30 魔王のための特製ポトフ
まさか『隠しニンジンの術』が、見破られるだなんて……!?
驚きのあまりよろめくわたしに向かって、魔王は高らかに言う。
「そんな小賢しい手が、この俺に通用するとでも思ったか!」
ぐぐっ……! わたしは思わず、拳を握りしめていた。
魔王は立ち上がると、バッ! とマントを翻し、ポトフには一切手を付けずに食堂から去っていく。
その背中はいつも以上に堂々としていたが、なぜかわたしは哀しみのようなものを感じた。
途中で足を止めた魔王は、振り返りもせずにつぶやく。
「俺はニンジンを口にすると、命を落としてしまうんだ」
「えっ……!?」
「だからもう二度と、こんなことはするな」
わたしは度重なるショックのあまり、崩れ落ちてしまう。
魔王はニンジンを食べると、死んじゃうだなんて……!
それなのにわたしは、騙して食べさせようとしていただなんて……!
魔王がニンジンに弱いだなんて知らなかった。
でも、おかしくはないかもしれない。
だってあの不死身と言われている吸血鬼だって、ニンニクには弱いんだから。
知らなかったこととはいえ、最低だ、わたしっ……!
バカっ、バカバカバカっ、大バカだ、わたしっ……!
わたしは自分の頭をポカポカ殴りながら、魔王が残したポトフを食べる。
おいしいポトフのはずなのに、まるで胃に鉛を詰め込んでいるよう気分だった。
わたしは魔王の機嫌を損ねてしまったから、殺されなかっただけでも、出禁にならなかっただけでも幸いなはずなのに。
今すぐにでも戻って作り直したい気分だったが、今日はもう魔王はポトフを食べてくれないだろう。
わたしはこんなにも、早く明日にならないかと思った時はなかった。
明日は魔王のために、ニンジンなしのポトフを作ろう……!
そしてソーセージをいつもより、たくさん入れてあげよう……!
わたしは魔王がポトフを食べるところを観察してたんだけど、ソーセージの食べ方が独特だった。
3本入っているソーセージを、食べ始め、途中、そして食べ終わりのときに、それぞれ1本ずつ食べるんだ。
これはどう見ても、ソーセージが大好きなタイプの食べ方だ。
というか、魔族はソーセージが好きみたい。
わたしのポトフを実験的に食べている兵士たちは、ソーセージの取り合いをするらしいので、わたしが『ひとり3本ずつ』というルールを決めた。
ちなみになんだけど、ヴェノメノンさんは最初にソーセージをぜんぶ食べて、デモンブレイン様は最後に食べるタイプ。
スノーバード様はソーセージを小さく切り分けて、野菜といっしょに食べている。
……みんな大好きソーセージっ!
ソーセージは数に限りがあるんだけど、わたしの分をエーデル・ヴァイス様に分けてあげるんだ……!
決意を新たに城を出るわたし。
わたしのキリッとした顔を、デモンブレイン様も気付いたようだ。
「おや、なにかあったのですか?」
「はい、エーデル・ヴァイス様の意外なる一面を知ることができました。
エーデル・ヴァイス様って、ニンジンを召し上がってはいけなかったんですね」
するとデモンブレイン様は、ふっと笑んだ。
「そんなわけはないでしょう」
「えっ」
「もしそうだとしたら、誤って口にすることを避けるため、ポトフ自体を召し上がらないと思います。
それにそんな弱点があるのでしたら、軍師であるわたくしが知らないはずがありませんし、ご家族であるスノーバード様がポトフを勧めることも不自然です。
単純に考えて、エーデル・ヴァイス様はニンジンがお好きではなく、食べたくないがためにウソをついているんでしょうね」
……うっ……うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!
わたしは思わず絶叫しそうになっていた。
あまりのことに頭を掻きむしり、悶絶しそうになっていた。
ニンジンを食べたくないあまり、かまをかけるだけじゃなくて、芝居まで打つだなんて……!
な……なんて魔王なのっ……!?
シューフライ様と同じだなんて、一瞬でも思ったわたしがバカだった。
エーデル・ヴァイス様は、もっとずっと手強い『食わず嫌い』……!
わたしの心の中に、かつてない闘志の炎がメラメラと燃え上がる。
こうなったら、こうなったら……!
なんとしても、なんとしても……!
魔王にニンジンを、食べさせてみせるっ……!!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
わたしはデモンブレイン様に頼んで、超特急であるものを取り寄せてもらう。
デモンブレイン様が勅命で手配してくれたおかげで、その日の夜にはもうそれがわたしの手元に届いていた。
そして次の日の夜、わたしはその秘密兵器を使ってエーデル・ヴァイス様のポトフを作る。
もちろん、ニンジン入りのポトフを。
昨日の今日だから、もし今夜のポトフにニンジンが入っていることが魔王にバレたら、わたしは生きていないかもしれない。
でも昨日の今日だからこそ、絶好のチャンスでもあるんだ。
いくら魔王でも、まさか「やめろ」と言った次の日にニンジンが出てくるだなんて思わないはずだから。
そしてわたしはもう自分でも、自分のすることが止められなかった。
半ば意地のようなものが、わたしを突き動かしていたんだ。
そしてできあがったのはまさに『特製ポトフ』。
味見……じゃなかった毒味をしていたデモンブレイン様は、「こんなものがあるんですね」と驚いていた。
わたしは決戦に臨む気持ちで、魔王城へと向かう。
もう3日目だからまわりの環境にも慣れ、地獄も怖くない。
最初に来たときはこんなところにいるエーデル・ヴァイス様が信じられなかった。
でも今は、こういう所に住むのも案外悪くないのかな、と思えるほどになっている。
城に入る前に、わたしは深呼吸。
わたしの緊張を察したデモンブレイン様も、「がんばってくださいね」と言ってくれている。
隣にいるケルベロスの唸り声も、今のわたしには応援に聞こえていた。
城の中に入ったわたしを、いつもと同じ魔王ポーズで迎えてくれるエーデル・ヴァイス様。
わたしは変化を悟られぬように振る舞い、いつもと変わらぬ様子で食堂でポトフの給仕をした。
魔王は湯気を浴びながら「ほう」と唸る。
「今日はソーセージが6本か。少しは心を入れ替えたようだな。
だがまだニンジンが入っているのは、ささやかな抵抗のつもりか」
「いえ、そんなつもりではありません。
ヘタに抜いてしまうと、また今日もあらぬ疑いをかけられてしまうと思ったからです」
「ふん、まあいいだろう」
鼻を鳴らしながらフォークを手に取り、ソーセージをぶすりと刺す魔王。
やっぱり彼は、最初にソーセージを食べるんだ。
それも、並んでいるソーセージの、利き手側から。
わたしはそれを見越して『配置』しておいたんだ……!




