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04 今もまだ分からないこと

 レイルティアが父王カーラルに呼び出されたのはデビュタントの翌日だった。予想通りだったレイルティアは、呼び出しを聞いた時、思わず笑ってしまった。


「聞いたかフレイア!こんなにも分かり易い王だとは!私はこの国の行く末が心配になってきたぞ!」

「そんなに笑ってしまわれては失礼ですよ、レイル様。」

「我が父ながら!これはもう話を聞かずとも内容を言い当てる事が出来よう!公爵との婚約が決まったのだろうな!」


 ははは!とレイルティアは、フレイアとふたりきりの部屋で豪快に笑った。笑って笑って、ようやく落ち着きを取り戻したレイルティアを見て、フレイアは他の侍女やメイドたちを呼びに行った。謁見用に身支度を整えるためだ。もちろん、髪を結うのはフレイアなのだが。




「お呼びですか、陛下。」

「久しいな、レイルティア。」


 身支度を整えると、レイルティアは謁見の間に赴いた。玉座に背を預ける父、カーラル王に礼を取る。ふたりが顔を合わせるのは数年ぶりの事だった。カーラル王はレイルティア自身に全く興味が無かったのだ。レイルティア関連で関心がある事と言えば、彼女の嫁ぎ先探しだけである。


「そなたの婚約が決まった。」

「ありがとうございます。」


 全て予想していたレイルティアが、ひとつも感情を見せずに頷いた。それを見て、カーラル王は少々気を害したようで、眉間にしわを寄せた。どうやらレイルティアの驚く様子が見たかったらしい。


「あまり驚いておらぬな。」

「私も、もうデビュタントを済ませました。王族としての役割を果たす頃と理解しております。」

「そうか。良い心がけだ。」

「恐れ入ります。」


 父王の気を害したらしいことを察したレイルティアは、次の句で大げさに(へりくだ)って見せた。するとカーラル王の声色が戻る。人の上に立つのが好きなのである。


「さすれば相手にも見当がついているか?」

「陛下がお望みのお相手と考えれば、幾つか思い浮かびはする、という程度でございます。」

「そうかそうか。では、もったいぶるのもこのくらいにしよう。そなたの婚約相手は、フラーク公爵だ。」


 今度は間違えないぞ、と心の中で呟いたレイルティアは、大きく瞬きをふたつ。意外だ、という顔をつくって見せた。


「‥‥フラーク公爵が、了承したのですか?」

「ああ。大きな魚が釣れたものよ。」


 カーラル王は満足げに髭を撫でた。レイルティアのような小さなエサで、フラーク公爵という大きな魚が釣れた。その言葉は、レイルティアを傷つけるものでは無かった。彼女は理解していた。自身の王位継承権も低く、側妃である母の実家は侯爵家ではあるものの、フラーク公爵とは比べるべくも無い。父王はさぞご満悦の事だろう、と思った。

 しかし。レイルティアの母の生家である侯爵家は、彼女の姉のヘーゼルを隣国との和解のため‥‥つまるところ人質として国外へ嫁がせた件に大層お怒りだった。レイルティアと母である側妃は、年に数回お茶をする程度の仲ではあるが、侯爵家が怒っていた件は何度か聞いていた。こんなにも侯爵家を蔑ろにしては、いつかしっぺ返しを食らうぞ、とレイルティアは心の中で呟いた。



「良いか、レイルティア。公爵とは良好な仲になるのだ。あちらはそなたの顔が気に入ったようだから、愛想良くしておれば十分だろう。」

「‥‥はい、心得ております。」

「婚約式は3月後。結婚式はそなたが17歳を迎えてからだ。さすがの私も、国法を安易には変えられぬからな。」

「承知いたしました。」



 用件は以上だ、とカーラル王が告げ、レイルティアはすぐに退室した。


 自室までの廊下を歩きながら、レイルティアは考える。親とは、こういうもの、だろうかと。フェンリルだった頃、そもそも親も兄弟もいなかった。フェンリルとは、古き神に創られたもの。神代が終わり、人の世に移り変わる世界の要石にと創られたものだ。世界が造り替わり、移り変わる最中に崩壊しない為に創られた。だからだろうか。フェンリルには最低限の感情しかなかった。

 レイルティアとして生まれ変わった後も、王族と言う特殊な一族だったため、家族や血縁という繋がりにレイルティアは疎いままだった。感情もそうだ。楽しいは分かる。嬉しいも分かる。しかし悲しいは分からなかった。他にもたくさんの感情を、レイルティアはまだ知らない。彼女が名前を付けられる感情は、数えるくらいしかなった。




「レイル。」


 部屋に戻る途中の彼女を呼び止めたのは、オーレリアだった。レイルティアの一番上の姉。この国の王太子だ。ゆっくりとレイルティアに向かって歩いてくる彼女は、誰が見ても高貴な女性だと分かる。容姿、装い。足の運び、重心の位置。そして、纏う雰囲気。全てが彼女を王太子たらしめていた。


「お姉さま!お久しぶりです。」

「遅くなったけれど、デビュタントおめでとう。」

「ありがとうございます。いただいたドレス、本当に素敵でした。」

「気に入ってくれたのなら嬉しいわ。実際に見れなかったのが残念だけれど。」

「ご公務でしたものね。」

「ええ。でもエルヴィスが、妖精のようだった、と言っていたわ。」

「お兄さまったら‥‥。」


 レイルティアが困ったように眉尻を下げると、オーレリアは優しく微笑んだ。


「陛下に呼ばれたそうね。」


 穏やかな空気から一転。オーレリアの声色が硬くなる。


「はい。私の嫁ぎ先が決まったと。」

「ええ、聞いているわ。フラーク公爵ね。」

「はい。」


 頷いたレイルティアに、オーレリアは少しだけ迷って‥‥彼女の手を握った。


「‥‥気難しいお方よ。」

「‥‥‥‥そう、なのですか?」

「ええ。」


 ぱちくり、とレイルティアが瞬きをひとつ。先ほどのように意図したものではなく、心からの"きょとん"だった。


「これまであまり女性に関心が無かったそうだから、愛人などの心配は少ないのでしょうけれど。」

「はあ‥‥。」

「冷たいお方だと聞いているわ。」

「‥‥‥‥。」


 いつの間にかオーレリアは、レイルティアの手を強く握りしめていた。


「あなたも王族なのだから、この結婚は義務。でも、どうしても耐えられなくなったら、私を頼りなさい。」


 そう言ったオーレリアの瞳が揺れた。レイルティアは、姉が自分を心配してくれているのだ、と理解した。そう理解して、ゆっくりと胸が熱を持つ。


「ありがとうございます、お姉さま。そんなに心配なさらないでください。」


 レイルティアは、気づけば笑顔でそう返事をしていた。


「‥‥そうね。」


 オーレリアはそっと手を離し、一度だけレイルティアの頭を撫でた。それから、「今度お茶でもしましょう」と言ってオーレリアは去って行った。姉の背を見送って、レイルティアも自室へと戻る。



「これは‥‥嬉しい、だけど。それだけではない。でも‥‥。」


 ぽかぽかと温かい胸と、湧き上がる何かに、レイルティアは名前を付けられなかった。けれど、とても満たされていた。それだけは分かったのだ。


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