表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/49

01 婚約破棄はいいけれど

 わたしは貴族であるバーンウッド家の長女として生まれ、リミリアという名を授けられた。

 両親はわたしを王族に相応しい女にするために、わたしを幼い頃から厳しく育てた。


 文武両道はもちろんのこと、芸術やスポーツ、家事やサバイバル術に至るまで、わたしをお稽古ごと漬けにした。

 そうしたら一流の娘ができあがるかと思われたのだが、漬物石をどけたら出てきたのは大根のような娘。


 そりゃそうだ。

 同じ歳の女の子が青春を謳歌している中、わたしはずっと習い事だったんだから。


 その頃のわたしは15歳。髪は幼い頃から変わらないおかっぱ頭で、服装はおばあちゃんみたいだった。

 東の国には服装こそ違えど、わたしみたいなナリのオバケがいるらしい。『座敷わらし』っていうんだって。


 そしてわたしをこんな風にした両親の作戦は、ある意味間違いではなかった。

 わたしの地味なビジュアルはこの国、ゴールドブレイブ帝国の帝王であるキングヘイロー様のどストライクだったようで、ぜひ息子のシューフライの嫁にということになった。


 いわゆる、『婚約』というやつだ。

 それからわたしは花嫁修業と称し、王城で暮らすようになる。


 慣れない暮らしにいろいろ失敗はあったけど、お稽古ごと漬けの毎日に比べ、お城での暮らしはわりと楽しかった。


 わたしはシューフライ様の秘書を買って出る。

 シューフライ様の専属コックとして、メイドとして、身の回りの世話をした。


 大臣たちはもちろんのこと、騎士や兵士たち、使用人やお庭番の人たちとも仲良くなるよう努力をした。

 お稽古事で身に付けた知識や能力で、この国を支える人たちのために、少しでも役立てるようがんばったんだ。


 だってそうすることで、シューフライ様に気に入っていただけると思ったから。


 でも、それは大きな間違いだった。

 男の人を喜ばせるには、それじゃいけないんだって。


 わたしはそれを、18歳にして初めて知った。

 処刑台の上で。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それは、満月の夜。

 そこは、王城からすこし外れた場所にある『獄門塔』。


 ここは敵国の王族などを捕らえたときに幽閉する施設で、屋上は処刑場になっている。

 その屋上にある処刑台に、両手両足を拘束される形で、わたしはいた。


「あの、これはいったい何のマネですか?」


 わたしは目の前にいるシューフライ様に尋ねる。

 いまこの場所には他には誰もおらず、わたしとシューフライ様のふたりっきり。


 シューフライ様はウェーブのかかった長い髪に、帝王の息子らしい傲慢不遜な顔立ちをしている。

 派手好きなので、演劇での主役のような、フリルだらけで金の刺繍と宝石がちりばめられたコートを着ていた。


 薄暗い屋上でもキラキラ光っているシューフライ様は、目を伏せたまま辛そうな声を絞り出す。


「許せ、リミリア……! 魔王軍の侵攻を止めるためには、こうするしかなかったんだ……!」


「どういうことですか?」


「お前を魔王軍に差し出せば、今の侵攻は止まるんだ、わかってくれ……!」


 『魔王軍』。正確には『シルヴァーゴースト帝国』だが、この国では『魔王軍』と呼ばれている。

 なぜならば、『世界に帝国はふたつもいらない』という考えからである。


 『魔王軍』は魔王と呼ばれる人物が統べている魔物たちの国で、このゴールドブレイブ帝国に唯一、反旗を翻している国でもある。


 国家の規模としてはゴールドブレイブ帝国のほうが圧倒的に上。

 しかしシルバーゴースト帝国には人間離れした魔物たちが数多くいるので、軍事力としては均衡。


 そのため、ゴールドブレイブ帝国にとっては目の上のたんこぶであった。

 そして、堂々とした抵抗勢力が存在しているのは、世界を統べる帝国としてはいかがなものかと、ずっと問題視されている。


 わたしはすぐにシューフライ様の意図を理解した。


「なるほど。わたしを貢ぎ物にして、密かに魔王軍と裏取引をしようというわけですね。

 魔王軍の侵攻が無くなれば、シューフライ様の手柄になりますから……」


 するとシューフライ様はバッ! と顔をあげる。

 血走った眼で、わたしの頬をガッ! と掴んだ。


「そういうところが我慢ならねぇんだよっ!

 なんで処刑台にかけられてるってのに、そんなに冷静なんだよっ!?

 それになんで裏の意図まで当てちまうんだよっ!?

 怖くねぇのか!? 女だったら普通、キャー! とか、 助けてー! とか叫ぶだろうが!」


 わたしは感情表現に乏しいタイプだ。

 元来の性分もあるのだろうが、感情をみだりに出すのはレディらしくない、っていう古いタイプのお稽古をさせられてきたせいだろう。


 しかしわたしは希代の女傑などではなく、普通の女の子なので処刑台にかけられて怖くないわけがない。


「当然、怖いです。それに叫んで助けが来るのであれば叫びます。

 でもこの塔に来たとき、入口にいるはずの見張りの兵の姿が見当たりませんでした。

 これは人払いが済んでいることを意味するので、大声をあげても誰も来ないと思ったのです。

 そしてこの周到さから考えて、シューフライ様おひとりでなさっていることではありませんよね?

 協力者が何人かいて……」


「だからそういうところがずっとムカついてたんだよっ!

 女のクセに冷静で、何かっていうと出しゃばりやがって!

 女なんてのはなぁ、着飾って男の隣で笑ってりゃそれでいいんだ!

 テメェのその髪型はなんだ!? ガキか!? その服装はなんだ!? ババアかっ!?

 テメェが陰でなんて呼ばれてるか知ってるか!? 『ジミリア』だ!」


 それは知っていた。

 一部の貴族のお嬢様方は、わたしを面と向かって『ジミリアさん』って呼んでたから。


 アレは言い間違えてたわけじゃなくて、意地悪から来るものだったのか……。

 わたしは他人の悪意に少し疎いところがある。


 シューフライ様はどうやらわたしにかなりの不満を感じていたようだ。

 たまりにたまっていたものを爆発させるかのように、わぁわぁとわめき散らしている。


「女は男を敬い、男を立てるもんだっ!

 女ってのはなぁ、男を気持ち良くするために生まれてきた生き物なんだよっ!

 テメェの妹たちはそのことをよーくわかってる!

 姉のテメェが持ってないものを、妹たちはぜーんぶ持ってるんだよっ!」


 わたしには7人の妹がいるのだが、わたしと違って自由奔放に育てられてきた。

 おかげで驚くほど世間知らずで何もできないのだが、男の人にはやたらとモテた。


「テメェを魔物どもの生贄にすりゃ、俺様の手柄になって、イケてる妹たちと婚約する口実も作れる!

 『婚約破棄』ってやつだ! どうだ、悔しいか! ぎゃっはっはっはっはっはっ!」


「妹たちと婚約してくださるのであれば、わたしとしては『婚約破棄』はぜんぜん構いません。

 そして、わたしを魔王軍に捧げるのは、わたしに目をかけてくださったキングヘイロー様を納得させるためですよね?

 でしたら、もっといい手がありますから、こんなことはおやめになって……」


 シューフライ様は高笑いしてたのに、いきなり頭を押えて悶絶する。


「ぐぎゃあああああっ! だから裏の意図を当てるなって言ってるだろうがよぉぉぉぉっ!

 テメェと話してると頭がおかしくなりそうだっ!

 とっとと魔物を呼び出す儀式をやってやらぁ!」


 それからシューフライ様はわたしがなにを言っても聞く耳を持たなくなった。


 処刑台のそばにある手押しのレバーをグルグルと回転させると、処刑台の台座がせりあがり、わたしは冷たい夜風に晒される。

 処刑のときはこうやって高い位置に晒されて、まわりの広場から見えるようにさせられるんだ。


 しかし今は夜だし、そもそもこれは処刑ではないのでまわりには誰もいない。

 周囲には夜の闇が広がるばかり。


 ふと、眼下で赤い光が立ち上った。シューフライ様が床に描いた魔法陣だ。

 あの魔法陣はわずかに光るだけだが、人間の眼には見えない光線を空に放つというもの。


 『魔王軍』においては、狼煙の代わりに使われているらしい。


 しばらくして、夜の闇に紛れるような漆黒の悪魔たちが現れる。

 コウモリのような翼をはためかせた彼らは、『魔王軍』の兵士だ。


 すでにシューフライ様との間で話がついているのか、空飛ぶ兵士たちはわたしを処刑台ごと抱え上げると、『魔王軍』の本拠地であるシルヴァーゴースト帝国に向かって飛んでいく。

 足元からは、狂ったような笑い声が追いすがっていた。


「これで『婚約破棄』だっ! ざまあみろっ!

 すました顔をしていても、本当は悔しいんだろ! 悲しいんだろう! 泣き叫びたいだろうっ!?

 なんたってこの俺様から捨てられたのだからな!

 ぎゃっはっはっはっはっはっ! ぎゃーっはっはっはっはっ!」


 わたしは生まれて初めて空を飛んだ。空を飛ぶのは子供の頃からの夢だったんだ。

 わたしは童心に帰ったような気持ちで、ひとり思う。


 捨てる神もあれば、拾う神もいるのだなぁ、と。

読み切り版が好評でしたので、連載にさせていただきました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ありがとうございます(*゜▽゜)ノ わくわくしますね((o(´∀`)o))ワクワク [一言] よろしくお願いしますm(_ _)m
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ