08 新しい婚約者(人間側)
ところかわってゴールドブレイブ帝国。
リミリアが魔王軍に連れ去られた次の日、シューフライはさっそく悲劇のヒーローを演じていた。
昼過ぎに自分の父親を含めた王族たちを城の講堂に集めると、熱弁を振るう。
「昨晩、リミリアはこの俺様を『獄門塔』に呼び出したんだ!
行ってみたらどうだ、リミリアはどこからともなく侵入してきた魔王軍の兵士たちに捕まっているではないか!」
呼び集められた王族たちはいったい何事かと思いつつも王子の言葉に耳を傾けていたが、いきなりの衝撃告白に「ええっ!?」と驚愕した。
講堂の議席の最前列にいた、とある大臣が叫んだ。
「朝からリミリア様のお姿が見られないと思ったら、そんなことがあったのですか!?
魔王軍の兵士というのは、どれほどの規模だったのですか!?」
シューフライはここで、少し欲を出してしまう。
よせばいいのに、つい話を盛ってしまった。
「兵士たちの数は千はいたであろう!
でも俺様は臆さずに剣を抜いて、リミリアを助けるために戦った!
相手は千もの魔物であったが、俺様の相手でではない!
この聖剣で、屍の山を築いてやったんだ!」
すかさず別の大臣からツッコミが入る。
「それは本当なのですか!? 昨晩の『獄門塔』の当直の兵からは、そんな報告はありませんでした!
ほんの数名での戦闘なら気付かなかったということもありえますが、千匹もの魔物と戦って気付かないというのは……!
それに、朝の当直では一切の死体どころか、血痕の報告もありませんでした!
シューフライ様のおっしゃるとおりに魔物たちが殺されたのであれば、屍の山があるはずなのでは……!?」
「そ、それは……! 千匹の魔物はぜんぶ暗殺者だったんだよ!
千匹いても、足音ひとつ立てやがらなかったんだ!
死体はぜんぶ、俺様に恐れをなして逃げていった魔物たちが抱えていったんだ!
奴らは音もなく、血痕まで掃除していきやがった!」
「血痕の掃除を……!?」とざわめく王族たち。
シューフライは「そ……そんなことは、今はどうでもいいだろう!」と無理やり話を進める。
「俺様に敵わぬと知った魔物どもは、リミリアの身体を抱えると、空高く飛び立った!
さすがの俺様でも、空を飛ぶ相手にはどうにもならん!
俺様は手を伸ばして、こう叫んだのだ!」
ここはシューフライにとって、いちばんの見せ場であった。
バッ、と手を天井にかかげ、「リミリアー!」と悲痛に叫んでみせる。
シューフライいつも歌劇の登場人物のような派手な服を着ているので、今の彼はまさに舞台の主役のように輝いていた。
「そしたらリミリアは俺様にこう言ったんだ!
『シューフライ様、わたしのことはきれいさっぱり忘れて、新しい婚約者をお選びください!』と!」
「そんな状況下で、なんでそんなことを……!?」とどよめく王族たち。
このツッコミに対しては、シューフライは勢いで乗り切る。
「きっとリミリアは婚約者である自分が人質として利用されることを恐れ、自分から婚約破棄を申し出たんだ!
俺様は血の涙を流した! そんなことができるか、と……!
俺様が愛する女は、生涯でただひとりだと……!
うぐっ! うううっ! リミリア……! リミリアぁぁ……!」
ガックリと膝をつき、くしゃくしゃにした顔を両手で覆うシューフライ。
声を震わせ悔しさを滲ませるその姿に、王族たちは同情する。
シューフライは、指の隙間から王族たちの様子を確認していた。
うまく言いくるめることができたと思うや否や、パッと立ち上がり、力強く述べあげる。
「というわけで、俺様はリミリアの最後の意思を尊重したいと思う!
彼女を、そして彼女という立派な女性を育て上げたバーンウッド一族を讃える意味でも、次の婚約者は同家から選びたいと思う!」
こうして、茶番にもほどがあるシューフライの発表会は終わった。
シューフライとリミリアはまだ婚約段階であったので、本来はそれほどの大事件ではない。
しかしこの報せは瞬く間に帝国じゅうに広がり、国民の大いなる話題となっていた。
幼い頃のリミリアの才覚を見いだし、息子の婚約者として推薦した帝王キングヘイローは、我が子を失ったように落胆。
そして、最初の頃はリミリアに辛く当たっていたが、彼女の人柄にほだされた王妃クイーンヘイローも大変残念がっていた。
しかし帝王も王妃も、リミリアの意思ならば仕方がないと婚約破棄の申し出を受け入れ、新しい婚約者をバーンウッド家から再選出することを認める。
リミリアの父と母は長女がさらわれたことを知って悲しんだが、王族との関係が断ち切られずにすんだのでたいそう喜んでいた。
両家の両親の許可が得られた途端、シューフライは昨日の今日だというのに、さっそくリミリアの妹たちに手を出していた。
リミリアには7つ子の妹たちがいるのだが、7人とも自室に呼び出す。
妹たちはみな、リミリアと血が繋がっているとは思えないほどのイケジョ揃い。
メイクもファッションも最新流行のもので決め、歩く宝石のように美しい。
シューフライは彼女たちを眺め回し、ご満悦であった。
「いままでの俺様は、大根の葉っぱが生えた王冠を被らされていたが、これからは違う。
お前たちのような7つの宝石がちりばめられた王冠こそが、この俺様にはふさわしい」
そしてここで、衝撃の事実が発覚。
「お前たちの提案と協力のおかげで、あのいまいましい大根娘を追い払うことができた。
約束どおり、お前たちを俺様の婚約者にしてやろう」
女たちは「わあっ!」と華やいだ声をあげ、シューフライにまとわりつく。
婚約者だというのに、手すら握ろうとしなかったリミリアとは大違いであった。
両手でも抱えきれないほどの花に、シューフライは嬉しい苦笑いを浮かべる。
「ふふ、お前たちはまさに花だな。見た目も匂いもいいし、なにより男という名のミツバチを引きつけるフェロモンがある。
できれば7人ともまとめて俺様の女にしてやりたいのだが、うるさいジジイどもがいるからな。
まずは王家のしきたりに従い、この中でひとりだけを婚約者として指名する」
「ええっ」と不満そうな声をあげる女たち。
「心配するな、俺様の功績が認められれば、すぐに残りの者たちも俺様のものにしてやる。
それに、残りの者たちも次の婚約者候補として城に入れるようにしてやるから、みないつでも俺様に会えるようになるぞ」
そう言って女たちをなだめたシューフライは、エナパインを次の婚約者として指名した。
エナパインはバーンウッド家の次女で、赤い髪を持つ長身の美女。
燃えるような色のドレスを着こなし、性格も情熱的。
新たなる婚約者となった彼女は、さっそくシューフライのまわりにいた他の女たちを押しのける。
シューフライの身体に抜群のプロポーションを絡め合わせ、耳元で囁いた。
「私を選んでくださり、ありがとうございます、シューフライ様……。
あの大根娘とは比べものにならない優越感を、あなた様に差し上げますわ……!」