16 魔王族の儀式
わずか3週間ほどで、スノーバード様は超中学生級ともいえる身体能力にまで成長。
何をするにしてももってこいのコンディションとなった。
それからわたしは本格的に、スノーバード様に剣術を教える。
スノーバード様は乾いた土地に水が染み込むように、メキメキと上達していった。
しかし、それでも魔人兵を倒すには遠く及ばない。
おそらくこのまま剣術を磨いても、その領域に達することはないだろう。
わたしはここにきて難題にブチ当たり、頭を抱えていた。
いったいどうやれば、たったひとりの中学生が魔人兵に勝つことができるの……!?
魔人兵についてはゴールドブレイブ帝国にいた頃にもさんざん悩まされてきたので、弱点は知っている。
クリスタルでできた動力コアが5箇所にあって、そのすべてを破壊すればいいんだ。
コアは両肘の裏に2箇所、両膝の裏に2箇所。
この4箇所を破壊すれば、手足の動きをかなり遅くすることができるが、倒すことはできない。
その4箇所を破壊したあとに正面に回り込み、胸の中央にあるコアを破壊しなくてはならない。
この心臓部にあるコアは魔法金属に覆われているうえに、その上から魔法結界によって守られているので、通常の武器ではまったく歯が立たない。
唯一、魔人砲と呼ばれる光線を口から放つときにエネルギーを集中するので、一瞬だけ魔法結界がなくなる。
ようは、魔人砲をかわしつつカウンターでコアを突かなくてはいけないんだ。
魔法結界がなくなってもコアは魔法金属で覆われているし、魔人砲をかわすのは超人的な反射神経がなければ不可能。
そんな芸当ができるのは、ゴールドブレイブ帝国では『剣聖』と呼ばれたヴォルフさんのみ。
『剣聖』クラスの技術をスノーバード様に要求するのは酷というものだろう。
だから、なにか特別な手を考えなくてはならない。
そこでわたしはルールの抜け穴がないか、『魔王族の儀式』ついて調べてみた。
儀式は王城にあるコロシアムで行なわれ、挑戦者はなにを持ち込んでも良いという。
大砲でも爆弾でもマジックアイテムでも、人間でもモンスターでもなんでもいいらしい。
ただし『挑戦者の能力』で倒したことを、審査員に認めさせる必要があるという。
モンスターを持ち込めるならドラゴンでも持ち込んでいいそうなのだが、そのドラゴンをテイミングして、操って倒したという風にしなくてはならない。
この場合は、『テイミングの能力』を示したことになる。
爆弾などで吹っ飛ばすのもありだが、『爆弾のスペシャリスト』らしいやり方で倒さないと勝利とは認められないらしい。
デモンブレイン様もおっしゃっていたが、スノーバード様には戦闘系の技能が一切ない。
観客たちに示せそうな『力』が、なにひとつないのだ……!
そのスノーバード様は今日は休息日で、わたしは彼の趣味に付き合っていた。
スノーバード様は絵を描くことが好きらしく、わたしをモデルにしたいと言いだしたんだ。
わたしは彼の部屋で椅子の上に座り、じっとモデルをつとめながら、打開策を考えてたんだけど……。
苦悩がつい顔に出てしまったようだ。
「リミリアさん、どうしたの? さっきからずっと怖い顔になってるけど」
「あっ、ごめんなさい。つい考えごとをしてしまって。
それよりも、進み具合はどうですか?」
「もうできたよ、ホラ」
キャンバスをクルリと回して見せてくれた油絵に、わたしは芸術が爆発した瞬間を見た気がした。
「すごいです。スノーバード様って、絵がとってもお上手なんですね」
すると、スノーバード様ははにかんだ。
「そうかな。褒められたのは初めてだから、よくわからないや。
それと絵だけじゃなく、粘土細工も好きなんだ。
この部屋の入口に彫像があったけど、あれはボクが作った粘土細工だったんだよ」
「えっ、わたしが倒した像もスノーバード様が作ったものだったんですか!?
これだけの絵が描けて、あれだけの像が作れるのに、褒められたことがないんですか?
人間軍だったら天才だって言われるレベルですよ」
「そうなの? この国じゃ、絵や粘土細工がうまくてもなんの自慢にもならないよ。
だって絵や粘土じゃ、敵は倒せないからね」
それでわたしは今さらながらに気付いた。
魔王の強さを讃えるような肖像画や像はあるものの、人々の心を和ませるような絵や像はこの城には一切ないことに。
そしてわたしはカミナリに打たれたような衝撃に震えていた。
『絵や粘土じゃ、敵は倒せない』……この言葉がわたしの頭の中で、天啓のように響いていたからだ。
「そ……そうだ……これなら、いけるかも……」
「えっ、イケるって、なにが?」
「スノーバード様、明日からは剣術の練習を減らして、『魔王族の儀式』で勝つための準備をしましょう。
残りは2週間しかありませんから、ペースをあげていきますよ」
「わかった! ついに魔人兵を倒すための特訓を始めるんだね!
で、最初はなにをするの?」
興味津々のスノーバード様に、わたしはそっと耳打ちする。
その顔が、ビックリ仰天を全力で表すかのように変貌した。
「えっ……えええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから『魔王族の儀式』まではあっという間だった。
当日はわたしは檻の中に入れられることで、セコンドとして参加できるようになった。
本来は、邪悪なる儀式に人間が立ち会うのはありえないらしいが、デモンブレイン様がいろいろ取り計らってくれたらしい。
スノーバード様とわたしは前日からコロシアムに入り、作業員の手を借りて、戦いのための設営を終わらせていた。
そして、当日……。
儀式をひと目見ようと詰めかけた魔物たちは、コロシアムの中央に出現したピアノブラックの迷路にざわめいていた。
「おい、なんだありゃ!?」
「あの黒光りする壁……どうやら、ダーイング鋼でできてるみたいだぞ!?」
「ダーイング鋼って、伝説の魔金属じゃねぇか!? それを壁にできるほど用意するなんて……!」
「あれだけダーイング鋼があるなら、盾でも作りゃいいのに……!」
「ダーイング鋼は重すぎるから、病弱なスノーバード様じゃ潰されちまうだろう!
っていうか魔人兵相手じゃ、この迷路の中を逃げ回るだけで背一杯だろうなぁ!」
審査員席にはエーデル・ヴァイス様のほかに、デモンブレイン様、そして帝国の幹部たちが揃っている。
彼らは騒いだりせず、静かに儀式が始まるのを待っていた。
そしてコロシアムの選手入場口に、スノーバード様が現れる。
スノーバード様はトレーニングウェアの格好で、2本の剣を携えているのみ。
儀式のときは誰もが重武装らしいので、そのラフさに客席はさらにざわめいた。
わたしはコロシアム全体が見渡せる高さに吊り下げられた檻の中にいる。
スノーバード様は顔をあげてわたしに頷き返したあと、迷路の中に入っていった。
それから少しして、選手入場口から、ガシャン、ガシャン、ガシャンと重苦しい金属の足音が響いてくる。
ついに魔人兵がコロシアムに投入されたのだ。




