ただいま、かな?
「お疲れ様です。」
「はい。お世話になりました。」
礼儀よくお辞儀をして、高谷は牢獄をあとにする。門番は軽く会釈をして、またいつものように、どこかをじっと眺めるようにして黙り込んだ。
高谷は苦笑して頬を掻きながら、衣服などが入った荷物入れを持ち上げて柵の出口へと向かう。
繰り返された処刑、1つ1つを思い出し、高谷は斬られた感覚と、1発1発の処刑人の気持ちを考える。
何度も同じ人間を斬るなど、処刑人にとっては苦痛だったのかもしれない。現実で罰を受け続け、その苦痛から救うための斬首だ。
だと言うのに、何度斬っても苦しむだけの高谷を見て、処刑人は何を思ったのだろうか。
それは本人しか知らない。だがなんとなく、高谷もその気持ちがわかるような気がした。
例外、というものはいつだって付き物だ。それを得と捉えるか、そんと捉えるか。それが重要なのだろう。
彼女はどう思っただろう。気持ち悪いと内心で損を主張していたか。刀を振る練習になると内心で得を主張していたか。
そんなこといつまで考えたって分かるはずもないのに、高谷は不思議とその思考にのめり込んでしまう。
そして周りが見えなくなりかけたその時、
「高谷~!!」
「ッ………わぁ、たくさん連れてきたなぁ……」
出口の前。高谷とは反対側の柵の前に、『侵略者』の人々と、ヒバリ、ライト、ヒナ、リン、ルーネス、原野、サリエル、そして快斗が、元気よく手を振って、高谷の帰りを祝福していた。
「ハァ………感動しちゃうなぁ……」
友人達に帰還を喜ばれる嬉しさに浸りつつ、高谷は柵の扉をゆっくりと押し開ける。
「「高谷君!!」」
「高谷様。」
「高谷殿。」
「高谷お兄ちゃん!!」
「「高谷さん!!」」
見知ったメンツが、高谷に飛びつくように群がる。「わぁ、」と声を上げて高谷は驚いた。
「な、なにさ。皆そんなに……」
「どこも痛くない!?大丈夫!?首斬られたんでしょ!?もう大丈夫だから!!」
「う、うん……。」
原野が高谷の首を勢いよく叩き、腕を掴んでブンブンと振り回す。もげそうになる腕を諦め、高谷は原野を宥める。
「もう!!心配したんだから……本当に……。」
「うん。ごめん。心配してくれてありがとう。」
怒ったような泣きそうな顔の原野に、謝罪と感謝の言葉をかける。原野は納得したように頷いて、「次は相談して!!」と鼻をつついて戻っていく。
「俺は『不死』だから心配なんて必要ないのになぁ………」
「それ以外でも心配してんだろうよ。あいつは。」
頭を搔く高谷の横に並んで、快斗は面白がるように笑って原野の背中を眺める。それから直ぐに高谷に向き直って、
「まぁ、俺が言うのもなんだけど、おかえり、ってな。」
「うん。ただいま、かな?」
苦笑いの快斗に苦笑いで返して、高谷は皆に続いて歩き出す。
「高谷様!!」
「ん?」
「あれは………」
と、そんな高谷を1人の女性が引き止めた。背が高く、長い髪をポニーテールに纏めたその人は、
「ルージュさんじゃないですか。」
「は、はい。」
処刑されかけたルージュだった。
「何か用ですか。」
「あの、助けていただき、ありがとうございます。この大恩は必ず、何かしらの形で……」
「いや、別にいいんですけど……」
早口に言われ続け、高谷は重要部分を切り取って理解する。
「大恩って……」
「斬首という苦しい刑を、私のために30回受けてくださったんです。決して、この恩を返さない訳には……この命に変えても……」
「急に重たくたったなぁ……」
頭を深々と下げて淡々と述べていくルージュに、高谷は若干引き気味だ。
「まぁ、恩はなんでもいいんですね?」
「はい!!慰めるのにも、踏みつけるにも、ここで殺すにも、どうぞお好きに……。体には自信があります!!」
「そんな性奴隷みたいな扱いはしないよ。」
最低な自分の扱いを望むルージュに呆れつつ、高谷は顎に手を当てて考える。快斗はその耳に小さな声で呟く。
「どうせだったらもう性奴隷として貰っとけよ。」
「なんでそんな最低なことしなきゃならないのさ。」
「だってよ。あのスタイル見てみろよ。男児の夢だぞ。ルーネスさんと同じくらいだ。」
「ん……確かに……」
耳元で囁かれる甘い言葉に、高谷は徐々に流されるが何とか思考を戻し、高谷は思いついたように指を鳴らして、
「じゃあ、この先で俺が求めた事を1つだけ、反論も何もなしに受け入れてください。」
「そ、そんなことでいいのですか?」
「うん。別に構わないよ。斬首も……いい経験とは言えないけど、なかなかない物だからね。ポジティブに捉えていこうってことさ。じゃあ、そういうことで。」
そう言うと、高谷はそそくさとルージュの前から去っていく。快斗が「勿体ねぇ!!」と叫びながら高谷について行く。皆もそれに続き
、ルージュの前にはルーネスだけが残った。
「じ、女王様……。」
「今はルーネスでいいです。」
「ね、姉上……。」
「高谷様の慈悲に溺れましたね。」
「………はい。」
ルーネスの言葉に、ルージュは忝ないという様子で頷く。ルーネスは「ふぅ……」とため息をついて、
「良かったですね。高谷様がお優しい方で。」
「優しいなんて物じゃないと思います。あの方は、慈悲深すぎる。」
「そうですねぇ……」
頬に手を当てて、ルーネスは歩いていく快斗と高谷の背を眺める。
「ルージュは、高谷様になんと言われると思っていたのですか。」
「………服を脱いで四つん這いになれと。」
「どんなプレイですか。高谷様はそんなこといたしませんよ。」
「確かに、そうですね。」
軽く笑うルージュを見て、ルーネスは「ふふ。」と微笑んで、
「ルージュは笑った方が綺麗ですよ。」
「いきなりなんですか。」
「いえ。これからの為のアドバイスとして受け取ってください。」
「これからの為のアドバイス?」
ルーネスの言葉をオウム返しに聞き返すルージュの唇に指を当て、ルーネスは快斗の真似をしてウィンクをする。
「高谷様を手に入れるための、ですよ。」
「ッ!!」
ルーネスの言葉に、ルージュは驚愕1色で染まった表情になり、その場から1歩下がる。
「て、手に入れるため……とは?」
「冷静を装っても分かりますよ。」
「な、何を言って……」
「高谷様にゾッコンなんでしょう?」
「そ、そんなわけ……!!」
「高谷様との会話で、あなたの心拍数は著しく増加しています。そして、頬が赤くなるのが見えれば、誰だって気づけますよ。」
「ッ!?」
「あなたという人は、隠すのが下手くそですね。」
「あ、姉上はオープン過ぎるのです!!」
「私は一途な思いを口にしているだけです。これが普通だと思うのですが?」
「普通じゃありません!!」
ルーネスの軽口に食らいつくようにルージュが反論する。
「そうカッカとならないでくださいよ。せっかくの美人が台無しです。」
「ま、また話を逸らすのですね……」
「とにかく、高谷様を手に入れたいのならば、まずは笑顔と、『愛してる』の言葉です。一緒に練習しましょう。」
「絶対に嫌です!!私はそんな言葉を口にできる根性は持ち合わせておりません!!」
「あら。残念。」
ルーネスは悩むように首をかしげながら城へと歩いていく。ルージュもそれに続く。
「快斗様は、『愛してる』と言う度に喜んでくれますよ。高谷様もきっとそうです。」
「ですから、私は高谷様のことをそんな……」
「そんな装いはいいですから、高谷様をルージュに惚れさせる方法を考えましょう。取り敢えず、『愛してる』からです。」
「姉上それ好きですね!!それと、私は断じてそんな言葉を言いません!!」
ルージュは顔を俯かせて、
「20代後半の女性が、よくそんな言葉を……」
「何か言いました?」
「い、いえ……なんでもございません姉上。ですから、その殺気を私に向けないで下さい!!姉上!!謝りますから!!誠心誠意謝りますから!!」
のしかかる殺気に振るえて、ルージュがルーネスの前から逃げ出す。
「逃がしませんよ。しっかり調教しましょう。」
その後をルーネスが負う。年甲斐もなく屋根の上を走り回る2人。ルーネスは覚醒した体を駆使して容易にルージュに追いつき、ルージュは『銀閣』を発動してさらに逃げる。
「久しぶりのかけっこですね。本気で行きましょう!!」
『金閣』を発動したルーネスがルージュを追う。高速にすぎていく景色。様々な形状の家を駆け抜けるのは、かなりの体力を要し、この後の2人は、揃ってくたびれ果てていた。
だが、この疲れや汗がなぜだか懐かしく感じられ、2人は姉妹としての初めての思い出を噛み締めるようにして、仲良く城の大風呂へと向かっていった。
その後、高速に走り回る2人の女性は、王都のあちらこちらで目撃され、後に『女王に歳を聞くことなかれ』ということわざが出来上がるほどに有名となった。
これを聞いた快斗は、「確かに」と納得してしまったのだという。
ちなみに意味は、言葉を選ばずに話せば、いつしか逆鱗に触れてしまうため気をつけろ、というものだった。