03 ドラゴンだった者
「レイル。」
「お兄さま‥‥そちらのお方は?」
レイルがそれなりに腹を満たした頃、貴族達と話をしていたはずのエルヴィスがひとりの男性を連れてレイルティアの元へやって来た。
「君に一言挨拶を、と。公爵、妹のレイルティアだ。」
父王が自分の結婚相手に、と思案している公爵だろうとレイルティアはすぐに考え付いた。エルヴィスに紹介された公爵が、レイルティアの前に姿を見せる。黒い髪に、黄金の瞳の男だった。
「‥‥‥‥!」
レイルティアは息を呑んだ。その黄金の瞳と視線が合って、分かったのだ。
「公爵?」
公爵の方も、レイルティアを見て固まってしまっていた。疑問符を浮かべたエルヴィスが公爵の肩を軽くたたくと、公爵はハッとして笑顔を取り繕った。
「‥‥失礼、王女殿下の美しさに見とれておりました。初めまして、レイルティア殿下。殿下のデビュタントに祝福を。ヴィクター・フラークと申します。」
美しい所作で、ヴィクターはレイルティアの手の甲に口を付ける。
「‥‥‥‥レイルティアです、フラーク公爵。」
レイルティアがそう言うと、ヴィクターは黄金の瞳を細めた。
「レイルティア殿下、私に殿下と踊る名誉をいただけますか?」
「‥‥ええ、よろしくお願いします。」
レイルティアが差し出された手を取ると、流れるように会場の中央までエスコートされる。そうして曲が変わり、ふたりは踊り始めた。
「‥‥‥‥ドラゴン、貴様、なんのつもりだ。」
「‥‥君と踊りたいと思っただけだ、イザルト。」
訝し気な視線を向けたレイルティアに対して、ヴィクターは嬉しそうに笑って見せた。
ふたりは前世で殺し合った、フェンリルとドラゴンだった。目を合わせた瞬間、互いにそれを理解したのだ。イザルト、とはレイルティアの前世の名だ。
「今生でも貴様と相見えるとは。余程の因果か、ツイていないだけか‥‥。」
「喜んでくれないのか?」
「殺しあった仲だぞ。喜ぶと思うか?」
「俺は嬉しいが。」
ぐい、とレイルティアは腰を引き寄せされる。年頃の令嬢であれば頬を染めてしまうような状況だったっが、レイルティアは額に青筋を浮かべた。
「君がイザルトの生まれ変わりだと、すぐに分かった。美しい毛並みも、凛とした瞳もそのままだ。」
そんなレイルティアに気づいているのかいないのか、ヴィクターははしゃいでいるかのようにレイルティアをくるくる回した。回る度に、レイルティアの髪がふわりと揺れる。
「貴様も色合いは昔のままよな。」
黒い鱗と同じ色の髪、黄金の瞳はそのままだった。そしてレイルティアが一番気に入らないのはその背丈である。フェンリルとドラゴンだった時はもちろん、ドラゴンの方が数倍大きかった。生まれ変わったというのに、またしても自分が見上げる側になるとは、と大変不服なレイルティアだ。
「本当に、君なんだな。」
「ああ。まあこうも可憐な少女に生まれ変わってしまっては、驚くのも無理は無かろう。私は気高きフェンリルだったのだからな。」
「君は今も変わらず気高く美しい。」
「‥‥貴様も憎々しいほどに変わらんな。」
ふん、と鼻を鳴らし、レイルティアはそっぽを向いた。それから先ほどエルヴィスと話した内容を思い出す。王が、レイルティアを嫁がせたいと思っているのは、目の前のこのドラゴン‥‥公爵の所だ。
今代のフラーク公爵は、一騎当千の実力を持つ騎士でもある。手綱を握っておきたいと思うのは当然だった。
「ドラゴンよ。どうやら貴様が、私の結婚相手候補のようだな。」
「‥‥相手、候補‥‥‥‥。」
「父王は私をどう使おうか悩んでいるそうだ。その中で最も適した相手がフラーク公爵、つまり貴様というわけだ。」
「‥‥‥‥。」
「ん?どうした?さすがの貴様も驚いたか?宿敵の結婚相手候補などと屈辱でも感じたか?」
「‥‥その相手候補とは、どのくらいいるんだ?」
「さあ知らぬ。まあ、貴様以外となれば、他国の王族だろう。ヘーゼルお姉さまと似たり寄ったりになるだろうな。」
レイルティアの答えに、ヴィクターは数秒押し黙った。
何かを考え始めたヴィクターに、レイルティアはこれ幸いと彼の頭の先からつま先まで観察し始めた。それからすぐに息をついた。決して縮まらない体格の差、王城に閉じ込められていた自分と違い、鍛えられている腕や胸板に気づいたのだ。
前世持っていたフェンリルの鋭い牙も、爪も、今のレイルティアには無かった。フェンリルの力も、相当に弱っている。
前世では互角の良い戦いを繰り広げていたが、今生はどう頑張っても勝てそうにない。そうレイルティアが肩を落としていると、ヴィクターが思考の海から戻ってきた。
「‥‥‥‥君を、」
「ん?」
降って来た声にレイルティアが視線を上げると、黄金の瞳と目が合った。
「君を、他の誰かになんかやらない。」
「は???」
「君の結婚相手は、俺だ。イザルト‥‥いや、レイルティア。」
「貴様、何を言って‥‥?」
間の悪い事に、曲が終わる。ふたりは貴族らしく礼をとり、中央から退いた。それからヴィクターは、レイルティアをエルヴィスの元へ連れて行くと「陛下と話があるから」と言って会場から去って行った。
「レイル、公爵と仲良くなったのか?」
「何をおっしゃいますか、お兄さま。」
「楽し気に談笑していたようだったから。」
「しておりません!」
「僕の勘違いかなぁ?」