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05 ポトフを食べた魔王

 配給が見つかったわたしは即刻、引っ立てられてしまう。

 中庭に引っ張り出され、跪かされるわたしを、エーデル・ヴァイス様は鬼のような形相で見下ろしていた。


「貴様……いったい何をやった? 鉄格子をどうやって外したのだ?」


 わたしは正直に答える。


「わたしじゃなくて、第十四小隊の子たちが外してくれたんです。配給の邪魔だからって」


「配給だと? 貴様はいつ給仕になったのだ?」


「いえ、ここでのごはんがあまりにまずかったので、ポトフを作って差し入れてあげたんです。

 みんな喜んで食べてくれるから、つい……」


「貴様はなにを言っている? 飯というのはまずいものに決まっているだろうが」


「そんなことはありません。人間の世界では、ごはんは楽しみのひとつとされています。

 ごはんって1日3回もあるものでしょう? それが苦痛だなんておかしいです」


 すると、まわりにいた将校たちがざわめいた。


「あ、あの人間の娘、エーデル・ヴァイス様に抗議しているぞ……!?」


「エーデル・ヴァイス様に睨まれたら、魔族である我々ですらいまだに足がすくむとうのに……!」


「それも、エーデル・ヴァイス様は我々の話などちっとも聞いてくれないのに、なぜあの娘の言い分は聞いているんだ……!?」


 この城に来たばかりの頃は、エーデル・ヴァイス様は怖くてたまらなかった。

 しかし初絡みを終えたわたしは、もうだいぶ慣れていた。


 わたしは今がチャンスだと思い、エーデル・ヴァイス様に願う。


「お願いします、エーデル・ヴァイス様。わたしに、兵士たちの食事を作らせてください」


 「なに?」と形相をいっそう険しくするエーデル・ヴァイス様。

 その睨みは真冬のプールに放り込まれたみたいに、心臓を急襲してくるような恐ろしさ。


 でも、わたしは負けじと訴えた。


「兵士というのは毎日、厳しい訓練で己を鍛え上げています。

 そしていざ戦場に出れば、いつ敵の刃にかかって死ぬかもわからない身。

 だからわたしは、彼らに食事で力を与えてあげたいんです。

 良い食事と睡眠は身体を強くし、生きる希望を与えます。

 わたしの食事で、兵士たちを少しでも長生きさせてあげたいんです」


「貴様……人間の分際でなにを言っている……?

 飯に希望などありはしない。

 まずい飯を食ってこそ、心身ともに鍛え上げられ、強くなれるのだ」


 わたしの訴えも虚しく、エーデル・ヴァイス様は形相を崩さない。

 それどころか、腰に提げた剣の柄に手をやっていた。


「やはり、貴様を生かしておいたのは間違いだったようだな……!」


 この城に連れてこられたばかりの頃に洗礼として受けた、鬼の手で首を掴まれるような殺気が、ふたたびわたしを襲う。

 まわりにいた将校たちはそれだけで怖じ気づき、後ずさりしてしまう者までいた。


 わたしはまたしても『マジで殺される5秒前』を感じていたが、鍋を持った兵士がやって来て、わずかに生きながらえる。


「デモンブレイン様! 鍋をお持ちしました!」


「ああ、ご苦労様。こちらに持ってきてください」


 デモンブレイン様の落ち着いた声で、場の緊張は少しだけ和らいだ。

 エーデル・ヴァイス様は、刃のような流し目をデモンブレイン様に向ける。


「なんだ、それは?」


「リミリアさんの部屋のキッチンにあった鍋です。

 リミリアさんのいう『ポトフ』というものが気になったので、兵に持ってこさせたのです」


 デモンブレイン様は答えながら、テーブルの上に置かれたポトフの鍋を覗き込む。

 鍋はまだほんのりと、湯気が立っていた。


 デモンブレイン様は鍋にあったおたまでポトフをかき回し、中をあらためる。

 そしておもむろに、ひと口分をおたまですくい、口元にもっていった。


 唇に触れる直前、横から声がかかる。


「おい、食う気なのか? 毒が入っているかもしれんのだぞ」


「エーデル・ヴァイス様、ご心配なく。

 わたくしがいかなる毒も受付けない体質なのは、よくご存じのはずでしょう」


 それからデモンブレイン様は「失礼」と断って、手で口元を覆い隠すという、上品な仕草でポトフをひと口。

 そして「おふっ」と腹を殴られたような声を出していた。


「やはり、毒が入っていたのだろう。

 デモンブレインよ、いくら貴様が毒を受付けぬ体質とはいえ、いくばくかのダメージは受けるはずだ。

 その様子だと、かなり強力な毒だったようだな」


「おっ、おいしい……!」


 デモンブレイン様は、目を見開いていた。

 エーデル・ヴァイス様も、目を見開く。


「……なに?」


「人間の世界では、食事は『まずい』という概念だけでなく、それとは真逆の『おいしい』という概念もあるそうです。

 知識としては知っていましたが、まさかこれが、『おいしい』……!?」


 さっそくふた口目をすくい、口に運ぶデモンブレイン様。

 食べるのに夢中になっているのか、もう口は覆い隠していない。


 しかし途中で、エーデル・ヴァイス様からの視線で我に返る。

 デモンブレイン様はコホンと咳払いをひとつすると、いつもの穏やかな調子で切り出した。


「第十四小隊の訓練兵たちが大いなる成果をあげている以上、軍師であるわたくしとしては見過ごすわけにはいきませんでした。

 ですが今、その理由がわかりました。第十四小隊の強さの秘密はこのポトフにあることを。

 よってわたくしは、ここに提言させていただきます。

 リミリアさんを魔王軍のコックとして、試験登用することを」


 「ええっ……!?」とざわめく将校たち。

 わたしは内心、「やった!」とガッツポーズを取る。


「もちろん、全軍の食事をまかなう正式なコックというわけにはいきません。

 あくまで限定的に、一部の部隊の食事のみをリミリアさんにお任せしたいと思っています。

 リミリアさんの身柄は現在、わたくしに預けられています。

 さらにわたくしが管轄する部隊でのみ効果検証を行なえば、なにも問題はありませんよね?

 なぜならその中では何が起こったとしても、すべてはわたくしの責任になるのですから」


 エーデル・ヴァイス様のいちばんの腹心である、デモンブレイン様の加勢は百人力。

 これにはきっとエーデル・ヴァイス様も、首を縦に振ってくれるだろうとわたしは思っていた。


 しかし、巌のような表情は崩れない。


「くだらん。貴様まで人間の戯言に踊らされるとは……。

 失望したぞ、デモンブレイン。

 貴様は毒には強いようだが、人間の瘴気には弱いようだな。

 それ以上血迷うようなら、そのよく回る口を首ごと斬り捨ててやる」


 怒りの矛先が、わたしからデモンブレイン様に移る。

 強いスポットライトのような眼光を向けられ、デモンブレイン様はわずかに目を細めた。


「わたくしは血迷いなどで申し上げているのではありません。

 このポトフを口にしたことで、確信が持てたので申し上げているのです」


 デモンブレイン様は言葉を切ると、鍋におたまを差し込んでポトフをすくいあげる。

 それはミニラーメンみたいに、鍋の具材が全て入った見事なミニポトフだった。


「エーデル・ヴァイス様も、このポトフをお召し上がりになってみてください。

 毒の類いは一切入っておりませんので、ご安心を。

 そしてこれを口にしてもなおそのお考えが変わらなければ、わたくしはあなた様の側近である資格はありません。

 喜んで三寸高い木にもぶら下がり、カラスどもに突かれましょう」


 「ふん」と鼻をならしておたまを受け取るエーデル・ヴァイス様。


 わたしがポトフをご馳走した魔王軍の人たちは、最初はおそるおそるちょびっとだけ食べる。

 でもエーデル・ヴァイス様はさすが魔王だけあって、そんなことはしない。


 おたまごと食いちぎらんばかりに、一気に口の中に頬張っていた。


 わたしは固唾を飲んで、その様子を見守る。

 ポトフが口に合わなかったら、わたしは間違いなく殺されるだろう。


 いわばこれは、わたしにとっての運命の審判といっていい。

 次の反応で、わたしの生死が決まる。


 ……ごくりっ!


 と回りに響くほどの大きな音で、ポトフを飲み下す魔王。

 そして、彼が下した判決(リアクション)とは……!?


「おうっ」


 腹を殴られたような、吐息っ……!


 瞬転、


 ……ビキビキビキビキィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 霹靂のような青筋が、魔王の顔じゅうに走る。

 魔王はずっと怖い顔をしているけど、いままででいちばん恐ろしい表情だった。


 地獄の閻魔大王がいるとしたら、きっと彼のことに違いない。


 まわりにいた将校たちはとうとう「ひいいーーーーっ!?」と腰を抜かす。

 地獄行きの片道切符が胸に突き刺さるのを直感したわたしは、瞬時に逃げ出す決意を固める。


 いまわたしがいるのは魔王軍の本拠地のうえに、幹部たちに囲まれている。

 この状況では伝説のスパイだって脱出は無理だろうけど、このまま殺されるなんてまっぴらだ。


 最後の最後まで、悪あがきをして……!


 と踵を返そうとしたが、先に背を向けたのはエーデル・ヴァイス様だった。


「……好きにしろ」


 と吐き捨てて、マントを翻しながらわたしの前から去っていく。


 慌てて後を追う将校たち。

 わたしのそばには、デモンブレイン様だけが残っていた。


「どうやら、気に入っていただけたようですね」


 私は思わず口をついてしまう。


「えっ、あれで!?」


 どう見ても、すっごく気に入らなかったようにしか見えませんでしたけど!?


「エーデル・ヴァイス様は不器用な方なんですよ」


「不器用どころじゃないような気が……」


「いずれにしても、助かって良かったですね。

 エーデル・ヴァイス様とのやりとりのあいだ、こっそり数えていたんですが……。

 下手をすると、リミリアさんは40回は首を刎ねられていましたよ」


「えっ、そんなに!?」


 そこでわたしはふと気付き、デモンブレイン様に頭を下げた。


「ありがとうございます、デモンブレイン様。

 わたしを助けてくださって……」


 デモンブレイン様がポトフの鍋を取り寄せてくれなかったら、わたしは今頃生きていなかっただろう。

 しかもデモンブレイン様は、自分の首を賭けてまでわたしの味方をしてくれた。


 これで彼に命を助けられるのは二度目だ。

 しかしわたしの命の恩人は、人の良さそうな顔をふるふると左右に振っていた。


「いいえ、最初はリミリアさんのためではありませんでした。

 すべてはエーデル・ヴァイス様のためを思ってしたことです」


「えっ?」


「もし『おいしい』食事によって強い兵士が作られるのなら、魔王軍にとっては大きなアドバンテージとなります。

 それはひいてはエーデル・ヴァイス様のお力となるのですから」


「なるほど、そういうことだったんですね。

 でもそれだったら、ご自分の首をかけてまでわたしを擁護するんじゃなくて、あとでポトフのレシピを調べれば良かったのではないですか?」


「ええ、最初はそれも考えていました。でもポトフを実際に口にしてみて、考えが変わりました。

 こんな素敵なポトフを作れるあなたに、興味が出てきたんです」


 ふふっと笑うデモンブレイン様。

 いつも穏やかな笑みを浮かべているけど、今の彼は子供のように無邪気な笑顔。


 わたしは子供以外の異性と接するのはあまり上手ではない。

 お城にいた頃はシューフライ様の秘書のつもりでいて、異性とも仕事として接していたから平気だったけど……。


 しかし、いまのわたしは人質。

 しかも、イケメン軍師からの不意討ち気味の笑顔とあれば、簡単に(ボロ)が出てしまう。


「ファッ!?」


 わたしはつい、へんな声を出してしまっていた。

次回からいよいよ、短編版から違う展開になります!

さらなるイケメンの登場!


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[良い点] 魔王陥落! 三角関係発生か?((o(´∀`)o))ワクワク [気になる点] イケメンおかわり〜!((o(´∀`)o))ワクワク [一言] いっ……いいえ! 私にはそんな趣味はありませんから…
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