それは先日、ヴィクターが贈った花によく似ていた。


「それは品種改良されたものだ。」

「品種改良‥‥。」

「君に贈った花は北の地域のもので、ここで栽培するのは難しい。」

「ここは暖かすぎるからか。」

「ああ。それで、ここでも花が咲くようにと改良したんだ。」

「そうか。」


 レイルティアの返事は短かく素っ気ないものだったが、その声は柔らかかった。彼女は指先でその小さな花にそっと触れ、微笑んだ。


「気に入ってくれたのなら、また贈ろう。」

「‥‥ああ、この花は悪くない。」


 そう言ってレイルティアがヴィクターの元へ戻ってきた。ヴィクターが差し出した手を、素直に掴むレイルティアは、どうやら機嫌が良いらしい。それからふたりは、日除けのあるティースペースへ着いた。



 用意されたお菓子に、レイルティアは目を輝かせた。王都で話題になっている有名菓子店のものだったからだ。ヴィクターとの話もそこそこに、レイルティアはそのお菓子を頬張り‥‥‥破顔した。そしてそんなレイルティアを真正面から受け止めたヴィクターは、耐え切れず両手で顔を覆い天を仰いだ。


 笑顔でもぐもぐとお菓子を口に運んでいくレイルティアと、無言で天を仰ぐヴィクターという奇妙な光景が美しい庭の中央に広がっていた。しかし、ヴィクターの配慮で人払いをしていたので、それを目撃した者はいなかった。


 レイルティアが完食し、満足げに紅茶を口に運んで一息。そこでようやく正気を取り戻したヴィクターである。


「‥菓子は土産も用意しているから、ぜひ持って帰ってくれ。」

「なんと!貴様にしては随分と気が利くではないか!」


 上機嫌なレイルティアに、ヴィクターは花が飛んでいる幻覚が見えたとかなんとか。



「ティア‥‥聞きたいことがあったんだ。」

「何でも聞くと良いぞ!今は機嫌が良いからな!」

「ぐ‥‥笑顔が眩しい‥!」

「?」


 紅茶を一口飲み、なんとか落ち着いたヴィクターだったがまたすぐに片手で目を覆ってしまう。レイティアは特に気にする様子はない。彼女の興味は、今のところ目の前のお菓子と紅茶だけのようだ。


 呼吸をひとつ。それから、こほん、と咳をひとつ。ヴィクターは体裁を取り繕って、再度レイルティアに向き直った。


「‥‥君と初めて会ったあの日以前に、社交界に出た事は無かったのか?」

「無かったな。私は貴様‥‥フラーク公爵に嫁がせるためにと隠されていたらしい。」

「‥‥。」


 レイルティアの返答を予想していたのか、ヴィクターは眉間にしわを寄せるだけに留めた。しかし、次の言葉には驚きを隠せなかったらしい。


「城から出るのも、今日が初めてだしな。」

「‥‥今日が、はじめて‥?」


 唖然として、つい零れてしまった、というようなヴィクターの呟きがふたりの間に落ちた。それでもレイルティアは何とでもないように、お菓子を口に入れる。


「ティア、君は‥‥社交界はおろか城の外にすら出たことが無かったというのか‥‥!?」

「そうだな。本当は昔のように駆け回りたかったのだが‥‥姉や兄を見ているとそんな事は言えなかった。」


 僅かばかり、レイルティアの表情が陰る。彼女の姉や兄は、幼い頃より立派に王族として教育を受け、その通りに過ごし育っていた。そして彼らは末の妹で父親に冷遇されているレイルティアに心を配ってくれていた。そんな彼らを見てきたレイルティアは、自分だけ自由に過ごすことができなかった。

 国一番の居城、豪奢な衣服、食べきれぬほどの食事。姉や兄に比べれば、レイルティアの衣食住は質素だった。けれど、それでも。それは平民では夢にすら出てこないような、恵まれ過ぎたものだった。レイルティアはその事をよく理解していたし、自身の生活が、国民の税金によって支えられていることも分かっていた。


 だから、いくら自由を求めても、王族としての責は果たさなければなるまい、と考えていたのである。


「辛く、なかったのか?」

「辛い‥‥か‥。」


 レイルティアの少し陰っていた表情が、今度は思案顔になった。その変化に、ヴィクターは息を呑んだ。


「‥‥ティア、もしかして‥‥。」

「酷い顔だぞ、ヴィクター。」


 言葉を失くした様子のヴィクター。レイルティアは揶揄うように片方の眉を上げた。


「私は元々感情の少ないフェンリルだ。人間になり十数年になるが、そもそも王族という、また特殊な部類に生まれたのでな。」

「ティア‥‥。」

「きさ‥‥ヴィクターは随分と感情が豊かなようで面白いぞ?」


 ははは!と笑ったレイルティアだったが、ヴィクターの表情は晴れなかった。


「服や宝石は要らぬ。その代わり私を城から連れ出してくれ。婚約者なら、些事だろう?」

「‥ああ、もちろんだ。ちなみに聞くが、服や宝石も贈っても構わないか?」

「それで外出が減らぬなら好きにしろ。」

「なら、これからも贈るとしよう。外出の折には、俺が贈ったものを身に着けて欲しい。」

「分かった。」

「今日のドレスも君に似合うと思って選んだんだ。想像以上に綺麗だ、ティア。」

「‥‥‥‥ん?まさかとは思うが、贈られたきたものは‥‥ヴィクターが選んだ‥のか?」

「それ以外にあるか?その髪飾りも耳飾りも、首飾りも、ドレスも靴も。厳選したんだ。」

「‥‥‥‥フレイアが正しかったとは‥‥。」


 レイルティアの脳内で、「言った通りでしょう?」とフレイアが呆れ顔をしていた。


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