40 マジゲンカはやめて
わたしはどこに連れて行かれるんだろうと思っていたけど、着いたのは洞窟の奥にある盛り場のような場所だった。
洞窟全体がダンスフロアのようになっていて、マグマの噴水があり、まわりには獄炎の花が咲き乱れている。
ズンズンと足元から突き上がってくる、地響きのような重低音が鳴りっぱなし。
そこらじゅうに人型の炎の精霊たちがいて、踊ったりお酒を飲んだりしていた。
イフリートさんはここのオーナーらしく、彼の姿を見るなり炎の精霊たちが寄ってくる。
「ちぃーっす、イフリート様!」
「今日もキマってますね!」
「ねえイフリート様、私と踊って!」
「イフリート様、こっちでいっしょに飲みましょうよ!」
イフリートさんはみんなから大人気だったけど、彼はわたしを抱き寄せ、
「今日の主役は俺じゃなくて、ここにいるリミリアちゃんだ!
みんな! 今夜はオールでリミリアちゃんの歓迎パーティといこうじゃん! うぇーいっ!!」
イフリートさんが拳を掲げると、フロアにいた炎の精霊たちが「うぇーいっ!!」と応じ、場はさらに盛り上がった。
わたしはイフリートさんに連れられ、フロア全体を見渡せるVIPルームに通される。
眼下のフロアは見渡すかぎりの火の海になっていた。
「きゃはっ! 見て見てリミリアちゃん! みんなリミリアちゃんのこと歓迎してくれてるよ!」
「炎の精霊って、感情が昂ぶると燃えるんですね」
「そーだよ! 実を言うと俺もメラメラしたくってたまらないんだよね!
でもチョー我慢してたんだよ! リミリアちゃんを燃やしちゃったらヤバいじゃん!?」
かくいうわたしも、燃えそうなほどに身体が熱い。
その理由はふたつあった。
ひとつは、イフリートさんの格好。
彼は下半身は黒い皮のズボンなんだけど、上半身は素肌に革のベスト一枚。
炎のタトゥーの入ったしなやかな腕と、引き締まった痩せマッチョの身体を惜しげもなく晒していたから。
同い年くらいの男性の裸を見せられるどころか、ついさっきまでその身体に抱きしめられていただなんて……。
わたしが『交渉人』モードじゃなかったら、とっくに失神していたところだ。
そしてもうひとつの理由は、
「そーいえばリミリアちゃんって、汗かかないの?」
「あ、気付いてたんですね」
「そりゃ気付くよぉ! 僕が抱きしめると、精霊以外の女の子はみーんな汗だくになるんだから!
その汗がチョー気持ち悪くってさぁ! いつもうげぇ、ってなってたんだよね~!」
わたしはお稽古事で、汗をかかない訓練を積んでいた。
たとえば戦いなどで緊張して手汗をかいたりなんかしたら、持っている武器が滑ってしまうから。
しかし汗をかかないというのは体温調整ができなくなるので、ちょっとキツいところがある。
どうやらその『汗をかかない』というのも、イフリートさんは気に入ったようだった。
「ねえリミリアちゃん、僕にもこれからハグさせてよ!
アイツばっかりに毎日ハグさせるなんてずるくない!?」
アイツ……? と思った次の瞬間、
……ずどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
下のフロアで大爆発が起こった。
びっくりして視線を移すと、身体の炎が消えた精霊たちが蹲っている。
その真ん中に立っていたのは、なんと……!
「ヴェノメノンさん!?」
コック服のあちこちがコゲて燃え尽き、半裸同然となったヴェノメノンさん。
いったい何があったのかと思ったが、それはすぐにわかった。
「あれれ~? おかしいなぁ? ヴェノメノン、キミには招待状は送ってなかったはずなんだけどなぁ?」
「ああ、おかげであちこちで歓迎してもらったぜ」
「僕の招待状なしで、ここまで来たのはキミが初めてだよ。
相変わらず、空気が読めないみたいだねぇ。だから女の子にモテないんだよ」
……しゅごぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーっ!
ダンスフロアにあったマグマの噴水が、間欠泉のように噴き上がる。
火の玉が降り注ぎ、小さな隕石のようにあたりにごうごうと着弾。
あたりは一辺、炎の地獄と化す。
しかしヴェノメノンさんはイフリートさんを睨みあげたまま動かない。
「俺は他の女になんか、興味はねぇよ……! 俺の女は、たったひとり……!
ソイツを奪ったヤツがどうなるか……!
コイツでたっぷり思い知らせてやるぜ……!」
ヴェノメノンさんはドスの効いた声で毒手をかかげ、イフリートさんに向かって突きつける。
どうやら、ふたりの間にはただならぬ因縁があるようだ。
ヴェノメノンさんの言葉からすると、女の人を巡って争ったことがあるのかな?
ヴェノメノンさんは激怒していたけど、イフリートさんは変わらない。
「へぇ、いつからキミの女になったのかなぁ?」
いつものおどけた様子でわたしに近づいてくると、わたしの腰をガッと掴んだ。
「その、汚ぇ手を、離しやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
ヴェノメノンさんが吠えた瞬間、毒手はボコボコと膨れ上がり、肉の柱のようになって飛んでくる。
イフリートさんはわたしを抱えたまま、ジェット噴射で素早くとびあがってかわす。
巨人の一撃のような毒手がVIPルームを貫く。
剥き出しになった筋肉から、この世の終わりのような色をした液体が噴き出し、部屋ごと爆散した。
……ずどぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
わたしは足元で起こった大爆発に、目を丸くする。
す、すごい威力……!
まさかヴェノメノンさんの毒手が、ここまで恐ろしいものだったなんて……!
しかしイフリートさんも負けてはいなかった。
かざした手からドラゴンの炎もかくやという火炎を吹き出させ、ヴェノメノンさんに噴射する。
ヴェノメノンさんはそれを、巨人の毒手でそれを薙ぎ払う。
剣圧のような衝撃波がおこり、天井を抉った。
落盤が起こり、ヴェノメノン様もイフリート様も、危うくおしつぶされそうになる。
わたしの脳内では、かつてないほどの大規模警報が鳴り渡っていた。
こ……このままじゃ、ふたりとも死んじゃう!
そしてわたしも、会ったこともない女の人を巡る争いに巻き込まれて、死んでしまう……!
そんなモブみたいなやられ方はしたくなかったので、わたしは抱っこを嫌がる猫みたいに身体をよじってイフリート様の腕から逃れる。
「あっ、リミリアちゃん!?「リミリアっ!?」
けっこう高い所から落ちたので男性陣はビックリしていたけど、空中でクルリンと3回転して3点着地を決める。
彼らは唖然としていたので、今がチャンスだとわたしはたたみかけた。
「戦いはやめてください! ふたりは友達なのでしょう!? だったらもっと、平和的なことで勝負するべきです! たとえば、えーっと……!」
わたしはここに来る途中に見た、製鉄所という名の調理場を思い出し、咄嗟に叫んでいた。
「料理です! 料理で勝負をしましょうっ!!」
次回、ヴェノメノンとイフリートの料理対決!?
そして新連載、開始しました!
スキル『精霊たらし』で精霊との橋渡しをしていたのに、コミュ障だからと王国を追放される。
でも精霊たちには慕われていたことを知り、精霊姫からは溺愛。
王国では精霊たちが暴れているようですが、もう知りません。
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