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44 イフリートさんと、最後の約束

 わたしは手すりから身を乗り出して、イフリートさんに止めるように言った。

 しかし彼が掴んでいる鎖は止まらず、どんどんとマグマの海に近づいている。


 溶鉱炉の温度は種類にもよるけど、この溶鉱炉はおそらく鉄用のものだろう。

 ということは、中の温度は少なくとも2000度はあるはずだ。


 人間なら、骨も残らない温度だ。

 ガラスを溶かすほどの熱を出すイフリートさんの体温が120度としても、まだ800度の差がある。


 その分きっと、苦しんで死んでしまうに違いないっ……!


 イフリートさんの反応から、そう確信したわたし。

 手すりを乗り越え、自殺者を救うように手を伸ばした。


「イフリートさん! 厨房の温度は今のままでいいですっ!

 今の温度でも、おいしいポトフが作れます! ですから、戻ってきてください!」


 さっきまではイフリートさんの目線はわたしを見下ろしていた。

 でもいまは、わたしを見上げている。


「でもそれじゃ、新しい『おいしい』を作れないんでしょ?

 ポトフを食べてるみんなを見てわかったよ。

 リミリアちゃんの作り出す『おいしい』は、みんなをすごく幸せにするんだ、って。

 僕のクラブなんかよりも、ずっと……。

 だから僕は決めたんだ。

 リミリアちゃんの『おいしい』を作るのに協力しよう、って……」


「そんな! イフリートさんがいなくなったら、みんな悲しみます!」


「リミリアちゃんも、悲しんでくれるかい?」


「と……当然じゃないですか!」


「じゃあ最後にひとつだけ、お願いを聞いてほしいんだ」


「はいっ、なんでも言ってください! なんでも聞きます! ひとつと言わず、いくつでも!」


 わたしはもう、考えを挟む余地もなく叫び返していた。

 だってもうあと少しで、イフリートさんの裸足の爪先が、灼熱に触れるから。


「生まれ変わったら、僕とデートしてくれるかい?」


「デート!? そんなこと、生まれ変わらなくてもしてあげます! だから……ああっ!?」


 ……ジュゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 とうとうイフリートさんの身体が、溶けた熱に浸された。

 白煙がもうもうとたちのぼり、わたしの全身に、血が凍りつくほどの悪寒が走る。


 悲鳴をあげそうになったが、必死にこらえた。

 いまはすべての感情を、そして思考を、どうやったらイフリートさんをここから救えるのかに回すべきだと思ったからだ。


 でも、なにも出てこない。

 イフリートさんの身体はもう、半分くらい沈んでいた。


 彼の最後の表情は、思いを遂げたように安らかだった。

 そして最後に放った言葉を、わたしは一生忘れないだろう。


「約束、だよ……!」


「や……約束します! 約束しますっ! だから、だからぁぁぁ!」


 わたしが最後に見たイフリートさんは、親指だった。

 親指を立てた拳を突き上げ、その手首から上だけが残っていた。


 いつまでも、いつまでも……。


 もはや涙は蒸発して一滴も出てこない。

 わたしはもうどうしていいかわからず、ただ、呼びかけた。


「い……イフリートさぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」


 すると、


 ……どっ、ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーんっ!!


 灼熱が吹き上げた。

 まるで太陽が生まれたかのような、輝きとともに……!


 それは炎の柱となって、デジャヴのように天に穴を開けていた。

 わたしと同じ目線の高さには、ハツラツとして笑顔が浮かんでいる。


「うぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!!!」


 それはどこからどう見ても、満面の笑顔のイフリートさんだった。

 背後から、呆れたような溜息が聞こえる。


「やれやれ、すっかり騙されやがって」


 ハッと振り向くと、お手上げのポーズを取るヴェノメノンさんが。


「こ……これは、どういうことなんですか!?」


「どうもこうもねぇよ。炉の火を強くするために、炎の精霊は日常的に炉の中に飛び込んでるんだよ」


「そ……そうだったんですか!? わたしはてっきり、落ちたら死んじゃうものだと……!」


「ばーか、なんで炎の精霊が溶鉱炉に落ちて死ぬんだよ。少し考えればわかることだろ。

 だいいち、いまそこで笑ってるヤツは、本気になったら1万度の炎の柱になれるんだぞ」


「い……いちまんどっ!?」


「そうだよ。お前はまんまとヤツの芝居に騙されたってわけだ」


 わたしは手すりから這い上がって戻り、ガックリとうなだれる。

 イフリートさんが無事だったという安心感と、騙されたという悔しさがないまぜになって、絞り出しかけた涙も引っ込んでしまった。


 わたしはひとつだけ気になることがあって、顔をあげてヴェノメノンさんに尋ねる。


「でも……イフリートさんはなんで、こんなドッキリを……?」


 聞いたあとで、わたしは思い直す。

 理由なんて、ドッキリの仕掛け人であるイフリートさんだけが知っていることだと。


 しかしヴェノメノンさんは、1+1の答えを聞かれたかのような顔をしていた。


「……そんなこともわからないなんて、お前はバカか?」


「ええっ、ヴェノメノンさんにはわかるんですか?」


「当たり前だ、そんなの」


「じゃあ、教えてください」


「やーだね、自分で考えろ。っていうか、答えはもう貼り出されてるようなもんじゃねぇか」


 と、わたしの背後を指さすヴェノメノンさん。

 そこには、なおもニッコニコなイフリートさんの顔が。


「うぇぇぇぇぇーーーーいっ! これで僕もリミリアちゃんとデートできるっ!

 うぇぇぇぇぇーーーーいっ! 最高じゃぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」


 なんだかんだとあったけど、わたしは当初の目的を達成する。

 パンを焼くだけの火力を、厨房に取り戻すことができた。


 結果オーライだけど、想像以上に大変だった。

 ふたりの男性にさんざん振り回されたうえに、いつの間にかふたりと『デート』することになってしまったんだから。


 でも『デート』ってなんだろう?

 当日までに、魔王軍の『デート』の言葉の意味を調べておかないと。


 まあどんな意味だったとしても、今日以上に大変な目には遭わないだろうと、たかをくくっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] イフリート...生きとったんかワレ! とツッコミ入れてる自分が此処にw さてデートですが、もちろんあの方々が黙っている訳がなく、デート当日が楽しみです。
[良い点] !Σ( ̄□ ̄;)!Σ( ̄□ ̄;)!Σ( ̄□ ̄;) デートの意味を知らないだ……と……!? リミたん箱入り娘どころか、金庫入り娘!? こ、これはアレですねっ! 意味をヤンデレ宰相に聞いて嘘…
[良い点] イフリートの心中:「計画通り。( ̄+ー ̄)フッ」 イフリートの無事を知った私の心中:「私が、イフリートを気の毒に思った気持ちを返せ!o(`ω´ )o」 [気になる点] 結局、リミリアは、…
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