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04 みんなで食べよう

 窓の外に張り付いた悪魔兵士たちに、わたしは身構える。

 きっと人間が幽閉されているという噂を聞きつけ、わたしを食べにきたんだ。


 しかし彼らの視線はわたしにではなく、主に台所のほうに注がれていた。


「ううっ……なんだ、なんだこの匂いは!?」


「あの鍋からしているようだぞ!?」


「いままで嗅いだことのない匂いだ! だがなぜだろう、たまらなく心惹かれる!」


 そんな呻き声まで聞こえてきて、彼らはポトフの匂いにつられてやってきたんだとわかる。

 わたしは窓越しに、「たべる?」と尋ねてみた。


 すると悪魔たちは、顔を見合わせてあってざわめく。


「あの人間、なにか言ったぞ!?」


「たべる、だと!? あれは食く物なのか!?」


「食べ物があんなにいい匂いがするわけがないだろ! 食べ物は臭いものなんだ!」


 わたしは鉄格子ごしに窓を開けてみる。

 するとごはんが待ちきれない猫みたいに、悪魔たちが隙間から顔を突っ込んできた。


「ちょっと待って、いまから味見させてあげるから」


 わたしはキッチンのコンロにかけてあった鍋を窓際に移した。

 そして皿を縦にして鉄格子の間を通す。


 おたまは鉄格子の間を通るので、こうすれば皿にスープが注げる。

 わたしは悪魔たちの顔を押しのけるようにして、鍋から皿にポトフを注いだ。


 悪魔たちは皿のまわりに大集結。

 湯気のたつポトフをいぶかしげに見ている。


 蛇を見つけた猫みたいに、怖いけど興味がある、みたいな感じで。


「食べないの? とってもおいしいよ」


 勧めると、悪魔たちはわたしを睨みつけた。


「『おいしい』、だと? なんだそれは?」


「もしかして、おいしい、って言葉を知らないの? まずい、の反対だよ」


「『まずい』に反対の言葉なんてあるわけがないだろう! 食い物はぜんぶ『まずい』んだ!」


「いいから食べてみて。へんなものは入ってないから」


 すると、ひとりの悪魔がおそるおそる手をのばし、ポトフにちょんと指を浸ける。

 それを口に咥えたとたん、顔が爆発した。


「ふぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


「なんだ、どうした!?」


「やっぱり毒が入ってたんじゃないか!」


 心配する仲間たちをよそに、毒味した悪魔はポトフの皿に頭を突っ込んできた。

 顔を洗うような勢いで貪りはじめる。


「ぐにゃうぎにゅぐぎにゃあっ!? にゃんだ、にゃんだこれはっ!?

 こんな食べ物初めてだっ! とまらんとまらんとまらん、とまらーーーーーーーーんっ!!」


「それが『おいしい』っていうんだよ」


「こっ、これが、『おいしい』……!? たしかに、『まずい』の反対だ!

 おいしいおいしいおいしいおいしいっ! おいしぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーっ!!」


 初めて『水』というものを知った盲目の人みたいに、『おいしい』を連呼する悪魔兵士。

 それが引き金となって、他の悪魔たちも争うようにして皿に顔を突っ込んでくる。


 わたしは公園で、鳩にパンをついばまれる人みたいになった。


「待って待って。そんなに慌てないで、おかわりをあげるから」


 わたしは片手で皿を保持したまま、おたまで鍋のポトフをよそう。

 悪魔たちは待ちきれなくて、とうとうおたまにまでむしゃぶりつきはじめる。


 鉄格子があるのはもどかしかったが、無かったら鍋の争奪戦が始まって大変なことになるところだった。

 しかし一瞬にして食べ尽くされてしまったので、わたしは彼らに言った。


「じゃあ、明日のお昼も作ってあげる。材料を多めに取り寄せて、みんなが食べられるくらいたくさん」


 ふと気付くと、玄関扉の受け渡し口にも、見張りの兵士たちが顔を突っ込んで、ヨダレをダラダラ垂らしていた。


「あなたたちの分も作ってあげるから、たくさん材料を持ってきて、ねっ?」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 次の日の朝には、木箱にして数箱分のソーセージと野菜が届いていた。

 わたしはキッチンにあったいちばん大きな寸胴鍋を引っ張りだし、朝からポトフ作りに精を出す。


 できあがる頃には、窓にはまたびっしりと兵士たちが張り付いていた。

 わたしは窓を開けて、彼らに言う。


「これからポトフをあげるけど、奪い合うのはなし。

 ちゃんとみんなの分もあるから、並んで順番に、ひとりずつ受け取ること。

 いい? 割り込んだり横取りしたら、その時点でポトフはなしだからね?」


 噛んで含めるように言い聞かせると、悪魔たちはぶんぶんと首を縦に振った。

 顔はコワモテなのに、いっしょうけんめい頷く姿はなんだか可愛い。


 そして配給が始まる。

 キッチンにあるありったけの皿を使って、わたしは兵士たちにポトフを振る舞った。


 すると、あたり一面には笑顔が咲き乱れる。

 これこそが、兵士の憩いである『食事』のあるべき姿だった。


「ああっ、おいしい、おいしい~っ!」


「食べ物がこんなにおいしいだなんて、知らなかった!」


「い、生きててよかったぁ~っ! この第十四小隊にいてよかった~っ!」


「俺たちは落ちこぼれとか呼ばれて、教官もいないうえに、こんな中庭で訓練させられてたけど……。

 こんなおいしいものが食べられるなら、落ちこぼれのままでいい!」


「おいしいだけじゃなくて、なんだか力がもりもり沸いてくるみたいだ!

 これなら来週に控えた正規兵との戦闘試験も、バリバリやれそうじゃないか!?」


「ああ! 今回こそは正規兵に認められるよう、がんばるぞっ!」


 嬉しそうな彼らを見ていると、わたしまで嬉しくなってくる。


「おかわりはたくさんあるから、いっぱい食べてね!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから数日後。

 作戦会議室には魔王軍の幹部たちが集結していた。


「それでは先日行なわれました、訓練兵の試験結果につきまして、各部隊の成績を発表してください」


 司会進行のデモンブレインがそう言うと、各部隊の代表者である将校たちが資料を読み上げる。

 ある将校の番になって、急に歯切れが悪くなった。


「どうしたのですか? 言いにくいほど酷い成績だったのですか?」


「い、いえ……そうではなくて……一部の小隊の戦果が異常とも呼べる結果でして……。

 正規軍との模擬戦闘で、互角……いや、正規軍に勝利してしまったのです!

 しかも、軽傷者がたったの数名で!」


 これには真っ先に魔王が反応した。


「なんだと? 我が正規軍が訓練兵ごときに負けるわけがないだろう。

 試験というのは訓練兵どもに戦場の厳しさを教えるため、半死半生にする場所でもあるんだ。

 それなのに軽傷者のみだなんて、バカも休み休み言え」


「それが、本当なんです! 我々も、なにがなにやら……!?」


「どこなんだ、その小隊は?」


「はい、第十四小隊です! 我が小隊のなかでは戦闘力が低い者ばかりで構成されている、落ちこぼれどもだったのですが……」


 魔王軍の最高司令官である魔王、エーデル・ヴァイスは冷たく言ってのけた。


「もし我が正規軍がおちこぼれの訓練兵などに敗れたのであれば、我が軍の恥だ。

 敗れた者たちを即刻処刑しろ」


「お待ちください、エーデル・ヴァイス様。

 その前に、第十四小隊の訓練をご覧になってはいかがでしょうか?

 もしかしたら、本当に正規軍を倒すほどの実力を身に付けたのかもしれません」


 軍師であるデモンブレインにそう提言され、エーデル・ヴァイスは軍の幹部たちを引きつれる。

 第十四小隊が訓練場がわりに使っている中庭に向かうと、そこには目を疑うような光景が繰り広げられていた。


 なんと、人質として幽閉してあるリミリアの部屋の窓にあった鉄格子は外され、その窓の前には皿を持って並ぶ訓練兵たちの姿が……!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ゴールドブレイブ帝国にいた頃に兵士たちの訓練などを見てアドバイスをしていた経験を活かして(3部参照)、第十四訓練兵に色々と戦略指南をしていたんでしょうね多分。さながら 『Yes、Mam…
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