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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

辛口

甘い毒

 とても甘い果実のる木があった。その果実はあまりにも甘いので、たったひと口かじっただけで心臓が早鐘のように打ち、一生ぶんの感動と幸せと喜びと激しい恍惚感と引き換えに、残りの寿命を一瞬で使い果たして人を死に至らしめるほどだった。しかし、そんな毒果でも需要はあるもので、快復の見込みのない病人や、今以上に望むものの何もない年老いた金持ちや、興味本位の無謀な酔狂者達のために、毒果だけを栽培する広大な果樹園が作られていた。


 かつてその木はジャングルの奥地にひっそりと自生する無害な果樹で、輝くように鮮やかな赤い果実の恵みを、原住民のうち、わずかな部族だけが知っていた。ところがあるとき、巨大な帆船に乗って海の彼方からやってきた探検隊が飢えと渇きを赤い果実に救われ、故郷へ種を持ち帰った。

 異境から渡来した最初の種が芽吹いて育ち、花が実を結ぶと、街の人々は赤い果実の爽やかな甘さにたちまち魅了されたが、すぐにそれだけでは満足できなくなり、肉の味に飽きてスパイスを振りかけるように、さまざまな手を尽くして木に養分を与え始めた。甘い果実の生る木を手に入れた人々が次に欲したのは、もっともっとたくさんの果実、そして、もっともっと甘い果実だった。

 本来必要な量よりも過剰な養分をむりやり注入され続けた木々は、やがて不自然なほど多数の果実をつけるようになったが、果実に栄養を奪われるぶんだけ枯れやすくなり、赤く美しかった果実もまた、甘さが増せば増すほど、次第に毒々しい赤紫へと腫れ上がった。だが、毒々しくいびつに変貌した果実も、甘すぎる果実がもたらすようになった死毒さえも、ひたすら甘さばかりを求める人々の欲望に歯止めをかけられなかった。


 ジャングルの奥地で輝いていた花と果実から失われてしまった美しさなど、誰も気に留めはしなかった。


 一生ぶんの快感が一瞬で味わえるなら人生すべてを差し出してもいい!死ぬほど甘いと噂の果実を自分もひと口かじってみたい!一本の木が枯れやすかろうと、次から次に種を植えまくればいくらでも代わりを用意できる。栽培した果実から取った種は西にも東にも運ばれて甘さの虜を増やし、果樹園のあるところにはどこでも数え切れないほどの死体と金貨が積み上がっていった。

 品種改良を加えられながら世界に広まった毒果は最終的に甘くも苦くもない単なる猛毒と化したが、果実を食べて死ぬときは皆「甘い」「甘い」と言い遺して死に、死の間際に感じる強烈な甘さが“噂によれば、この果物はとても甘いらしい。()()()()()()()()()()”という思い込みにすぎなくなっていることに気づく者は、もはやいなかった。


おわり

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