13 美少年との逢瀬
わたしは気が付くと、スノーバード様の部屋にいた。
厨房にいた時は、デモンブレイン様とヴェノメノンさんがわたしを挟んでなにかやっていたけど、わたしは無我夢中で喚いてヴェノメノンさんの腕から抜け出し、なんとかポトフだけをよそって外に飛び出していた。
グチャグチャの頭のまま廊下を走り、スノーバード様の部屋へと飛び込む。
おかげでスノーバード様からもこんなことを言われてしまった。
「リミリアさん、今日はどうしたの? いつも時間ぴったりに来るのに遅れてくるなんて」
「ごめんなさい、ちょっと仕事でトラブルがあって……」
「ううん、別に怒ってるわけじゃないんだ。リミリアさんに何かあったのかって心配で……顔、真っ赤だよ?」
わたしはハッと顔に手を当てる。カイロみたいにカッカしている。
部屋にあった鏡台に目をやると、わたしのほうが病人みたいな顔だった。
頬は上気して瞳は潤み、髪は乱れている。
わたしはあわてて髪を整えた。
「今日は遅くなってしまったから、もう帰りますね。
食器は明日取りにきますから」
「えっ、来たばっかりなのにもう行っちゃうの?」
「ええ、もうそろそろ先生の検診がありますから」
この城に勤めている医師が、スノーバード様の容体を見るために1日1回やって来る。
わたしがポトフの差し入れをしているのは秘密なので、鉢合わせたら大変なことになる。
わたしは不満を漏らすスノーバード様をなだめながら、部屋の外に出ようとしたのだが……。
扉の向こうから、こんな声が聞こえてきた。
「おや、エーデル・ヴァイス様、こんな所でどうされましたかな?
スノーバードのお見舞いですかな?」
「ブラッドジャックか。たまたま通りかかっただけだ。
それよりも、スノーバードの容体はどうだ?」
「それが、ここ数日で見違えるようにお元気になりました。
このまま行けば、歩けるようになる日も近いかもしれませんなぁ。
どうですか、一度くらいはお見舞いに……」
「いらん」
「そうですか、それでは私はこれで」
わたしはつい聞き耳を立ててしまったが、ブラッドジャックと呼ばれた医者が部屋のドアノブを回したのを見て、総毛立った。
み、見つかっちゃう……!
そう思った途端、わたしは反射的に身体が動いていた。
扉のそばに飾ってあった大きな立像を、火事場のバカ力で倒す。
……どっしーん!
部屋の扉を物理的に塞いで時間稼ぎをしたあと、隠れられそうな場所を探す。
クローゼットを開けたり、トカゲみたいにしゃがんでベッドの下を覗き込む。
突然の奇行の連続に、スノーバード様は唖然としていた。
しかしすぐに我に返って、ふとんをめくりあげていた。
「リミリアさん、ここに隠れて!」
「えっ、でもそんな所に隠れたら、ご迷惑になるのでは……?」
他の場所に隠れて見つかってしまった場合、わたしがこっそり不法侵入したと言えばスノーバード様には迷惑がかからない。
しかし布団の中にいるのが見つかったら、スノーバード様は完全に共犯になってしまうだろう。
わたしは迷ったが、スノーバード様には迷いがなかった。
「いいから! ボクがなんとか誤魔化してみせる!
リミリアさんにはずっと助けられているから、今度はボクが助けたいんだ!」
わたしはその言葉に手を引かれるように、スノーバード様のベッドに潜り込んだ。
「離れてると不自然に布団が盛り上がるから、もっとぴったりボクにくっついて!」
と言われ、わたしはスノーバード様にぎゅうとしがみつく。
部屋の外では、検診に訪れたブラッドジャックさんが扉を力ずくで押し開けていた。
「うぬぬ……。やっと開いた。
大きな音がしたと思ったら、像が倒れているではないか。地震があったわけでもないのに……」
「うん、ヘルがいきなり現れて倒していったんだ。ボクもびっくりしちゃった」
「やれやれ、ヘルの仕業だったのか。
キミにケガがなくてなによりだ。倒れた像は使用人を呼んで片付けさせよう。
それよりも、具合はどうかね?」
スノーバード様の名演技と、とっさの機転のおかげで、像が倒れた不自然さについては誤魔化せたようだ。
会話の中に出てきた『ヘル』が何者かはわからないが、わたしは彼に罪をなすりつけたことを心の中で謝罪する。
しかしわたしが正常に思考できたのはそこまでで、そこからは一瞬にして熱暴走してしまった。
なぜならば、男の人のベッドに入るのは生まれて初めてのことだったから。
しかもわたしから抱きしめるなんてことをしているものだから……。
スノーバード様の、力を入れると折れそうな身体もさることながら、あどけなさと男らしさの中間ある肌の匂いが否が応にもドキドキさせられる。
そして今さらながらに、わたしはスノーバード様のあるセリフを思いだしていた。
『いいから! ボクがなんとか誤魔化してみせる!
リミリアさんにはずっと助けられているから、今度はボクが助けたいんだ!』
あの時のスノーバード様の顔は、心臓をわし掴みにされるくらいりりしかった。
ああっ、わたしってばなに考えてるの、相手はまだ子供なのに……!
そこにさらに、ヴェノメノン様から抱きしめられたときの感覚が蘇ってくる。
身体の内にくすぶり残っていた炎が、ボッと再燃して……。
未曾有の業火となって、わたしの身体を焦がすっ……!
……ごろごろごろっ、ばったーん!
わたしはすっかりのぼせあがってしまう。
気付くとベッドから転がり落ちていて、天井がグルグル回転するほどに目を回してしまっていた。




