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01 ふわふわでもふもふ

「おはようございます、姫様。」

「おはよう、フレイア。今日は特に早いな。」

「それは勿論、本日は姫様のデビュタントでございますから。時間はいくらあっても足りません。」

「夕刻からだろうに。」


 上品な、けれど流行よりもシンプルなデザインのドレスが、フレイアの仕事スタイルだった。彼女はこの城で唯一、レイルティア直属の侍女だ。元々は他の貴族子女たちと同じく花嫁修業の一環として王城の侍女となったのだが、その仕事ぶりにレイルティアが目を付けた。「それがフレイアの運の尽きだったな」とレイルティアが笑うと、「私の運が本領を発揮したのです」とフレイアも笑う。そんなフレイアを、レイルティアは一層気に入っていた。


 フレイアがさっとカーテンを開け陽の光が部屋に差し込む。レイルティアは眩しそうに目を細め、仕方ないなとでもいうようにベッドから降りた。フレイアと一緒にやって来ていた数人のメイドたちが、レイルティアの身支度を手伝った。顔を洗い、軽食を取り、湯あみをし。フレイアの言った通り、今日はレイルティア姫のデビュタントである。主役の姫を磨き上げるのだと、一同は準備に精を出した。



 レイルティアはヒース王室の末姫だ。正室の娘で王太子のオーレリア、その弟で第1王子のエルヴィス。側室の娘であるヘーゼルが第2王女で、ヘーゼルの妹が第3王女レイルティアだ。


 彼女たちの父であり、現ヒース国の王であるカーラルは元々第2王子であり、カーラルの兄が国王となった。しかし隣国であるアステラ大公国との戦争中に病死した。本来であればその息子が王位を継ぐはずだったのだが、他国へ留学中であり、留学先から国政への介入を恐れた重臣たちによりカーラルが王位を継いだ。カーラルは苦戦を強いられていた戦況を立て直し、なんとかヒース国の勝利、と言える状態まで導いた。大公国とは殆ど痛み分け状態であったことから、婚姻による和解を結ぶことになり、当時10歳のヘーゼルが大公国へ嫁いだ。


 カーラルは戦術に長けた男だったが、しかして行政に興味は無く、才も無かった。彼の興味を引くものと言えば権力と財力でのみで、運良く国王という地位を手に入れたのだから手に入るものは全て得る、と考えた。戦争の後、最初に手を着けたのは留学中である甥、つまりは兄の息子の暗殺である。自身の王位を脅かす芽を摘む事から始めたのだ。

 その次がヘーゼルの嫁入りだ。第2王女のヘーゼルは当時10歳にして周りが見惚れるほどの美しさだった。成長すれば国一番の美女となるのは明白だった。男の心を掴むの容易だろう、と隣国の次期大公へと嫁がせたのだった。


 さて、そうなると次はレイルティアの嫁ぎ先を考える番である。デビュタントまで社交界に出さず、彼女の婚約者の座を取っておいたのには理由があった。ヘーゼルの妹ということもあり、レイルティアも美しい顔立ちの娘だ。どこの国の王室からも歓迎されることだろう。


 しかし、カーラル王は国外よりも、国内に彼女を嫁がせたかった。


 ヒース王室よりも古くからあり、元々この地を治めていたフラーク公爵家だ。フラーク公爵家は他国とも繋がりがあり、王室と言えどむやみに口を出せるような相手ではなかった。歴史を辿れば、現ヒース王国の国土の半分以上はフラーク公爵が治めていた。ヒース王家は、侵略者に過ぎなかったのだ。当時のフラーク公爵は、戦いによる犠牲を防ぐために、膝を折ったのだという。侵略戦争の割に、流れた血はとても少なったという。つまり、民衆の犠牲を防ぐための英断を、フラーク公爵が下した事により、ヒースが王になれたのだった。


 そんなフラーク公爵にレイルティアを嫁がせ、公爵を篭絡させ、手綱を握りたい。そう考えていたのだ。そんな短慮な考えしか浮かばないほど、公爵家には隙が無かった。



 そしてレイルティアにとって、父王の考える事は容易に想像できた。このデビュタントを終えれば、すぐに結婚の話を聞かされるのだろう。それを考えたレイルティアは‥‥楽し気に微笑んだ。10数年間、王城に閉じ込められていたも同然のレイルティアは、早くここから出たかったのだ。それが望んでいない場所でも構わなかった。それにフラーク公爵領は自然に囲まれた土地も多い。レイルティアはそんな自然の中を思いっきり駆け回りたくて仕方がなかった。

 もうすぐこの城から出られるのだと思えば、デビュタントの準備も苦ではなかった。



「姫様の御髪はふわふわで愛らしい事の上無いのですが‥‥なぜこうももふもふと広がってしまうのでしょう?」


 レイルティアの髪に櫛を通しながらフレイアが困ったように言う。彼女の白銀の髪はふわふわな癖毛で、まとめ上げるには大変扱いづらい。さすがのフレイアも苦戦するほどだが、メイドたちの手には負えず、フレイアにしか扱えないものだった。


「私がふわふわもふもふなのは昔からだ。」

「それは存じておりますけれども。もう少し控えめになってくださってもいいのですよ?」

「分かってないな。よりふわふわでもふもふの方が可愛いだろう?」

「そんな犬ちゃん猫ちゃんみたいに言われましても。」

「そなたが言い出したのでは???」

「姫様、動かないでください。」


 レイルティアが振り向いて抗議の声を上げようとしたが、即座にフレイアが制止をかける。今ようやっとレイルティアの髪がまとまってきたのに、ここで動かれてしまっては最初からやり直しである。レイルティアは大人しく鏡を向いたまま、結い終わるのを待つことにしたのだった。




 レイルティアに()()自覚が芽生えたのは、幼少の頃だ。記録、と言った方が正しいのかもしれない。


 前世の彼女は、気高いフェンリルだった。風よりも速く駆け、山をも噛み砕く、氷の支配者たるフェンリルだった。ふわふわでもふもふな白銀の毛並みと、明け方の空のような薄青色の瞳を持った、最後のフェンリルだったのである。


 古き神の時代が終わり、人間の時代がやって来る。その狭間の時。古き神に創られた氷を支配する者であるフェンリルは、炎の化身であるドラゴンと相容れぬ存在だった。ある時、出逢ってしまったドラゴンに、フェンリルは牙を剥いた。そうして両者は片方が死ぬまで戦い続けた。


 レイルティアはそんな前世を、昨日の事のように覚えていた。自由に駆け、ドラゴンと戦い、数百年を生き、そして命が尽きた。そんな日々が、ひどく懐かしかった。


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