24 王子の旅3 まさかのポトフ
リミリアとの思い出を語り終えたヴォルフ。
シューフライは尻もちをついたまま、ワナワナと震えていた。
「リミリアが魔法研究院で、『転送陣』の実験体になっていただなんて……!
週末のたびに姿が見えなくなると思ったら、そんなことをしてたのか……!」
それは自分の知らない、婚約者の意外なる一面であった。
普通の男であれば、たまの休みを割いてまで国を見てまわっているというその献身的な行動に感動し、己の行いを省みるはずなのだが……。
彼は、普通の男ではなかった。
「きっとあの女は、婚約者という立場を利用して、帝国の各地で男遊びをしていたに違いない!
1週間にひとりしか転送できない『転送陣』であれば、後をつけられる心配もないから、バレることもない!
それにあんなブサイクでも、俺様というブランドを身に付けていれば、男をとっかえひっかえできる……!
いやっ、それどころかアイツは、地方の領主をたらしこんで、自分がナンバー1になろうとしていたのかもしれん!」
自分のことを棚に上げてまくしたてるシューフライに、ヴォルフはとうとう溜息をついてしまった。
「はぁ……リミリア様はそんな方ではありませんぞ。
それにこれだけのわずかな時間で、よくそこまで婚約者を疑えますな」
「お前は剣しか能がない愚か者だからわからぬのだ!
帝国転覆をたくらむ女など、婚約破棄して正解だったのだ!
救出は取りやめにして、帰るぞ!
みなの前でこの話をしてやれば、リミリアに騙されていた者たちの目も醒めることであろう!」
さっさと廃屋を出て行こうとするシューフライ。
しかし後ろからムチが巻き付いて、簀巻きにされてしまった。
「なっ、なにをするっ!?」
「何度も言わせないでください。勇者の宣言をした以上、旅を中止することはできぬのです。
私も旅立ちの準備をしますから、そこでじっとしていてください」
ヴォルフはそう言うと、シューフライを床に転がしたまま鎧を脱ぎはじめる。
全身傷だらけの筋肉質な身体に粗末な布の服をまとい、腰にナイフとムチをたずさえる。
そして彼の無骨な鎧とシューフライの豪奢な服をひとつにし、聖剣も騎士の剣も束ねる。
金や薬の入っているリュックも、一緒に廃屋の隅にまとめた。
そのあと廃屋に落ちていた、ずだ袋を拾いあげる。
もちろん、その中身はカラッポ。
「さて、それでは出発いたしましょう」
「まさか、本気で何も持っていかないつもりかっ!?」
「ええ。そうでなくては勇者の旅になりませぬから。
これで準備が整いましたから、さっそく出発いたしましょう」
シューフライはサッと青ざめた。
――た、旅立たされる……!
往生際の悪い王子は、縛られた身体をイモムシのようにのたうたせて叫んだ。
「は……腹が減った! 俺様はハラペコだっ! なにか食うまで、一歩もここを動かんぞ!」
「まだ昼前ではないですか。朝食は召し上がらなかったのですか?」
「きょ……今日は、旅立ちの日だからなにも食わなかったのだ!」
完全なるウソであったが、実直なるヴォルフには通じた。
ヴォルフはまとめてあった荷物のカバンから、あるものを取り出す。
「実は私も旅立ちの準備に追われ、朝は食べていなかったのです。
今日だけは特別に、ここで食べていきましょう」
シューフライがムチをほどかれ手渡されたのは、紙製のダイナマイトの直径を大きくしたような、円筒状の物体であった。
「なんだこれは?」
「我がゴールドブレイブ帝国の兵糧です」
「なにっ!? この俺様に、兵糧なんかを食えというのか!?」
「イヤなら召し上がらなくて構いませぬぞ」
「くそっ!」
「この兵糧は最新式のもので、魔法練成がほどこされた紙で包装されています。
そのため中身が生ものであっても、長期保存が可能となっているのです。
そのうえ、食べる前にこうして、包みにある紐を引っ張ると……」
……ぷしゅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーー!
「うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
それだけでシューフライはビビりまくり、筒を放り出して飛び退いた。
「つ、筒から煙が出てきたぞっ!? 爆発するんじゃないのか!?」
「爆発などしません。こうやって、中身を温めることができるのです」
ヴォルフが筒のフタを開いてみせると、そこには……。
……ほっこり。
見るだけでホッと落ち着くようなやさしい湯気と、なんとも懐かしい、あの匂いが。
次の瞬間、離れていたシューフライは、磁石のように匂いに引き寄せられていた。
「ここっ、これは、これはまさかっ……!?」
「そうです。リミリア様のポトフです」
「よ……よこせっ!」
シューフライの手からポトフを奪い取り、一気にかきこむシューフライ。
「この人参の甘さ、このジャガイモのホクホク感、ソーセージのジューシーさ……!
ま、間違いない! これはリミリアのポトフだっ!」
ポトフは加熱したててアツアツ。
シューフライの唇は火傷して腫れあがっていたが、食べる手は止まらない。
「従来の兵糧というのは、日持ちや持ち運びのことを考慮して、水分がないパサパサしたものばかりでした。
しかしそれでは兵士の士気に関わるだろうと、リミリア様は魔法研究院の職員とともに新しい兵糧の開発を行なっておりました。
そしてできあがったのが、この『携帯ポトフ』というわけです。
リミリア様はこの新しい兵糧が正式配備されるのを、誰よりも楽しみにしておりました」
ヴォルフは湯気にけむる未来の君主を見据え、厳しい声で問うた。
「これでわかりましたか?
リミリア様は誰よりも、ゴールドブレイブ帝国のことを案じておられるということを。
あのお方を失うことは、この国にとって大きな損失となるのです。
これでもまだ、あなた様はリミリア様を見捨て、城に帰りたいとおっしゃいますかな?」
しかし食べカスを撒き散らしながら返ってきたのは、まったく予想外の返答であった。
「この兵糧の正式配備は中止だ中止っ! ぜんぶ俺様が食うぞっ!
正式配備できるほどの数があるということは、しばらくの間はポトフには困らん!
その間に魔法研究院を使って、リミリアのポトフの味を再現させるのだっ!
そうすればもう、あの女は完全に用済みだっ!
さっそく城に戻って……! ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
さすがの剣聖も、ガマンの限界突破。
未来の君主の顔面めがけて、渾身の右ストレートを叩き込んでいた。
王子編はちょっとグダグダな感じでお話が進みます。
でも次回からはリミリアのほうに戻りますので、ご期待ください!




