2.中編
それからマルグリットはクリステーヌの宮殿で生活する事になった。
マルグリットは貴族令嬢には珍しく表情が豊かで、また所作も至らぬところが多々ある平民のような令嬢であった。
そこが国王にとって新鮮に感じたのかもしれないが、城に仕える侍女達の方が余程礼儀を弁えているのではないかとクリステーヌは思う。
目の前に座り大きく膨らんだ腹を愛おしそうに撫でているマルグリットはクリステーヌの視線に気付くと笑顔で言った。
「もういつ産まれてもおかしくないそうです。王妃殿下がいらっしゃらなければ、私はこの子を産む事が出来なかったと思います。本当にありがとうございます」
確かに他の側室が居る宮殿ではマルグリット自身の命も無かったかもしれない。
彼女達は貴族としての矜持がある。尤も位の低い男爵令嬢に子が出来たのだ、到底許せるものではないだろう。
「全ては国王陛下のご意志です。わたくしはそれに従ったまで…」
それに…とクリステーヌは続ける。
「マルグリット。貴女の子が男児なら…離縁を願おうと考えています」
マルグリットは驚きのあまりポカンと口を開け、クリステーヌを見つめた。
「嫁いで2年。わたくしにはいまだ子がおりません。
側室達にも男児はおりませんから、貴女に男児が産まれれば、その子が世継ぎになる。
わたくしが正妃の座に留まることは、母国との関係にも影響があるでしょう。この国を守るためにわたくしは引くべきでしょう…」
クリステーヌは窓の外を見ながら哀しそうに笑う。
この国の王位継承権は第一子の男児にある。マルグリットに男児が産まれた場合、母国との架け橋になるべきであるクリステーヌは役割を果たす事ができない。
「王妃殿下がいらっしゃらなければ私とこの子はどうなるのでしょう」
クリステーヌが去った後の境遇を想像したのか真っ青になってマルグリットは尋ねた。
「男児であれば貴女が国母となる。…貴女には強くなってもらわねばなりません。これから先、貴女より身分の高い側室が男児を産まないとも限りません。…言いたい事はわかりますね」
他の側室に男児が産まれた場合、第一子である男児さえ居なくなれば、次いで産まれた男児に継承権が移る。マルグリットとその子が継承権を放棄したところで、結局は命を狙われる事になるだろう。
「私の子を王妃殿下にお守りいただく事は出来ないのですか?」
この先にある事を想像したのか、恐怖に震えているマルグリット。震えるマルグリットを静かに見つめながらクリステーヌは言った。
「母は貴女でしょう。母親が健在にも関わらずわたくしが母になる事は出来ません」
「…ではっ!女の子を産みます!女の子なら王妃殿下も留まってくれるのでしょう?」
男女の産み分けが出来るなら誰も苦労しないだろうに…クリステーヌは「女児であれば」と溜息をついた。
それからひと月もしない内にマルグリットは産気づき、産まれた子は男児であった。
そして子供が産まれた夜、マルグリットは城内にある塔から飛び降り命を絶った。