03 ごはんはまずいもの?
わたしはデモンブレイン様の案内で、魔王城にあるとある部屋に案内された。
そこはホテルのロイヤルスイートのような広々とした部屋だった。
ダイニングと居間、さらに寝室やバスルームがあり、アイランドキッチンまである。
わたしはてっきり地下の牢屋みたいなところに入れられるのかと思ったら、これじゃ賓客待遇だ。
ゴールドブレイブ帝国だと、捕らえた人質は誰であれ、獄門塔の牢屋に入れられるというのに……。
人間よりも魔物たちのほうが人道的だなんて、なんだか皮肉だ。
しかし閉じ込められるという点では同じであった。
窓には鉄格子があるし、玄関扉は中から開かないようになっていて、食事を差し入れるための小さな戸口がある。
「リミリアさんの正式な処遇は『人間軍』の出方次第ですが、それまではこの部屋で暮らしてください。
この部屋からは一歩も出てはなりませんよ。欲しいものがあったら、外にいる見張りにメモで伝えてください。
それでは今日はもう遅いですから、お休みなさい」
わたしをここに連れてきてくれたデモンブレイン様は、そう言って部屋をあとにする。
部屋のすぐ外の廊下には、見張りの悪魔兵士がふたり立っていた。
わたしは今日はいろいろあって疲れていたので、まっさきに寝室に向かう。
クローゼットにパジャマがあったので、着替えてベッドに潜り込むとあっという間に眠ってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「突撃っ! きぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!!」
次の日、外から飛び込んできた蛮声にわたしは飛び起きる。
何事かと窓から見てみると、外は中庭のようで、魔王軍の早朝訓練が行なわれていた。
若くて血気盛んそうな悪魔兵士たちが、ふたつに分かれて格闘戦をしている。
見た感じさすが魔物だけあって、力も素早さも強靱さも人間の兵士よりも上っぽい。
しかし知能はあんまりないのか、作戦も陣形もなにもなくただ突っ込むのみ。
もしかしたら正規兵じゃなくて訓練兵なのかもしれない。
そのあたりを改善したら、もっと強くなれるのになぁ。
わたしは、ゴールドブレイブ帝国にいた頃、兵士たちの訓練などを見てアドバイスをしていた。
そのときのクセでつい、そんなことを考えてしまう。
ふと玄関扉の差し入れ口がカチャリと開いて、トレイに載ったスープとパンが置かれた。
あ、朝ごはんか、と思って取りに行こうとしたら、漂ってきた腐臭に思わず足が止まってしまう。
なっ、なにこの匂い……!?
1年間洗わずに履き通した靴下に、腐った豚足を入れてゴミといっしょに煮込んだみたいな……!?
鼻を押えてトレイに近づいてみると、それは豚足がゴロゴロ入った真っ赤な血だまりと、切り出した鉄みたいな鉛色のカタマリ。
これが噂の、『メラ・ゾーマス』と『アイアンプレート』……!?
魔王軍の常食だと、お稽古事で習ったことがある。
詳しい味は教えてもらえなかったが、食べたら「魔王軍の強さがわかる味」だという。
しかし想像以上に凄まじいビジュアルで、トレイと皿に乗せられていなければ食べ物だとわからないほどのブツだった。
わたしは鼻を押えたままトレイを食卓に運ぶ。
そのままゴミ箱にインしてもよかったのだが、わたしは好奇心旺盛なタイプ。
そしてなんでも見た目で判断するのはよくないと教えられてきたので、ひと口だけ食べてみることにする。
しかしそれは大きな過ちだった。
『メラ・ゾーマス』はぺろりとひと舐めしただけなのに、全身が全霊をもって全力で飲み込むことを拒否するくらいマズい。
意識まで刈り取られそうになり、三途の川が見えたほどだった。
『アイアンプレート』はその見た目の通り尋常ではないほど固く、わたしの歯ではかみ砕くことができなかった。
舌に乗せると鉄臭い味が口いっぱいに広がり、もはやただの鉄板なのではないかと思われたほどだ。
魔王軍は、こんなのを普段から食べてるの……?
こんなのが美味しいだなんて思えるのなら、そりゃ強いはずだわ……!
しかしどうやらそうではなさそうだった。
窓の外いる訓練兵たちも朝食の時間となり、わたしと同じメニューを食べていた。
食事というのは兵士にとっては数少ない憩いの時間のはずなのに、喜んでいる者は誰ひとりとしていない。
みんな青白い顔をして、えづきながらも無理やり口に詰め込んでいる。
「うげぇぇぇ……! まずい、まずいぃぃよぉぉぉ!」
「つべこべ言うな! 生きていくためには食わなくちゃいけないんだ! それとも飢え死にしたいのか!?」
「あーあ、食わなくても生きていけるようになれば、最高だってのによぉ……!」
中庭の手入れをしていた庭師たちもいっしょにテーブルを囲んでいたが、みな同じメニューを食べさせられている。
……ここの人たちはなんなんだ?
なんでこんなマズいメニューを無理やり食べてるんだろう。
強くなるためのメニューなのであれば訓練兵だけが食べればいいはずなのに、非戦闘員であるはずの庭師まで同じものを食べているだなんて……。
しかしいくら考えても、魔物の考えることなんてわたしにはわからなかった。
結局、わたしの朝食はスープをひと舐めしただけで終わる。
捨てるのも良くないかと思ったので、そのまま見張りの兵士に返した。
その時ついでに、欲しい物を書いたメモ書きもいっしょに載せてみた。
もちろんこれはダメ元で、人質であるわたしが欲しい物がなんてもらえるわけがないと思っていた。
しかし意外や意外、その日の昼には昼食といっしょに箱が届いた。
昼食のメニューは朝と同じだったのでどうでもいいとして、箱の中に入っていたのは……。
ソーセージと調味料、それに色とりどりの野菜っ……!
まさか希望どおりのものがもらえるだなんて思ってもみなかった。
わたしはさっそく木箱を抱えてキッチンへと向かう。
調理器具は一式揃っていたので、わたしはちゃちゃっとスープでも作ることにした。
包丁を使って、取り寄せたキャベツやジャガイモ、ニンジンやタマネギなどを刻んで鍋に入れる。
あとは火に掛けて、調味料で味付けすれば……。
『ポトフ』のできあがりっ!
ほっこりとしたソーセージと野菜の香りを嗅ぐと、急にお腹が空いてきた。
さっそく皿に取りわけて、食卓でいただく。
皮がパリッとしてジューシーなソーセージ、野菜の甘みがたっぷり染み出たスープ、これこそ人間の食べ物だ。
あっという間に平らげておかわりしようと台所に向かう途中、部屋の中が暗くなっていることに気付く。。
窓にはぼたぼたと、雨粒が激しく当たるような音が。
急に天気が変わったんだろうと思って外を見やった瞬間、わたしは飛び上がりそうになる。
なんと窓には、悪魔兵士たちが蛾みたいにびっしりと張り付いて、わたしをじっと見つめていたんだ。
ぼたぼたと、滝のようなヨダレを垂らしながら。
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現在、加筆修正をしている最中ですので、あがり次第少しずつ掲載してまいりたいと思います!
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