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23 王子の旅2 ヴォルフの想い

 シューフライの長い髪は、彼の自慢のひとつであった。

 ウェーブがかかり、ラメが入ったその髪は天の川のようだと、自分では思っていた。


 そのアイデンティティのひとつが、七夕が終わったあとの願い事の短冊のように、無残に散らされてしまった。

 シューフライは目に涙をいっぱいに浮かべながら、ヴォルフに向かって激怒する。


「お……王子であるこの俺様に、こんな狼藉を働いてただで済むと思うなよっ!

 城に戻ったら、お前を処刑してやるっ! 投獄なんて生ぬるい! 斬首だ斬首っ!」


 しかしヴォルフは太い眉をピクリとも動かさない。

 家臣にあるまじき態度で、シューフライを見下ろしていた。


「シューフライ様が魔王を倒した暁には、私はいかような罰も受けましょう。

 魔王の首と私の首を掲げ、凱旋するのもよろしいかと」


「そこまで生きていられると思っているのか! いまから城に帰って即刻……!」


「魔王を倒してリミリア様をお救いするまでは、私は死にません。

 そしてシューフライ様は、城にはお戻りになれません。

 なぜならばこの私が、シューフライ様の首に縄をつけてでも、魔王討伐の旅を続けさせるからです」


「な、なんだとぉ!? そんなことが、許されるわけが……!」


「いえ、許されるのです。

 なぜならばシューフライ様は、勇者になる宣言をなされました。

 ゴールドブレイブ帝国の王族が勇者になる宣言をした場合、王族に伝わる『勇者の掟』が適用されます。

 シューフライ様が魔王を討伐するか、お亡くなりになるまでは、旅を止めることはできないのです」


「掟だと!? そんなのは関係あるか! 俺は王子だぞ!」


「たとえ王子であっても、『勇者の掟』は絶対です。

 勇者となった王族はすべての権力を失い、自分の力だけで魔王を倒さねばならぬのです。

 そのために今から私が、正式なる旅立ちの準備をさせていただきます」


 ヴォルフはぐばぁ、と両手を広げ、シューフライに覆い被さる。


「なっ!? 俺様の髪を切っただけでは飽き足らず、まだ狼藉を働くつもりかっ!?

 やめろやめろやめろっ! やめろぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!?!?」


 筋骨隆々とした腕で掴みかかられ、キラキラの服を乱暴に剥ぎ取られるシューフライ。

 いくら抵抗しても、赤子をあやすかのようにあっさりと押さえつけられてしまう。


 あっという間に裸にされてしまったシューフライは、さめざめと泣いていた。


「やっ……やめて……! もう、やめてぇぇぇ……!」


 足元に、剥ぎ取られたものとは別の服がバサリと投げられる。


「そちらを身に付けてください。それこそが、勇者の旅立ちにふさわしい装備です」


 シューフライは涙ながらに服を広げる。

 それはなんの飾りもされていないどころか、染色すらもない粗末な布の服であった。


「王子であるこの俺様に、こんな貧民のような服を着ろというのか!?」


「もう、あなたは王子などではありません。なにひとつ後ろ盾のない、ただひとりの人間なのです」


「しかし俺は勇者なのだぞ!? こんな装備で魔王を倒せるわけが……!」


「ならばご自分で金を稼ぎ、装備を揃えるのです。

 それに勇者というのは身に付けているもので決まるものではなく、心で決まるものなのです」


「そ、それならば聖剣は返してくれ! アレがなくては、なにも倒せぬ……!」


 かわりに投げられたのは、ひのきの棒であった。


「シューフライ様が持っていたのは王家に伝わる聖剣で、ご自身の剣ではありません。

 あなた様はこの旅を通して、ご自身だけの聖剣を見つけなくてはなりません

 それに聖剣というのは見た目や威力で決まるものではありません。

 勇者が正しき心で用いた武器は、すべて聖剣となるのです」


「ふっ……ふざけるなっ! 俺の剣を返せぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!!」


 シューフライは棒を拾いあげると、立ち上がりざまにヴォルフに襲いかかった。

 いくら相手が剣聖と呼ばれる人物でも、先手を取れば勝てると思っていたのだ。


 振り下ろされた大根切りを、ヴォルフは余裕を持ってかわす。

 足をひっかけられ、シューフライはどしゃあっ! と前のめりに倒れた。


「こっ、こんなの、勇者といえるかっ! 俺は帰る! 帰るぞぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!!」


 土埃まみれになったシューフライ。

 這うようにして立ち上がり、廃屋から逃げだそうとする。


 ヴォルフは腰に提げていたムチを取ると、蛇のようにしならせてシューフライの足首を絡め取った。

 またしても前のめりにブッ倒れるシューフライ。


「逃がしませんぞ。

 言ったはずです。あなた様が魔王を討伐するか、死ぬまではこの旅は終わらぬと。

 もしどうしても旅を止めたければ、そのムチの先を首に巻くのです。

 この私が、ひと思いに楽にしてさしあげましょう」


「ひっ……!? ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ホコリまみれの顔を、蒼白に歪めるシューフライ。

 黒い涙で頬を濡らし、いやいやと首を振る。


「や、やだ、いやだぁぁぁぁぁ……! 俺様は、死にたくなぃぃぃぃ……!」


「ならば立ち上がるのです。そして私とともに旅立つのです」


 迫ってくるヴォルフに気圧され、後ずさるシューフライ。

 しかし逃げられぬと悟った途端、命乞いするようにすがりつく。


 咄嗟の思いつきで、リミリアの名前を出した。


「そ……そうだ! 今回の魔王討伐は、父上の時とは違う! リミリアがさらわれているのだぞ!

 時は一刻を争うのだ! 装備から整えていては、リミリアが殺されてしまうかもしれんのだぞ!

 今回は掟を緩めて、装備だけでも……!」


「いいえ、どんなことがあろうとも『勇者の掟』を変えることは許されません。

 それにこれは、リミリア様からの願いでもあるのです」


「なにっ!? リミリアの……!?」


 「ええ」と遠い目をするヴォルフの脳裏に、リミリアの顔が浮かんだ。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「リミリア様、どちらに行かれるのですかな?」


「あ、ヴォルフさん。ちょっと魔法研究院のほうに。

 いま開発中の、『転送陣』の実験体になってるんです」


「『転送陣』の実験体? それは動物の役目でしょう。なぜあなた様のようなお方が?」


「ちょうど帝国の国々を視察したいと思ってたんです。

 『転送陣』なら帝国のどこへでも一瞬で行けますから、いちばん遠い領地でも日帰りできるんです。

 それに『転送陣』も人体で実験したほうが研究が進みますから、一石二鳥かと思って」


「おお……! リミリア様はまだお若いというのに、なんという立派なお考えをお持ちで……!」


「『王の我欲は民を滅ぼし、王の滅私は民を生かす』という言葉があるでしょう?

 わたしはいずれ王となるシューフライの婚約者ですから、少しでもこの国のことを知っておきたいと思って。

 本当はシューフライ様にもこの国を見ていただきたいのですが、なかなか……」


「シューフライ様は、この帝都から一歩もお出になろうとはしませんからなぁ。

 リミリア様が、魔王にさらわれるようなことでもなければ……」


「わたしがさらわれても、シューフライ様は助けに来てくださらないと思いますよ。

 なんとなくですが、そんな気がするんです」


「いやいや、その時はこのヴォルフが、シューフライ様の首に縄を付けてでも旅立たせますよ」


「ふふ、ならその時についでに、シューフライ様に、この国の民の生活を見せてあげてください。

 わたしの救出を後回しにしてもかまいませんから」


「……キングヘイロー様が、リミリア様を高く評価している理由がわかったような気がします。

 キングヘイロー様は魔王討伐の旅の最中、民の暮らしを見て回られていました。

 しかし途中で、旅に同行していたクイーンヘイロー様が魔王軍にさらわれてしまったのです」


「そんなことがあったんですか? それで、キングヘイロー様はどうされたのですか?」


「そのとき一緒にいた私は、クイーンヘイロー様の救出をなによりも優先するべきだと訴えました。

 でもキングヘイロー様は、民の暮らしを見て歩くのを止めなかったのです。

 なぜならば、そのときの民は今以上に、魔王軍に苦しめられておりましたから。

 それを救えるのは自分しかいないと、キングヘイロー様は判断されたのでしょうな。

 キングヘイロー様はまさに、『王の我欲は民を滅ぼし、王の滅私は民を生かす』というお考えの持ち主だったのです」


「なるほど。だったら跡継ぎのシューフライ様には、何としても諸国を旅していただきたいですね。

 もし『転送陣』が完成したら、プランを練ってみたいと思います」


「そのときは、このヴォルフもご一緒してもよろしいですかな?」


「ええ、もちろんです」


 花のように笑うリミリアに、ヴォルフは若き頃のクイーンヘイローの面影を見いだしていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『王の我欲は民を滅ぼし、王の滅私は民を生かす。』 昨今の指導者に送りたい、大変良い典(のり)ではないですか...❗️
[一言] リミリアとヴォルフとの約束が今こうしてバカ王子の根性を叩き直す事になろうとはww ヴォルフが「銀狼」なことから、「金狼」のゴルドウルフとダブって見えました。
[良い点] リミたん間接ザマァをかます回(笑) そして団長はスパルタさん(((*≧艸≦)ププッ ざまぁですね屑たん(*σ´ェ`)σ 次回は引きずられる屑かな? 楽しみだけどリミたんサイドが気になる…
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