14 最後の手向け
魔王城の医師である、ブラッドジャックさんは狼のような髪型で、長い前髪で片目を隠している。
隠していないほうの目のそばには大きな傷があって、まるでフランケンシュタインのよう。
タイプでいえばヴェノメノン様に近い、『危険な男』。
しかしヴェノメノン様のように多弁ではなく、寡黙で冷静な感じだ。
そんなブラッドジャックさんから、スノーバード様の部屋、しかもベッドに忍び込んでいたのを見つかってしまい……。
わたしはまたしても、エーデル・ヴァイス様の前に引っ立てられてしまっていた。
エーデル・ヴァイス様は、やっぱり怒っていた。
「貴様……。我が弟の部屋に忍び込み、なにをしていた……?」
なんとなくそんな気はしてたけど、やっぱりスノーバード様はエーデル・ヴァイス様の弟君だったのか。
わたしは素直に答える。
「スノーバード様を元気づけるために、ポトフを差し入れして……ぐうっ!?」
わたしの言葉はエーデル・ヴァイス様に首根っこを掴まれたことで、強制的に遮られてしまう。
まるで絞首台にかけられたみたいに持ち上げられ、苦しさのあまりわたしは足をバタバタさせた。
「くっ、苦しっ……!」
「やはり貴様を生かしておいたのは間違いだったようだ。このまま死ね」
エーデル・ヴァイス様の目はマジだった。
隣にいたデモンブレイン様も止めてくれず、責めるような目でわたしを見ている。
な、なんで!? どうしてっ……!?
スノーバード様は元気になっているのに、なんで、わたしは殺されなくちゃいけないのっ……!?
しかしその疑問を問う声すらも絞り出せない。
わたしの視界は霞がかり、意識を手放さないようにするだけで精一杯。
お、終わった……!
わたしの人質生活も、これで……!
薄れゆく意識のなかで、わたしは最後の言葉を聞いた。
それは……。
「ま……待って!」
ハッと横を見やるエーデル・ヴァイス様。
わたしも最後の力を振り絞って横目をやると、そこにはスノーバード様が立っていた。
「スノーバードよ、お前、いつの前に立てるように……!?」
信じられないものを見るかのように、真っ赤な瞳を剥くエーデル・ヴァイス様。
同じ色をした瞳を潤ませ、スノーバード様は訴えていた。
「リミリアさんのポトフのおかげだよ!
いつも出されているマズいスープじゃなくて、リミリアさんが差し入れしてくれたいおいしいスープのおかげで、ボクはこんなに元気になったんだ!
お願い、兄さん! リミリアさんを殺さないで!」
次の瞬間、わたしの身体は乱暴に床に叩きつけられていた。
わたしは這いつくばり、咳き込みながら、久しぶりの空気を貪る。
……た、助かった……!
「リミリアさん!」とヨタヨタと寄ってきたスノーバード様が、背中をさすってくれた。
魔王はわたしに目もくれない。
彼が見据えていたのは、わたしを突き出したブラッドジャックさんだった。
「理由はともかく、スノーバード様が歩けるほどに回復したということは……。
エーデル・ヴァイス様がずっと先延ばしにされていた、『魔王族の儀式』をせねばなりませんな」
ギリッ、と魔王が歯噛みをする音が聞こえた。
「……好きにしろ」
エーデル・ヴァイス様はそれだけ言って背を向ける。
弟が回復したというのに喜びもせず、そのまま去っていく。
その背中は相変わらず威風堂々としていたが、わたしにはなぜか通夜の帰りのように見えた。
ブラッドジャックさんはスノーバード様を部屋へと連れ戻していった。
わたしはようやく立てるようになったのだが、そこにはデモンブレイン様だけが残っていた。
デモンブレイン様はいつも春の日差しのようなまなざしをしている。
しかしわたしに向けられたのは、彼の瞳の青さをいちだんと引き立たせるような、冷たい視線だった。
「リミリアさん、なぜ、わたくしの言いつけを守らなかったのですか?」
「ごめんなさい、デモンブレイン様。元気のないスノーバード様を見ていたら、つい……。
でも、ポトフのおかげでスノーバード様は元気になったんですよ。
それなのになぜ、エーデル・ヴァイス様も、デモンブレイン様もお喜びにならないのですか?」
そしてわたしは、デモンブレイン様から衝撃の事実を聞かされる。
魔王軍の王族というのは、12歳になると『魔王族の儀式』を受けなくてはならないという。
それは『魔人兵』と呼ばれる魔王軍の強化兵士と戦い、勝利しなくてはならない。
『魔人兵』ならわたしも知っている。
魔王軍の魔法技術によって開発された、魔力によって動く人形、いわゆる『ゴーレム』タイプのモンスター。
相手が人間の兵士の場合、魔人兵1体で50名クラスの小隊すら全滅させる、恐るべき殺戮兵器だ。
スノーバード様は病弱で歩けないことを理由に、この『魔王族の儀式』を14歳まで先延ばしにしてきた。
『魔王族の儀式』を行なわなければ王族とは認められないが、生きながらえることはできる。
「スノーバード様は魔族に生まれながらにして、戦闘技能がまったくないのです。
言うなれば彼は、ただの人間と同じといっていいでしょう。
ですから王族とは認められなくても、病弱なままずっと暮らすのが幸せだった。
でもリミリアさんが与えてしまったのです、自らの足で立てるだけの力を。
わかりますか、この意味が」
デモンブレイン様の言葉は、千の針のようにわたしに突き刺さる。
「スノーバード様に、生きる希望を与えてしまったのです。
でもその希望を抱いたとたん、スノーバード様は死ななくてはならない……。
それがどれだけ残酷なことか、あなたにはわかりますか」
「い……生きる希望を与えるのが残酷だなんて、そんなのおかしいです!
『魔王族の儀式』なんて、やめちゃえばいいだけじゃないですか!」
「それはできません。魔族は強さこそが全てだからです。
強さを示すことをやめてしまったら、民の統制が取れなくなり、この国は滅びることでしょう。
エーデル・ヴァイス様があなたを殺すのをやめたのは、死にゆくスノーバード様への、最後の手向け……。
『魔王族の儀式』の日までは、せめてスノーバード様のおそばにいてあげてください」
デモンブレイン様はそう告げると、わたしに静かに背を向ける。
彼がわたしに背を向けたのは、これが初めてのことであった。




