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35 ケルベロスとの戦い

 モンスターから見えなくなる護符をピクシーに奪われてしまったわたし。

 それがよりにもよって魔王の城の前だったので、番犬であるケルベロスに見つかってしまった。


 巨犬はじりじりとわたしに近づいてきている。

 三つ首の口からは大ぶりのナイフのような牙がのぞき、ときおり舌のような炎がごうっと吹き出していた。


 6つの瞳は肉食獣独特の獰猛な輝きで、わたしをしっかりと睨み据えている。

 わたしは精一杯の虚勢を張って、彼らに睨みを返す。


 お稽古で習ったんだ。犬や狼に威嚇されたら、視線をそらしてはいけないって。

 そらしたら最後、彼らは一斉に襲いかかってくるって。


 わたしはじりじりと後ずさりしながら、この窮地を抜け出すための策を必死に巡らせる。

 たとえ相手が伝説の神獣でも、思考は整然としていた。


 これも、お稽古ごとでさんざんピンチを脱出するための訓練をやらされたおかげだ。

 鎖で身体じゅうをグルグル巻にされ、爆弾の入った箱といっしょに海に沈められたことに比べたら、身体が自由なぶん生き残れる可能性は高いはず。


 まず考えられるのは、『逃げる』。

 しかし背を向けて走り出したが最後、ケルベロスも追ってくるだろう。


 人間軍に存在する犬の速度は、速いもので時速70キロ。

 ケルベロスはきっともっと速いだろう。


 そして、人間の最速は44キロだから、この距離で競走してもすぐに追いつかれるだろう。

 しかも無防備な背中に飛びかかられるから、反撃も難しい。


 次の選択肢は、『戦う』。

 倒すのは無理だとしても、追い払うこくらいは……。


 いや、無理だ。

 いまのわたしに弓矢のひとつもあればともかく、あるのは匂い封じ機能のある宝箱だけ。


 宝箱の中身がミミックだったら、けしかけることもできるんだけどなぁ。


 そこでふとわたしの脳裏に、あるセリフがよぎる。


 ……も、もしかしたらこの宝箱で、時間稼ぎくらいはできるかも……!?


 よ、よしっ!


 わたしは意を決すると、ありもしない腰の剣を抜くような素早さで、脇に抱えていた宝箱に手をかける。

 同時に、


「「「ゴアァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」」」


 と、ケルベロスが咆哮とともに飛びかかってきた。

 それは目の前で雷が落ちたみたいだ轟音で、一瞬全身が硬直しかけたけど、その恐怖を振り払って宝箱を開こうとする。


 しかし、ケルベロスの速さはわたしの想像以上だった。

 三つ首はすでにわたしの鼻先に迫り、両肩にかかった前足の衝撃はすでに、わたしを後ろに突き飛ばしていた。


 お……終わった……!

 わたしはこのまま地面に押し倒されて、首筋をガブリとやられてしまう……!


 でも……最後の最後まで、あきらめるもんかっ……!


 わたしは後ろに倒れ込みながらも、宝箱のロックを外し、最後の力を振り絞ってフタを開く

 中に封じ込められていた湯気がふわあっとあふれ、わたしの視界を遮る。


 そのモヤのなかで、わたしは見たんだ。

 いまにもわたしの首を骨付き肉みたいにしゃぶろうとしていた、牙の生えそろった口が……。


 まるで、大好きな缶詰を開ける音を聞きつけた猫みたいに、


 ……ばびゅんっ!


 とまっしぐらに方向転換する、瞬間を……!


「「「はぐむしゃうにゃぐにゃごるむぎゃふぎゃきゅぎゃきゅいんっ!」」」


 ケルベロスはわたしの身体から離れると、宝箱に頭を突っ込んで、中にあったポトフを貪りはじめる。

 勢いあまって宝箱をずるずると押していき、あまつさえ三つ首どうしでケンカまで始める始末。


 わたしは倒れたまま、その様子を呆然と見ていた。


「や……やっぱり、ケルベロスもポトフを食べていたんだ……!」


 わたしはかつてエーデル・ヴァイス様と、こんなやりとりをしたことがあった。


『ポトフなら毎日お作りして、デモンブレイン様にお渡ししているのですか……?』


『俺は、食っていない』


『お召し上がりになっていない? ということは、届いてはいるということですね。なぜですか?』


『すべて犬にくれてやった』


 あの時は比喩的なものかと思ってたんだけど、もしや本当に犬にあげていたんじゃないかと思ったんだ。

 そしてエーデル・ヴァイス様の城のまわりで『犬』と呼べそうなものは、このケルベロスしかいない。


 だからいちかばちか、宝箱の中のポトフをあげれば、時間稼ぎできるかもと思ったんだ……!


 作戦は想像以上の大成功。

 ケルベロスはわたしそっちのけで宝箱のポトフに夢中になっていた。


 今なら、逃げられるかもっ……!?


 わたしはヘッドスプリングで、素早く立ち上がろうとする。

 しかしケルベロスはタッチの差でポトフを平らげて、


 ……ばびゅんっ!


 と風のような速さでわたしのところに戻ってきた。


 まさかケルベロスがこんなに早食いだったなんて!?

 そうか、口が3つもあるから食べる速度も3倍なんだ!


 わたしはふたたびケルベロスに押し倒されながら、覚悟を決める。


 こ……今度こそ……!

 本当に、終わった……!


 しかしわたしの顔に降ってきたのは鋭い牙の洗礼ではなく、


 ……べろりんっ!


 抱擁のような、熱い舌だった。

 ケルベロスは3つの舌で、わたしの顔をこれでもかと舐め回しはじめる。


 それは普通の犬にされるよりも3倍くすぐったかったので、わたしはこんな時だというのに吹き出してしまった。


「あははははっ! ちょ、くすぐったい! あはっ、あはははははっ! やめて! やめてってば!」


 もちろんこんなことを言っても通じるはずもないのだが、なぜかケルベロスは驚くほど素直にやめてくれた。

 ハッハッハッと舌を垂らしながら、わたしを見下ろしている。


 その6つの瞳には、先ほどまでの殺気は微塵もない。

 普通の犬よりも3倍かわいい、つぶらな瞳に変わっていた。


 わたしはまさかと思いつつも、ためしに言ってみる。


「おすわり」


 するとケルベロスは「「「わうっ!」」」と返事をする。

 わたしの身体から離れ、その大きな身体を丸めるように、ちょこんとお座りした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 危機一髪! 餌付けは大成功でしゅよ( ゜∀゜)人(゜∀゜ ) ワンコがペロペロ可愛いが、まのつく魔族とヤンデレ魔族がワンコに嫉妬でしゅね(笑) あ、この後自分がペロペロされたら間接だあ!…
[良い点] やっぱりご飯に抗えないよねー。いつも主人からくれられてるポトフがリミリアから現れたらね?神話のケルベロスだって甘いもの与えられたから通したという食い意地っぷりですし() [一言] ケルベロ…
[一言] 食い物で釣られるのは番犬としていかがなものかと思いますが ポトフの味が分かり 懐く人が分かるのであれば なかなか、いい子たち?だと思います
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