48 王子の旅5
ヴォルフは麦畑のなかで、せっせと動き回っていた。
彼は騎士なので農作業は素人同然、当然のようにまわりの農夫に叱られていたが、誰よりも働いていた。
戦場では汗ひとつかかず、また一滴の返り血も浴びずに千の敵兵を葬ってきた、無敵の『銀狼』が……。
たった数メートル四方の麦に苦戦し、汗と藁にまみれていたのだ。
畑の傍らでその姿を目撃したシューフライは唖然とした。
「あ……あれでは下働きではないか!
ヴォルフほどの手練れであれば、あんな農夫どもなど、ひと睨みで言うことを聞かせられるのに……!
なぜだっ!? なぜなんだっ!?」
村娘の厳しい一言が降り注ぐ。
「脅して言うことを聞かせるだなんて、お前さんは山賊か何かだか!?」
「さ、山賊だと!? 俺様の考えは、山賊だというのか!?」
「ああそうだ! 泊めて貰ったらその恩に報いるのは、人間として当たり前のことでねぇか!
まったく……助けてやったってのに、何様のつもりだっ!」
「ううっ……!」
そうこうしているうちに、昼食の時間がやってきた。
この村では広場に集まって、大きな木のテーブルでみんなで食べるという習慣があった。
その席に招かれたシューフライは、すっかりハラペコであることを思い出す。
「そうだ、そういえば昨日の朝からなにも食ってなかったんだ! じゃんじゃん食いまくるぞっ!」
と、彼とヴォルフの前に運ばれてきたのは、ひときれのライ麦パンと、じゃがいもふたつ、そして具なしのスープであった。
みな同じメニューで、村の者たちはごちそうのように有り難がっている。
シューフライはライ麦パンを見るも初めてであった。
黒いパンをつまみあげ、おそるおそるひと口。
しかしすぐに顔をしかめ、ペッと吐き出していた。
「なっ、なんだこれ!? クッソまずいぞ!?」
それまでは和気あいあいとしていた食卓が、その暴言で一気に凍りつく。
村の男たちは一斉に、シューフライを睨みつけた。
「オラたちのパンを、クソまずい、だとぉ?」
「なに、これはパンなのか!? こんなへんな色をしたパンがあってたまるか!
泥でも混ぜてんのか!? だからカッチカチになるんだよ!
パンっていうのはなぁ、白くて柔らかいもんなんだよ!
こんなゴミじゃなくて、普通のパンを持ってこい!」
「普通のパン、だとぉ!? ワシらにとっちゃこのライ麦パンこそが、いちばんのごちそうなんだ!
それを……それをっ……!」
怒りに震える男たち。
シューフライはビビって「ヒイッ!?」と隣にいたヴォルフの後ろに隠れる。
ヴォルフは頭を下げた。
「私の連れが無礼なことを言ってすまない。彼も反省しているようだから、許してやってはくれまいか」
「いいや! 許さねぇだ! あのお方がくださったライ麦をバカにするだなんて!
オラたちをバカにするのはまだいいだ! だが、ライ麦パンをバカにするのは、あのお方をバカにするのも同然だ!」
あのお方に、土下座して謝るだっ!」
血走った眼で怒鳴られて、シューフライは生きた心地がしなかった。
「あああっ! わ、わかった! あ、謝る! 謝るから!
あのお方とやらにも謝るから! あのお方は、どこにいるんだ!?」
「あそこだっ!」と指さされた先は、村の広場の中央、そして上空。
それは村いちばんの高さを誇る石像だったのだが、シューフライにとっては信じがたいものであった。
なんと、リミリアの像……!
「な……ななっ!? なんで、あの女がここにっ!?」
テーブルの上座に座っていた、村長らしき老人が言った。
「リミリア様は、貧しいこの村にライ麦を授けてくださったのじゃ。
おかげで、ワシらにもパンが食べられるようになったんじゃ。
リミリア様は、ワシらにとっては救いの女神も同然……。
さぁ、リミリア様に謝るのじゃ」
しかし、シューフライの余計なプライドが邪魔をする。
「あのアバズレが救いの女神だと!? ふざけるなっ!
それに、リミリアを像にして崇めるくらいなら、偉大なる王子である俺様……シューフライを崇めるのが普通だろうが!
でも、これでハッキリしたぞ! リミリアはやっぱり、領主をたらしこんで帝国を乗っ取るつもりだったんだ!
おいっ、お前たちはあのアバズレに騙されているんだぞっ!
まったく、バカな農民どもめ! 己の愚かさにようやく気付いたか!?
なら、このシューフライ様を崇めるんだっ!」
「たしかに、ワシらは愚かかもしれん。リミリア様も、こうおっしゃっていた。
『私のしたことはシューフライ様のご指示によるものですから、讃えるならシューフライ様にしてください』とな。
なんとリミリア様は、ご自分がなされた偉業を、そっくりそのままシューフライ様に渡そうとしていたんじゃ」
村長の言葉あとに、村の男たちが続く。
「そうだ! だけど、俺たちはわかってたんだ!
シューフライといえば、この国を滅ぼすほどのマヌケ王子だって!
あのマヌケ王子が、こんな立派なことを考えつくわけがねぇからな!」
「だから俺たちはリミリア様に内緒で、リミリア様の像を建てたんだ!
あんなマヌケ王子の手柄にするだなんて、まっぴらごめんだからな!」
「あのマヌケ王子が帝王になっても、俺たちが尊敬するのはただひとり、リミリア様だけだっ!」
シューフライにとっては、異常ともいえるリミリアのアゲっぷりと、シューフライのサゲっぷり。
マヌケ王子とまで呼ばれてしまい、とうとうキレてしまった。
「うっ……うがぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!
この俺様をマヌケ呼ばわりするとはぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!
いますぐ全員、たたき切ってやるぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!」
シューフライは腰のひのきの棒を抜き、村人たちに向かってブンブン振り回す。
「なんだコイツ!? 自分のことを王子だと思ってんのか!?」
「でも、頭のおかしい所はソックリだぜ!」
「かまわねぇ! リミリア様をバカにするヤツは敵だっ! やっちまえ! やっちまえーーーーっ!!」
シューフライはヴォルフもろとも、村人たちからよってたかって袋叩きに。
ヴォルフが本気になれば、たとえ素手であったとしても村人など簡単に撃退できる。
しかしヴォルフは無抵抗を貫き、村人たちの怒りを雨のように黙って浴びていた。
ふたりは最後に村人たちから担ぎ上げられると、村の外にポイッと放り出されてしまった。




