1 世界はシンプルであれ
世界は、正直言ってつまらない。
学校に来る意味があるのか?
そんなことを考えている時点で、たぶん俺はこの場所に向いていない。
今は授業中だが、俺は保健室のベッドに寝転がっている。
サボり常習犯、村谷康治。
今日の仮病は腹痛だ。
「村谷くん、また来たの?」
保健室の先生――屋島緑は、慣れた様子で俺を見下ろす。
「サボりじゃないです。お腹が痛くて」
「毎日?」
「生まれつき体が弱いんで」
「はいはい」
信じていない顔だ。まあ、仕方ない。
「暑いんで、窓開けていいですか?」
「開けすぎないでね」
窓を少し開けた瞬間、風と一緒に音が入ってきた。
――ギターの音。
「……何か聞こえません?」
「ああ、またあの子ね」
「あの子?」
「屋上でギターを弾いて歌ってるの。変わった娘よ」
変わってる、か。
その音楽をBGM代わりにしているうちに、俺は眠ってしまった。
次に目を覚ました時には夕方だった。
家に帰って、ゲームして、飯食って、風呂入って、寝る。
いつも通りの一日。
翌日。
当然のように遅刻した。
校門をくぐった瞬間、昨日と同じ音楽が聞こえてくる。
また、あれだ。
保健室へ向かおうとして――途中で立ち止まる。
昨日よりも、はっきり聞こえる。
なぜか今日は、もっと近くで聞いてみたいと思った。
気づけば俺は、屋上へ続く階段を上っていた。
ドアを開ける。
屋上の真ん中で、少女が胡座をかいていた。
目を閉じたまま、ギターを弾いて歌っている。
黒髪で、一本だけ跳ねたアホ毛。
年は、たぶん同じくらい。
「ねえ」
突然、歌が止まった。
「君は、太陽って好き?」
「……は?」
いきなり何を言い出すんだ。
「私はね、太陽も音楽も好きなんだ」
そう言って、少女は目を開ける。
黒くて、やけに澄んだ瞳だった。
「……変なやつだな」
「よく言われる」
さらっと認めるなよ。
「君、すごくつまらなさそうな顔してるね」
「実際つまらないし」
「私は楽しいよ」
少女は、当たり前みたいに言った。
「今しかできないことをしに、ここに来てるから」
「学校の何が楽しいんだよ。来る意味ないだろ」
「来なくてもいいと思うよ」
「……は?」
「通信制もあるし、来なくても卒業できるし」
あまりにあっさりした答えに、言葉を失う。
「学校ってさ、
知識を学ぶ場所だとか、人間関係を学ぶ場所だとか、よく言うでしょ?」
「……ああ」
「でも、全部ここじゃなくてもできるよね」
少女はギターを抱えたまま、空を見上げる。
「嫌なことに耐える練習をする場所って言い方もあるけど、
それって学校が嫌な場所だって認めてるみたいで、私は好きじゃない」
「……」
「間違ってる世界に合わせるのが正しいって、変じゃない?」
返す言葉が見つからなかった。
「でもね」
少女は俺を見て、少し笑う。
「みんなが当たり前だと思ってることを、当たり前だと思えない君は、結構すごいよ」
「ただのひねくれ者だろ」
「違う違う」
軽く首を振ってから、続ける。
「好きなものはないの?」
「……好きな作家がいる」
気づいたら、そんなことを話していた。
「その人、自分の小説が面白いのかわからないって悩んでて。
どう声をかければいいのかわからないんだ」
「簡単だよ」
少女は即答した。
「君が面白いと思うなら、それでいい」
「それだけ?」
「それだけ」
迷いのない声だった。
「たとえ世界中の人が否定しても、
君一人が面白いと思うなら、それは面白い作品だよ」
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
少女は立ち上がり、ギターを背負う。
「私、九芝波芽々。君は?」
「村谷康治」
「じゃあ、康治君、またね」
その笑顔は、やけに明るかった。
――それが、九芝波芽々との最初の出会いだった。




