21 デモンブレインの想い
デモンブレインはエーデル・ヴァイスが去っていくのを見送ったあと、リミリアを部屋まで送り届けた。
「それでは明日からは、わたくしといっしょにエーデル・ヴァイス様の部屋に食事を届けましょう。
いくつか注意点がありますが、それは明日説明します」
リミリアにそれだけ伝えて扉を閉める。
彼女は人質の立場なので外からカッチリと施錠すると、デモンブレインは足早に部屋の前から立ち去る。
いつもそよ風のようにゆったりと、廊下を優雅に歩く彼であったが、今はまるで敵が攻めてきたような迅速さであった。
そう、彼の中には吹き荒れていたのだ。
急を告げる、風雲が……!
彼はいったん自室に戻ると、お忍び外出のときに着用する、黒い外套をはおった。
そして部屋を出て、魔王城の裏庭にある停馬場へと向かう。
愛馬にまたがり、馬の世話係を一言労ってから、手綱をぴしりと鳴らす。
城を出たところで、外套のフードを深く被って顔を覆い隠した。
デモンブレインが城下町を走ると、多くの女性たちから黄色い声援が飛んできて、しまいには囲まれてしまう。
しかし今は、『隠密』の魔法効果を応用して『目立たない』ようになる外套を羽織っているので、道行く人は誰も気付かない。
城下町を出たあと、街道をひた走る。
途中で横道にそれ、山道を走った。
ここで彼は、ようやく自分を開放する。
――わたくしはリミリアさんを見ていると、胸が苦しくなります。
その気持ちを自分なりに調べて、答えを出したつもりでいました。
わたくしがリミリアさんに抱いていた感情は『嫉妬』であると。
リミリアさんが、エーデル・ヴァイス様から『落命花章』を贈られたとき、わたしはそれを改めて実感しました。
彼女はあまりにも優秀すぎる。危険なまでに。
わたくしを、遙かに上回るほどに。
わたくしは彼女の有能さを妬み、憎んだのだ。
だから、わたくしはあんなことを言ってしまった。
スノーバード様の部屋の前で、
『リミリアさん、この部屋には入ってはいけませんよ。
この部屋にいる人物と関わったら、わたくしでもフォローできるかどうかわかりませんので』
こう言えば、彼女は気にするようになり、きっとスノーバード様と関わるだろうと思った。
そしてスノーバード様に関われば、エーデル・ヴァイス様はきっと激怒するだろうと。
そうすれば彼女の評判は、ガタ落ちになるであろう、と……!
しかしリミリアさんは、わたくしの想像を遥かに上回った。
心を閉ざしていたスノーバード様に笑顔を取り戻してみるどころか、『魔王族の儀式』を見事乗り越えさせた。
人間という立場であるにも関わらず、王族のふたりの心を掴んでみせたのだ。
もはや彼女の信頼は、少しのことでは揺るぎないだろう。
そしてリミリアさんはとうとう、エーデル・ヴァイス様の自室に招かれるまでに至った。
わたくしですら、まだ一度も入ったことのない領域へ、彼女は1ヶ月ほどでたどり着いてみせたのだ。
憎いっ……!
憎い憎い、憎いっ……!
リミリアさんをわたくしから奪おうとする、エーデル・ヴァイス様が……!
リミリアさんを虎視眈々と狙う、スノーバード様が……!
わたくしはやっと、やっと気付きました。
わたくしが感じていた『嫉妬』は、リミリアさんに向けられていたものではないことに。
わたくしはリミリアさんを取り巻く、すべての男に嫉妬している……!
彼女の魅力を最初に見いだしたのは、このわたくしだというのに……!
男たちはよってたかってこのわたくしから、リミリアさんを奪おうとしている……!
デモンブレインはすでに、地元の木こりですら入らないほどの獣道を走っていた。
木々をかき分けて進んでいくと、開けた草原に出る。
森を開墾して作ったその空間には、一軒の屋敷が建っていた。
デモンブレインは屋敷の門の前で馬を降りる。
門をくぐって敷地内に足を踏み入れると、そこは魔界の薔薇が咲き乱れる中庭だった。
そこにはリミリアがいた。
薔薇に囲まれ、花のように微笑んでいた。
『デモンブレイン様! この薔薇、お屋敷の中に飾ってもいいですか?』
薔薇園を抜けるとテラスがあって、そこには寛ぐリミリアが。
『デモンブレイン様、お茶が入りましたよ』
テラスの奥には、白い両開きの扉が。
押し開けて中に入ると、2階の大階段からリミリアが駆け下りてくる。
『おかえりなさい、デモンブレイン様! 嬉しい! 今日は早く帰ってきてくださったんですね!』
デモンブレインこそが自分とってのすべてとばかりに、リミリアはひしっと抱きついてきた。
奥の廊下を歩いていくと、突き当たりにはキッチンがある。
その部屋は、ポトフのいい香りでいっぱい。
カマドで鍋をかき回していたリミリアが、にっこりと振り返る。
『もうすぐできますからね。デモンブレイン様への、愛情いっぱいのポトフが』
デモンブレインは両手を広げ、リミリアを後ろから抱きしめようとする。
しかし触れた途端に、リミリアの姿は幻のように消え去ってしまう。
誰もいない屋敷のなかで、デモンブレインはひとり、寒さに震えるように身体を抱いていた。
――リミリアさんがエーデル・ヴァイス様に殺されそうになったとき、わたくしは決意しました。
リミリアさんを城から連れ出し、この秘密の別荘で、ふたりで暮らそうと。
猟師の罠にかかって傷を負った白鳥を、密やかにかくまうように。
そのチャンスは数え切れないほどありました。
しかしリミリアさんは、わたくしの想いに気づいていません。
彼女は、わたくしの仕掛けた罠を、すべてかわして……!
彼女は、わたくしの腕からすり抜け、天高く飛び去ろうとしている……!
わたくしは今まで、欲しいと思うものはなにひとつありませんでした。
欲しいと思う前に、何もかも手に入れることができていたからでしょう。
でも、わたくしは今、心の底から渇望しています。
リミリアさんを……!
彼女だけは、誰にも渡したくないっ……!
そのために何としても、彼女を『孤立』させなければ……!
でもそれをしてしまうときっと、エーデル・ヴァイス様を裏切ることになってしまうでしょう。
そしてひいてはシルヴァーゴースト帝国を没落させてしまうことになるでしょう。
ああっ、邪神よ……!
わたくしは、どうすればよいのでしょうか……!?
このお話は、ここでひと区切りとなります!
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