表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/49

02 魔王エーデル・ヴァイス

 わたしは処刑台に縛り付けられたまま、『シルヴァーゴースト帝国』に連れ去られてしまった。

 魔物たちの国を訪れるのは初めてだったので、飛んでいる最中、わたしはずっとキョロキョロあたりを見回す。


 土地には緑がほとんどなくて、枯木ばかり。

 湖の水は紫色や緑色をしており、岩や山は苦痛に歪むような顔が浮かび上がっている。


 街や村などもあったが、住んでいるのは異形の魔物たちで、見た目は人間よりも個性的。

 そして王都にあるお城は禍々しい形をしていて、まわりにはコウモリがたくさん飛んでいた。


 どこに連れて行かれるんだろうと思っていたけど、わたしの身体はその不吉な見た目の城に吸い込まれていく。

 その中にある謁見場らしき場所で降ろされ、いきなり『魔王』とご対面となった。


 魔王は歪な形の玉座に、漆黒の鎧を着てふんぞり返っていた。

 見た目や体つきは人間とまったく同じだが、瞳は血に沈んだように真っ赤で、吸血鬼のような鋭い牙が口から飛び出ている。


 年の頃は若くて、わたしやシューフライ様と同じくらい。

 そして帝王らしく顔つきは傲慢不遜。逆立てたウルフカットに鋭い目つきで、好戦的な笑みを浮かべていた。


 魔王は、静かに唸る獣のように言った。


「まさか本当に婚約者を差し出してくるとは思わなかったな」


 魔王の隣に立っている男の人が言った。


「エーデル・ヴァイス様。部下に確認させたところ、替え玉などではなく、本物の婚約者だそうです」


 その男の人は白いローブを着ていて、とても背が高かった。

 瞳は海をただようように青く、顔だちは穏やかで知的。わたしは、魔物にもこんな人がいるんだと思ってしまった。


 立ち位置的に、たぶん軍師とか元老とかの、相談役のポジションだろう。

 少し歳上っぽい軍師の一言に、魔王は鼻で笑った。


「ふん、本物を送りつけてくるとは、あのシューフライとか言う王子もずいぶん思い切ったことをしたものだな。

 そんなことをすれば、国内ので評判がガタ落ちとなるだろうに」


 わたしはつい、口を挟んでしまう。


「そうはなりません。

 シューフライ様はわたしを『魔王軍』にさらわれたことにして、悲劇のヒーローになるおつもりでしょう」


 魔王の目がギロリとわたしを捕らえる。


 ただ見据えられただけなのに、その眼光はすさまじかった。

 まるで暗闇のなかで、いきなり強い光を浴びせられたみたいに。


「貴様、なぜそう言い切れる?」


「シューフライ様はわたしとふたりっきりで『魔王軍』に連絡を取りました。

 目撃者は誰もいないので、シューフライ様はなんとでも説明ができます」


 すると、魔王は重苦しい金属音とともに立ちあがった。

 鎧の鋭い肩先で風を切り裂き、地響きのような足音とともにわたしに近づいてくる。


 それだけで、ものすごいプレッシャーを感じる。

 まるで、首に押し当てられた鋭い刃が、少しずつ肌に食い込んでくるような。


 魔王は処刑台のそばまで来ると、殺気走る目で尋ねてきた。


「貴様、名はなんという……!?」


 それは地獄の釜蓋が開いたかのような、恐ろしい唸り声。


「リミリアです」


「リミリア……貴様は、この俺が怖くないのか?

 ここに連れてこられた人間はまだ数えるほどしかいないが、どいつもこいつも、俺の目を見ただけで小便を漏らす。

 そして泣きながら命乞いを始めるのだ……!」


「当然、怖いです。しかし、命乞いはしません」


「……なぜだ?」


「わたしをこの場で殺すメリットがないからです。

 人質として利用したほうがメリットが大きい。

 そして殺すとしても、民を大勢集めた場所で処刑したほうが支持を得られます」


「俺はそういう打算的なヤツが嫌いだ。そういうヤツの首を刎ね飛ばしてやったらどうなるかわかるか?

 殺されたのが信じられない表情で、地面に転がるのだ」


 魔王は腰に携えている剣の柄に手をかけた。

 わたしは覚悟を決めて、目を見開く。


 相手は魔物なので、感情の赴くままに人間を殺すことなど珍しくない。

 そして命乞いはしても無駄だというのを、わたしはお稽古で習った。


 むしろ命乞いをしているヒマがあったら、生き延びるための方法を限界まで探れ、と……!


「おやめください」


 不意に、魔王の背後にいた軍師が言った。


「その女の言うとおり、生かしておくほうが価値があります。

 それに打算的な者がお気に召さぬというのであれば、次はこのわたくしも手に掛けるおつもりですか?」


 それは石清水を飲んだみたいに、心のなかにすーっと染み込んでくるような、不思議な声だった。

 魔王の顔は険しいままだったが、いまにも抜刀しそうだった腕から力がゆるむ。


「ふん。デモンブレインよ、そこまで言うならこの女は貴様にくれてやろう、好きにしろ」


 吹き上げるマグマのようだった魔王の声も、いくぶん和らいだ気がする。

 彼はわたしに背を向けると、鎧を鳴らして謁見場をあとにする。


 デモンブレインと呼ばれた軍師はわたしに近づいてきて、処刑台の脚の拘束を外してくれた。

 手の拘束も外してくれるだろうと思っていたのだが、彼は微笑むのみ。


「手のほうは自力で外せるでしょう?」


「あ、バレてたんですね」


 わたしは魔王軍の兵士に連れ去られている最中、何かあったら逃げ出せるようにと手の拘束をこっそり緩めていた。

 これもお稽古事で教わった脱出テクニックだ。


 先ほど、魔王はわたしの首を刎ね飛ばそうとしていたが、その時は手の拘束をはずし、剣撃をしゃがんでかわすつもりでいた。

 そしてあとはいちかばちか、自由になった両手で脚の拘束を外し、逃げるつもりだったんだけど……。


「わたくしが『おやめください』と言ったのは、リミリアさんに対してでもあったんですよ。

 もしエーデル・ヴァイス様の一撃をかわすようなことがあったら、あのお方は意地になってあなたを殺そうとしていたことでしょう」


 わたしの作戦は、彼にはぜんぶバレていたようだ。

 どうやら、かなり優秀な人物みたい。


 魔王の軍師は、処刑台から降りたわたしに向かって言った。


「あなたはたった今から、わたくしが預かる人質となりました。

 わたくしを不始末で死なせたくなければ、大人しくしていてくださいね」


 それは人質に対しての言葉とは思えないほどにやさしく、穏やかだった。

 そんな風に言われて大人しくしている人質がいるとは思えないが、デモンブレイン様に言われると不思議と従いたくなってしまう。


「それでは、わたしのあとについてきてください」


「はい」


 わたしはカルガモの親についていく雛のように、ひょこひょことデモンブレイン様の後を追った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 短編と同じ内容をただ書くだけよりも、少し改訂して欲しいですね。 帝国とかくならば魔族とかという魔物みたい扱いとかを無くして、同じ人間にした方がいいかと……。 人としての種族が違うだけで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ