22 王子の旅1 旅立ちの準備
ところかわってゴールドブレイブ帝国。
王子シューフライは、勇者の血を復活させると宣言した。
これは王族としてではなく、ひとりの勇者としてリミリアを救うという意味である。
結成予定であった救出隊の編制を取りやめ、シューフライとお供ひとりだけで、リミリアを救おうというのだ。
さらにこれにはシューフライにとって、ふたつの大きな意味があった。
ひとつ目は、民衆の支持を大いに得られるという点。
このゴールドブレイブ帝国は、勇者の家系が魔王との戦いの歴史のなかで創り上げた国である。
現帝王であるキングヘイローも、かつては勇者として旅をして魔王キングカオスを倒した。
そのため国全体に、勇者信仰のようなものがあった。
シューフライが勇者としてエーデル・ヴァイスを倒し、リミリアを取り戻せば、国民の支持はうなぎのぼりになると考えたのだ。
そしてもうひとつは、つまみ食い。
シューフライの父であるキングヘイローは、魔王を倒す旅のなかで、現在の本妻であるクイーンヘイローと知り合った。
クイーンヘイローは腕のいい魔術師だったので、キングヘイローの魔王討伐の旅に同行。
ふたりは恋に落ち、最後は結婚した。
そこまでのロマンスはなくても、後腐れのないアバンチュールくらいはできるだろうと思っていたのだ。
しかも王子であれば、道行く女はすべてよりどりみどりなのは間違いない。
シューフライの旅の同行には、騎士団長であるヴォルフが同行することになった。
彼ほどの適任は他にはいない。
なぜならば、彼は『剣聖』と呼ばれるほどの剣の達人なうえに、キングヘイローの勇者討伐の旅に最後まで同行したという実績がある。
彼に任せておけば、パックツアーのようないいとこ取りの旅になるだろうと、シューフライは思っていた。
なお、魔王のいるシルヴァーゴースト帝国のまわりには、魔族のみ通過できる結界が張られているので、そのままでは入ることができない。
人間が入る方法としては、中にいる魔物に頼んで結界を解除してもらうか、世界各地にいる『四天王』が持つ秘石が必要となる。
前者の方法は無理筋なので、必然的に世界をまたにかけた冒険をするしかないのだが……。
現在ゴールドブレイブ帝国では、『転送陣』の研究が行なわれている。
これは魔力によって、帝国内であれば好きな場所に一瞬にして飛べるというもの。
これがあれば、四天王が世界各地に散らばっていても、簡単に秘石が集められる。
あとはその地域にいる女たちとしっぽり……とシューフライは思っていたのだが、そうは問屋がおろさなかった。
『転送陣』はまだ研究段階で、ひとりしか転送できないうえに、1回転送すると魔力の再充填に1週間はかかるという。
しかも転送に失敗して思わぬ土地に出ることもあるので、そんな不確実な装置を王族が使うわけにはいなかった。
ちなみにではあるが、城への帰還の技術はすでに確立されており、王族関係者であれば『王都の翼』というマジックアイテムを使うことにより、一瞬にして城に戻ることができる。
なんにしても、往路に関しては一切のインチキができないというわけだ。
「仕方ねぇなぁ、それじゃ、城の馬車でのんびり行くとするか」
シューフライは妥協したが、これもお供であるヴォルフに却下されてしまった。
「城の馬車を使うのはもってのほかです。
その理由は、ふたつあります。
ひとつ目は、勇者の宣言した以上、しきたりに習ってご自分の力だけで旅をせねばならぬからです。
馬車に乗りたければ、シューフライ様のお力で手に入れる必要があります。
そしてもうひとつは、安全上の問題。
シューフライ様に満足な警護が付けられない以上、魔王討伐の旅はお忍びとなるでしょう。
王子が城の馬車で旅などしていたら、よからぬ輩に狙われてしまうに違いありません」
「なんだと!? じゃあこの俺様に、歩いて旅しろっていうのかよ!?
そんなの絶対に嫌だぞ!」
「そうおっしゃると思っておりました。
ですから特別に、馬車だけは手配しておきました。
城からの旅立ちは徒歩になりますが、少し歩いた山奥のなかに馬車を待機させてあります」
「なるほど、さすがはヴォルフだ!
城から出るときに馬車に乗ってるのを見られちゃ、民衆も興ざめだろうからなぁ!
隠しておいた馬車を俺様の力で手に入れたってことにすりゃ、俺様の評判にも繋がるってわけか!」
とうわけで、シューフライの勇者の旅が始まった。
いつもはシューフライが城を出るとなると、大勢の警護を引きつれているのだが、今回のお供はヴォルフのみ。
そして旅立ちの服装は、いつもと変わらない。
暗闇でもキラキラ光る派手な衣装に、腰からさげた聖剣。
しかしお忍びの旅ということで、目立たない色のマントを上から羽織っていた。
城から出るときも、見送りは一切ない。
いままで籠の中の鳥だった王子にとっては、何もかもが新鮮な門出であった。
シューフライは『ちょっぴりイケナイ遊び』に出かけるような気分で、すっかりご機嫌。
しかしその軽い足取りも、城下街に出たあたりで消え去ってしまった。
「おいヴォルフ、馬車はどこだよ!? 俺様は疲れたぜ!」
「城を出たばかりではないですか。馬車があるのはまだまだ先です」
「まぁだ歩かなくちゃいけねぇのかよ! もう延々歩いてるんだぞ!」
「まだ500メートルも歩いておらぬではないですか。
ここから城下町を抜け、街道を歩き、険しい山道に入るのですぞ」
「はぁ!? この俺様にそんなに歩けってのかよ!? おい、ふざけんなっ!」
「わかりました。では、もう少しだけガマンして、街道までは歩いてください。
街道の人気のない場所に、馬車を手配しておきましょう。
街中で馬車に乗るわけにはいきませんからな」
「クソッ、しょうがねぇなっ!」
それからシューフライはブーブー文句を垂れつつ、途中で何度も休憩を挟みつつ、ようやく街道へと出た。
街から少し外れたところにある廃屋の中で、へたりこむシューフライ。
「ああ! もう歩けねぇ! 1歩も歩けねぇ! おい見ろ、ヴォルフ! 足の裏に変なのが出来てて、超痛ぇぞ!」
「それはマメというものです。まさか平地を少し歩いただけで、ここまで疲弊して、足にマメができるとは……。
これはどうやら、相当難渋な旅になりそうですな」
「テメェ、いまなんつった!?
テメェがこんなムチャさせるからだろうが!
俺は城に帰るぞ! たっぷり休んだあと、それから再出発だ!
お前みたいな気の利かねぇヤツじゃなくて、もっとマトモなヤツをお供に選び直す!
そうだ、城の若いメイドどもをとっかえひっかえして世話させりゃ、道中も楽しそうだよなぁ、ヒッヒッヒッヒッヒ……!
おいヴォルフ! なにボーッとしてやがる! さっさとこの俺様を馬車に乗せろ!」
しかしヴォルフは動かない、呆れ果てた様子でシューフライを見下ろしたまま。
「やれやれ……本当はこんな人気のありそうなところで、準備をしたくはなかったのだが……。
やるしかあるまいな」
ヴォルフは大きなリュックを背負っていたが、その横のポケットから何かを取り出す。
それはなんと、バリカンであった……!
「シューフライ様。その長い髪では目立つうえに、旅の邪魔にもなりましょう」
「なっ……!? なんだとっ!? いったい、なにをするつもりだっ!?」
「いまから修練者のように、さっぱりした髪型になっていただきますぞ」
「なっ、なんだとぉ!? やっ、やめろっ! やめろっ!
きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
廃屋のなかに女のような悲鳴が響き渡るたび、女のような長い髪が羽毛のように舞い散る。
シューフライは全力で抵抗したが、相手が騎士団長では勝負にならない。
子供のようにあっさりと取り押さえられ、あれよあれよという間に丸坊主にされてしまった。




