41 料理勝負の賞品
わたしが料理勝負を提案したとたん、ヴェノメノンさんとイフリートさんは同時にわたしを見た。
「料理勝負だとぉ?」「料理勝負だってぇ?」
ふたりともキョトンとした表情。
こうして見ていると、暴れん坊の兄弟にも見えなくもない。
しかしこの反応ならイケると思い、わたしはさらに声を大にする。
「そうです! おふたりは料理人なのでしょう!?
なら力ずくではなく、料理で勝負するべきです!」
「なんで料理人だからって、料理で勝負しなくちゃいけねーんだよ」
「そうそう、まどろっこしいじゃんそんなの」
うっ、妙なところで息が合ってる。さすが同じ女の人を好きになっただけはある。
でも負けるもんか。
「料理人どうしが料理で勝負するのは、それがいちばんの得意分野だからです!
おふたりも、自分の料理がいちばんだと思っているでしょう!?」
すると、ふたりは同時に首を左右に振る。
「俺がいちばん得意なのは、俺の料理をマズいってヤツをぶちのめすことだ」
「僕もいちばん得意なのは、気に入らないヤツがいたら灰にすることだよ」
ううっ、相手が人間の男の人だったら、大抵こう言えば乗ってくれるのに……。
そうか、彼らは根っからの戦闘種族なのか。
わたしはすかさず頭と言葉を切り替えた。
「だったらなおさら料理で勝負すべきです!
勝って当たり前のことで勝つよりも、負けるかもしれないことで勝つことがカッコいいんですから!」
わたしは、男の人だけが持つという、とある感情に訴えかける。
それは、『男のロマン』……!
女のわたしには到底理解できない感情だけど、ふたりは明らかに興味を惹かれたように「ほう」と唸った。
「たしかにこのまま、この万年サウナ野郎をぶちのめすのは簡単だ。
だったら趣向を変えて、料理で泡を吹かせてやるのも面白ぇかもなぁ」
「ふふ、ここにいる毒チンピラくんを焼却処分するのは、僕がその気になればいつだってできる。
それじゃつまんないから、料理で灰にしてあげるのもイイかもねぇ」
よし、ふたりとも乗ってくれた……!
わたしは心のなかでガッツポーズをしながら、さっそく話を進める。
「それじゃあ、ヴェノメノンさんとイフリートさんがそれぞれスープ料理を作って、より良かった方が勝ちということで!」
正しくは、より『おいしい方』なんだけど、魔王軍には『おいしい』という概念が一般的ではない。
ヴェノメノンさんはもうその言葉を理解しているけど、イフリートさんは知らないと思ったからこんな表現にしたんだ。
すると、ヴェノメノンさんが待ったをかけるように毒手を上げる。
「リミリア、ちょっと待て。良い方ってどうやって判断するんだよ?」
そのツッコミはすでに想定済。
わたしはダンスホール内に倒れている若者たちを見回しながら答えた。
「それは、いまここに倒れている炎の精霊さんたちと、あとは厨房にいるオークさんたちも呼んで、試食してもらいます。
それで、どっちが良かったかを投票してもらいます。
もちろん、炎の精霊さんの数と、オークさんの数は揃えて」
「なるほど、それなら公平だな」
飛んでいたイフリートさんも降りてきて、話に加わってくる。
「でもさぁ、それだったら同点になるんじゃないの?」
「これはわたしの予想にすぎませんが、たぶん同点にはならないと思います。
もしなった場合は、わたしが1票を入れさせてもらいます。どうでしょうか?」
「リミリアちゃんが決めるの? だったら僕が勝ったようなもんじゃん」
「抜かせ、この熱湯風呂野郎。リミリアは俺を勝たせるに決まってるじゃねぇか」
ふたりはまた険悪な雰囲気になりそうだったので、わたしはふたりの間に割って入る。
「とにかく、このルールで異存がないようでしたら、さっそく勝負に入りましょう」
「う~ん。ルールはそれでいいけど、なんか物足りないんだよねぇ」
イフリートさんは逆立つ髪の毛をツンツンといじって考えるような素振りをする。
しばらくして、頭の上にポッと炎を浮かばせると、
「そうだ、勝ったほうとデートするってのはどう?」
「なるほど、そりゃいいな! 頭が沸いてるわりにはいいこと言うじゃねぇか!」
「ああ、ご褒美が欲しかったんですね。
でもデートだと、勝っても負けても同じなんでは?」
すると、暴れん坊兄弟はまたキョトンとした表情で、わたしを見る。
「「え、なんで?」」
とうとうハモりだした。
「だって、勝ったほうが負けたほうとデートするんですよね?
それじゃ勝っても負けても同じなんじゃ……」
「「そんなわけねーだろっ!」」
ふたりはトリオ漫才のように、手の甲で同時にわたしの肩をポンと叩いた。
「なに言ってるの!? 負けたほうとデートなんて言ってないでしょ!?」
「そうだよ! 勝ったほうがリミリアとデートするんだよっ!」
わたしは彼らのキョトンが移ってしまったかのように、ぼんやりと答える。
「あ、そういうことですか。それなら納得で……」
しかし、パチッと瞬きをした瞬間に言葉の意味を理解して、
「えっ……えええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?
でっ……デートぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
わたしは瞬きが止まらなくなってしまう。
普段は瞬きも制御するように心がけてるんだけど、『デート』という言葉に、わたしのなかの装置は煙を吹いて大暴走。
わたしが急にアワアワと取り乱しはじめたので、ヴェノメノンさんもイフリートさんもドン引きしていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
しばらくして、わたしはようやく落ち着きを取り戻す。
『デート』という言葉の認識を改めることで、手放した平常心を引き寄せることができた。
たぶん、人間軍の『デート』と、魔王軍の『デート』というのは意味が異なるのであろう。
人間軍の『デート』というのは、男女がどこかに遊びに行って、親交を深めることを指す。
魔王軍の『デート』は、たぶんそれとは違う意味に違いない。
だってそうじゃないと、辻褄が合わないから。
わたしは人間軍にいた頃は、『デート』どころか男の人と手を繋いだこともなかった。
理由は明白で、わたし自身に異性としての魅力が皆無だからである。
シューフライ様は、わたしによくこう言っていた。
「おいリミリア、俺様の隣に並ぶな。俺様までダサくなっちまうだろうが」
お城の婦人たちは逆に、わたしにこう言った。
「ジミリアさん、隣に来てくださいませんこと? ジミリアさんがいると、わたくしたちの美しさがより際立ちますの」
わたしは人間軍にいた頃のことを思いだし、ひとりでボーッとしていた。
そのせいで、両脇から男の人たちが近づいているのにまったく気付けなかった。
不意に両脇から差し込まれた手によって、わたしの身体は胴上げされるみたいに持ち上げられる。
「うわぁ!?」
ビックリして見上げると、ヴェノメノンさんとイフリートさんが笑顔でわたしの顔を覗き込んでいた。
「おいリミリア、なにやってんだよ!」
「料理勝負の準備、できたよーっ!」
これってまさか、『お姫様抱っこ』……?
それも、ダブルっ……!?




