第6話
「あんたのところの新人はとんでもないわね」
魔獣の言葉が理解できる人物は限られている。
白川の存在が明らかになれば実験に使われるのが関の山だろう。
「どうりで手元に置いておきたいはずよね」
「うるさい」
獣化した日日が隣に降り立ち気配に声をひそめると口を開いた白い獣は「花と桃花白川両名もそのまま次の現場に向かってくれ。日日は鉱石の回収を」烏谷の声となり指示を出すと「はーい」打って変わり日日が軽快な声をあげた。
日日が白川を背に乗せこちらへと降りてきた彼女は開口一番に頭を下げてきた。
「申し訳ありませんでした」
「……なんのつもりだ」
「私は指示に背きました」
「べつに、そのような規律はない。それより怪我は?」
「いえ、とくには」
「そうか、ならいい」
「あのね、白川ちゃん。桃ちゃんはこう見えても──」
「黙れ日日。さっさと烏谷のところに鉱石を持っていけ」
空へと放った鉱石に噛み付いた四つ脚の白い巨獣は勢いそのまま異空へと消えて行った。
「ちょっとー、話が済んだなら行くわよ」
声を投げてきた花はすでに扉を作り上げ空間を繋げていた。
「来ないのか?」
依然として留まったままの白川に疑問を向ける。
「……私も一緒に行ってもいいんですか?」
「同行しろとの上からの命令だ」
こうならないように手を打っていたはずだったが、彼女はどこか嬉しげに目を瞬かせてからなにかに気付いたように慌てて表情を取り繕っていた。
べつに怒っているわけではなかったのだが。
彼女の表情の移り変わりに口角が上がるのを感じていた。
「準備はいい?」
踏み出した先には連なった六角柱の鉱石が突き刺さり連なって巨大な山となっていた。
鉱石の裾野には鉱石を取り巻く鉱脈師と幾らかの隊員が見受けられる。
一際目を引くのが目に止まったのは出来る限りの関わりを避けていたからだ。
他とはちがう防護服に外套を羽織り長い髪、顔を見なくても誰かはわかる。
青色の瞳がこちらを捉えるように振り返った瞬間、思わず視線をそらしていた。
不思議そうに名前を呼んだ白川の声は聞き馴染んだ声によって掻き消されていた。
「あら? あんたこんなところでなに油を売ってるのよ」
部下を引き連れた女が構わず声を投げてきた。
対峙した姿は記憶よりも年を重ねて見えた。
魔法庁にのみ与えられたその姿にはちがう人物が重なって見え、視線を受け止めきれず、背後にある鉱石へと視線を投げた。
「……それはこちらの台詞だ。あれはどういうことだ」
おおかた、鉱脈師が欲を出したか。
「人手が足りてないの。あんた、暇なら手伝ってちょうだい」
「その職は退いたはずだが」
「上司命令」
ぴしゃりと跳ね除けられ「あんたくらいよ、あたしにその顔をできる馬鹿は」続けてため息を吐かれた。
「誰か桃花に武器と装甲服を与えてちょうだい」
「え、桃花? 今桃花って……」
「あの人が?」
「まじかよ」
「絶対嘘だと思ってた」
「……桃花って存在するのか」
途端に色めき立つ辺りの隊員たちの反応に白川か戸惑っているのが視界の隅で捉えていた。
「桃花は長命だったはずだが、彼はまるで──」
「ここに来た理由を忘れたのかしら。さあ、持ち場に着きなさい」
辺りを包んでいた視線は花の言葉によって散り散りになっていた。
「お礼は結構よ」
「昔よりもずいぶんと軽くなったな」
「当たり前でしょ。あんたが抜けたせいで皺寄せが来てるんだから。うてる対策はすべて講じているわよ」
「資源はどこで調達しているんだ」
「鉱石師と魔素師に頼んで発掘した鉱石よ。光源に近い炭鉱の鉱石から打ち出したから魔素に共鳴するおかげで防御力も高まっているの」
確かに脈打っているのがわかる。
「強度は高いわ。まず貫かれることはないもの」
わさわざ隊長格が現場に出てきたということはなにかあるんだろうが、それに対応する必要はないはずだ。
「どうして俺が駆り出される必要がある? お前たちの仕事だろう」
「こっちは割りを食っているのよ」
「それは悪かったな」
彼女から向けられた視線を逸らしたのを見逃すはずはなかった。
「無駄に年だけ取ってるんじゃないわよ」
「うるせぇ。俺だって」
「俺だってなによ。母は死んだのよ。あんたに気にされても迷惑だわ」
桃花はそこで口を閉ざした。
「あんたが私の顔を見たくないのはわかるけれど、私は私よ」
母親に輪をかけて反撃する隙を与えられず桃花は黙るしかなかった。
「母と私が瓜二つでも私は私。あんたなんか嫌いよ。ばーか」