17 ふたりのスノーバード
ガシャン! ガシャン! ガシャン!
選手入場口から禍々しい足音が近づいてきて、コロシアムの緊張は一気に高まった。
魔人兵を一度でも目にしたことがある者は、この足音だけでも震えあがるという。
一説によると、この足音は魔王を模して作られたものだという。
わたしも魔人兵を初めて見たときは、こんなに恐ろしいものがこの世に存在するのかと思ったほどだ。
その、足音だけでも異質な存在感を放つものが、ついにその全貌を現した。
全身金属でできた、魔物の骨格標本。
頭蓋骨の落ち窪んだ眼下からは赤い水晶玉が禍々しい光を放っている。
刃のようなあばら骨ががぱぁと開いたかと思うと、拷問器具のようにガシャンと閉じた。
それだけで観客席からは「ひいっ……!」と悲鳴がおこる。
これが、『魔人兵』……!
ゴールドブレイブ帝国を今なお苦しめている、シルヴァーゴースト帝国きっての殺戮兵器……!
わたしはコロシアムの全貌を見渡せる高みの檻から、その姿を見つめていた。
わたしだけではない、コロシアムじゅうすべての視線が魔人兵に集中している。
わたしは今がチャンスだとばかりに、こっそりと檻の扉をピッキングして解錠していた。
スノーバード様が負けそうになったら、この高さから飛び降りて、魔人兵にドロップキックをくらわせてやるつもりで。
わたしはただではすまないだろうし、儀式はメチャクチャになっちゃうけどかまうものか。
スノーバード様だけは絶対に、こんな所で死なせるわけにはいかないんだ。
スノーバード様は、わたしたちが設営した迷路の中で息を潜めていた。
スノーバード様の剣の腕前はだいぶ上達したけど、まだまだ中学生レベル。
魔人兵と正面きって戦っても瞬殺されてしまうので、迷路で敵を迎え撃つというゲリラ作戦にしたんだ。
やがて、儀式開始の角笛が鳴り響く。
魔人兵は『索敵モード』に入っているのか、首を伸ばしてあたりをキョロキョロ見回している。
魔人兵は生物と同じで視覚を持っている。
頭蓋骨の奥に埋め込まれた水晶玉を眼球がわりにしてものを見ているんだ。
しかし、嗅覚と聴覚はないらしい。
魔法技術の発達した魔王軍とはいえ、ゴーレムに匂いや音を判断させる機能はまだ開発されていないようだ。
ゴーレムは登場時と変わらぬゆっくりとした歩みで、迷路に中に入っていった。
最初の十字路にさしかかり、左に曲がろうとしたところ、足をピタリと止める。
「おおっ!」と観客がどよめいた。
「なんで魔人兵は止まったんだ!?」
「バカ、よく見てみろよ! 通路に大きな穴が開いてるじゃねぇか!」
「ホントだ! 床の色と似てたからパッと見は気付かなかったが、たしかに穴が開いてる!」
「そうか、スノーバード様はこの迷路に罠を仕掛けて、魔人兵を倒すつもりなんだ!」
「でも、魔人兵に見破られちまった! 魔人兵のほうが一枚上手だったな!」
いや、むしろ作戦どおり。
魔人兵の背後にある通路の影からスノーバード様が躍り出ると、
「せいっ!」
気合いの剣撃で、魔人兵の膝裏を突いた。
……ガシャァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!
ガラスのランプのようなコアが、粉々に砕け散る。
ほぼ同時に、魔人兵は上半身だけを目にも止まらぬ速さで回転させていた。
昆虫を捕食する食虫植物のように、がぱぁと開いたあばらの刃で、背後の敵を攻撃する。
並の兵士ならそのままナマスになっているが、スノーバード様は素早いバックステップでかわした。
「おおっ! かわした!」と客席から歓声が起こる。
わたしも思わずガッツポーズ。
わたしは、対魔人兵の極意をスノーバード様にみっちり伝授していた。
魔人兵に勝つには、奇襲によるヒット&アウェイしかない。
一撃でももらったらアウトなので、とにかく早く逃げることを特訓した。
わたしの教えを守り、素早く物陰に消えていくスノーバード様。
その後を、ぎこちない走りで追う魔人兵。
コアを片脚でも破壊しておけば、魔人兵のスピードはだいぶ落ちる。
それでも100メートルを10秒で走るほどの俊足だ。
しかしそれは直線での話。
曲がり角の多い迷路のコーナーではコア破壊の影響がモロに出ていた。
しかもスノーバード様は、わたしと鬼ごっこで猛特訓したので小回りが利く。
あっという間に魔人兵を引き離し、再び迷路のなかにまぎれてしまった。
あとはもう、言うまでもないだろう。
落とし穴や行き止まりを利用して魔人兵を足止めしたところで、背後からの奇襲。
その作戦で魔人兵の背後のコア4箇所を、すべて破壊することに成功。
これは誰もが予想しなった大番狂わせのようで、客席は大いに沸いていた。
「す、すげえすげえ、すげぇーーーーっ!」
「あの病弱だったスノーバード様が、魔人兵を相手に優位に立ってるぞ!」
「ちょっと前までは自力じゃ歩くこともできなかったのに、あんなにちょこまか動けるだなんて!」
「こりゃひょっとすると、ひょっとするかもしれねぇぞ!」
「いや、待て! この程度じゃ王族とは認められねぇ!
完全に、迷路と落とし穴におんぶにだっこじゃねぇか!」
「そういえばそうだ! しかも迷路はダーイング鋼を使ってやがる!
これは魔人兵の魔人砲を使えなくするためのものだろう!?」
「そうだそうだ! この迷路が普通の石や鉄の壁でできてたら、魔人兵は迷路に入る必要すらねぇ!
外から魔人砲を撃てば、簡単にメチャクチャにできるんだからな!」
「迷路に落とし穴に、ダーイング鋼……。
そんなんで勝っても、俺たちは王族とは認めねぇぞぉーーーーっ!!」
とうとう観客たちはヤジを飛ばし始める。
しかしそれは、魔人兵が迷路の中央にさしかかったところで、驚愕に変わった。
迷路の中央は広い部屋になっていて、その奥には、なんと……。
ふたりのスノーバード様がっ……!?
「えっ、えええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」




