31 変わり身の術
わたしは湯気の向こうにいる魔王をじっと見つめていた。
魔王はフォークに刺したソーセージを、そっと薄い唇に運ぶ。
わたしはポトフ作りにはこだわりがあって、特にソーセージには気を使っている。
ぐつぐつ煮込んじゃうと皮が破裂しちゃうから、ソーセージだけはフライパンでじっくり焼いてから茹でるようにしてるんだ。
そのおかげで、皮はパリッと、中はジューシーなソーセージとなる。
それを証拠に、魔王がソーセージを噛みしめた途端、
……パリッ!
薄闇にほのかな明かりがともったかのような、美味なる破裂音が響き渡った。
……ゴクリッ!
とわたしは喉を鳴らす。
自分も食べたくなったからじゃない。
『仕掛け』がバレないか、内心ドキドキだったからだ。
わたしが仕掛けたのは、『ソーセージ変わり身の術』。
今度はスープにではなく、魔王の好物であるソーセージにニンジンを練り込んでみたんだ。
わたしが特急で取り寄せていたのは、ソーセージを作るための材料と機材の一式。
挽肉を作って、そこにすりおりおろしたニンジンを混ぜこんで、ソーセージメーカーで羊の腸に注入する。
そう。今回はわざわざ、ソーセージまで手作りしたんだ……!
だけどソーセージを全部『ニンジンソーセージ』にしたらバレてしまう可能性がある。
だから普通のソーセージ3本も混ぜてみた。
魔王がソーセージを食べる順番である利き手側から、
普通・ニンジン・普通・ニンジン・普通・ニンジン
とひとつ飛ばしにしてある。
1本目のソーセージは普通のものだから、その時点で魔王の中から『ソーセージの中にニンジンが入っている』という疑惑は消えさるはず。
そうすれば何の疑いもなく、ニンジンソーセージを食べてくれるはず……!
魔王は1本目のソーセージを食べ終えたあと、他の具材を食べ進めていた。
わたしはいつになく緊張していて、胸が張り裂けるかと思うほどになっている。
もしかしたら、魔王と対峙する勇者というのは、こんな気持ちなのかもしれない。
しかしわたしは笑いをこらえるように、感情を抑え込んでいた。
なぜならば、今の魔王はウサギのように手強い。
少しでもニンジンという名の猟銃の気配を感じ取ろうものなら、あっという間に巣穴に引っ込んで出てこなくなるからだ。
わたしは静かに、運命の時を待った。
それは、2本目のソーセージに手を付けるタイミング。
2本目のソーセージさえ魔王の口に入れば、それだけでいい。それだけでいいんだ。
それだけで、魔王のニンジン嫌いは克服させられる。
わたしにはその自身が大いにあった。
わたしは祈るような視線で、魔王のフォークを見つめる。
その伝説の杖のような三つ叉が、ついに再びソーセージ群に向かって振り下ろされた。
……き、きたっ……!
しかしその切っ先は、2本目のソーセージをひとつ飛ばしにし、3本目のソーセージの胴を捉えていた。
……えっ……!?
わたしは内心だけで驚愕する。
眉がピクリと震えそうになったけど、懸命にこらえた。
魔王は2本目のソーセージを突き刺したまま、わたしを見据えた。
闇の中でも魔性のルビーのように輝く、心まで見透かすような妖しい瞳で。
そして「やはりな」とだけつぶやく。
その口調は、ポーカーでブラフを見破ったかのようだった。
「ソーセージにニンジンを仕込んでいたようだな。
そして俺が利き手側から順番に食べることを見越して、ひとつ飛ばしで配置しているのだろう?」
……ば、バレてるっ……!?
「うっ……!?」
わたしは虚を突かれるあまり、心臓を貫かれたような声を出してしまう。
とっさに口を塞いでみたけど、もう遅かった。
「具材からニンジンを抜いたら、ソーセージが増えた不自然さに目が行くと思い、敢えてニンジンを入れておいたのだろう?
だが、それが俺に気付かせてくれたのだ。
このニンジンは、ソーセージから目を反らすための偽装だと。
もしニンジンがすべて抜いてあって、ソーセージが6本になったのであれば……。
俺は貴様が完全に心を入れ替えたのだと思い、何の疑いもなく2本目のソーセージを食していたかもしれん」
……か……完全に、見抜かれてたっ!
「し……しまった……!」
わたしはショックのあまり膝から崩れ落ち、四つ足になってガックリとうなだれる。
魔王はわたしよりも、一枚、いや、二枚は上手だった。
わたしは堪えるのに必死だった。
感情が、爆発しそうになるのを。
魔王は無情にも、3本のソーセージとニンジンをキッチリ残し、他はすべて完食した。
満足げにテーブルナプキンで口を拭うと、しょんぼりするわたしに一瞥もくれずに食堂をあとにする。
廊下に響く魔王の足跡。
その足跡が小さくなっていくのと反比例して、わたしの心臓は高鳴った。
そしてとうとう、ガマンできなくなる。
「や……やったやった! やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!」
こんなに嬉しいのは、スノーバード様が魔人兵を倒した時以来かもしれない。
だって、
「エーデル・ヴァイス様に、ニンジンを食べさせたっ! やったーーーーーーーーーーーーっ!!」
……わたしは今回、二重の作戦を張り巡らせていた。
ひとつは『ソーセージ変わり身の術』。
そしてもうひとつは、
『ニンジン変わり身の術』っ……!
実は超特急で取り寄せていたのは、ソーセージキットだけじゃなかったんだ。
本命は、『白ニンジン』。
そう、白いニンジン……!
白ニンジンはぱっと見、小さな大根と区別がつかない。
これを、具材であるカブといっしょに混ぜておいたんだ。
そうなるとももう、どっちがカブでどっちが白ニンジンか、作ったわたしでも見分けがつかなくなった。
そして正直なところ、試食してみても言われなければ気付かないレベルだった。
人間は見た目と匂いで味を感じるという話もあるくらいだし、いっしょに鍋で煮込んだらもう『同じ風味』だ。
カニとエビをいっしょに鍋で煮込んだら、同じ味になっちゃうのと似ているかもしれない。
なんにしても、わたしはエーデル・ヴァイス様にニンジンを食べさせることに成功したんだ……!




