王宮騎士『悪魔』
「んんん……あぁ………」
晴天の光を浴びて、高谷は大きく背伸びをする。後ろには石造りの地下に続く牢獄の入口がある。
背中の方から流れてくる冷たい空気を背に、高谷はゆっくりと処刑場へ向かう。
「ハァ………」
処刑日は今日で最後。残り6回の死の苦痛を耐えぬば、今まで通りの生活に元通りだ。
だが、そう考えたとしても、やはり首を刎ね飛ばされる感覚を思い出すと憂鬱になってしまう。
だが、自身で言い出した訳であり、投げ出すことなんてするはずが無かった。
舌を噛み、無意味に痛みに慣れようとする自分が情けない。男としての度胸があまりない高谷は、勢いよく頭をかいて、舌を噛み切る。
血が流れ、地面に滴る。周りの人々はギョッとした目で高谷を見つめ、(なんだあの人か。)と割り切る人もいれば、(何をしているの!?)と驚愕する者もいる。
「ハァ……ハァ……やっはり、ほれほりも痛いんだよな。処刑。」
舌が少しずつ治っていき、呂律が元通りになっていく。
口元にたっぷりついた血を拭い、高谷は血まみれになってしまった服を揺らして、遂に処刑場の前についた。
「高谷様。お待ちしておりました。」
「正直、その待たれる理由は最悪なものですけどね。」
入口前に立つのは、処刑場に通う高谷といつの間にか仲良くなったロンゼルという女騎士だ。
「大変ですね。」
「ロンゼルさんは軽く言いますね。」
首刎ねを見ても動じることがなかったロンゼルは、その死に対しての言葉を軽いもので済ませる。
苦笑しか出来ない高谷は、ゆっくりと開けられる扉を忌々しげに見つめる。
「怖いですか。もう何度もやっているというのに。」
「死は慣れるものじゃないんですよ。何度やったって怖いです。」
人間としての真っ当な答えに、ロンゼルは頬を綻ばして、
「あなたはいつか報われるはずです。訪れる幸福の前の、1つの不幸として割り切りましょう。」
「そんな楽観視ができるのなんてロンゼルさんだけですよ。」
高谷はロンゼルと別れ、扉の中に入っていく。石の壁や天井に囲まれた閉塞感のある通路を越え、開けた場所に出る。
その奥には、刀を握った処刑人と、猿轡と目隠しを持った少女が立っていた。
高谷はフゥ………と息を着くと、
「よろしく、お願いします。」
「……こちらこそ。」
礼儀良くお辞儀をして、高谷が後ろに手を組んで座る。手は手錠のようなもので縛られ、口には猿轡が着けられ、目隠しで前が見えなくなる。
「今日も、舌を噛み切ったんですね。」
服に染み付いた血を見て、刀を持つ処刑人が呟く。高谷はその言葉に、首だけを動かして小さく頷く。
処刑人は苦い顔をしたあと、刀を掲げて、
「あなたに、多大な幸福と称賛が降り注がんことを。」
その言葉が紡がれた瞬間、一瞬のうちに壮絶な痛みが高谷を襲った。途端、小さな浮遊感を感じたあと地面に落下する。
(きら……れた……)
そう確信した瞬間、大きな焦りが生じる。死ぬのではないか、と。
「…………は……」
だが、高谷は死ぬことは無い。直ぐに元通りの体へと感覚が行き渡り、斬られたのであろう喉を唾が通過していく。
じんじんと痛む喉の感覚に震え、高谷は地面に倒れる。すると、口に付けられていた猿轡が取られ、目隠しは外されて視界が開け、手錠が解除されて手が自由になる。
「ハァ……ハァ……」
「ここで一旦、休憩です。落ち着いてください。」
処刑人は首を抑えて息をする高谷に語りかける。高谷はその声に目を覚まし、そして地面に寝転がる。
「ハァ……すみません……」
「お気になさらず、誰だってこうなるはずです。むしろ、正気を失わない者の方が少ないはずなのです。」
処刑人は刀を鞘に収め、高谷の横に座る。
「あなたは強い人だ。」
「だといいんですけど……ね。」
緊張から解放されてきた高谷は、荒い息を落ち着かせていく。微笑む処刑人の顔に高谷も苦笑して、ゆっくりと立ち上がる。
「次は9時ごろに致しましょう。それまでお休みください。」
「死亡宣告ありがとうございます。ハァ……」
立ち去っていく処刑人の後ろ姿を眺めながら、高谷は小さな声で歌う。
ふと、猿轡を抱えて片付ける少女と目が合った。少女は直ぐに目を逸らすと、せっせと荷物を纏めて走っていった。
「………速いなぁ。」
高谷は力なく呟いて、次の処刑まで、気長に待つことにしたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ふふふーん。違ぇな。ふふーふふーん。いや、ふーふふーん。………こんなもんか?」
「快斗さん。独り言が怖いです。」
王の間の中に座って、快斗は独り、鼻歌を研究中だ。その膝上にはリンが座っており、横には呆れ顔のヒナが座っている。
その他にも、真上に吊るされているシャンデリアを眺めている人や、サリエルの魔術の話題で盛り上がっている連中もいる。
そんな皆の前で、1つの槍が王の座に突き刺さった。
「静寂にお願い致します皆様。」
と同時に、入口の扉が開かれ、普段着を着たルーネスが悠然と王の座に向かって歩いてゆく。
槍を引き抜き、座の横に突き立て、ルーネスは王の座に座る。
「お久しぶりでございます皆様。ルーネスでございます。」
ルーネスは頭を下げて言葉を繋ぎ、槍を引き抜いて掲げる。
「皆様がご無事で何よりです。メサイア幹部の襲撃と聞いておりましたので、不安でしたが……快斗様ならば、怪我人を出さずに撃退できると信じておりました。」
「んあ?俺っていつの間にそんな厚い信頼築いてたっけ?」
「師匠、もしかして……」
目を瞑って祈るように言うルーネスに、ヒナが快斗とルーネスを何度も交差して見る。
ルーネスはそれを無視して話を続ける。
「皆様は今日から、『侵略者』。メサイアの代わりとなる、新たな正義組織の始まりです。王国側からは全力で支援させていただきます。」
ルーネスが指を鳴らすと、1人の兵士が銀色の箱を持ってくる。そして、ルーネスの横に立つと、村人達に見えるようにして箱を開けた。
「これは『侵略者』である事を証明するための指輪です。魔力と体力を上昇させる効果もついております。皆様、お手数をお掛けしますが、『侵略者』である時はこれを身につけてください。」
兵士が村人達の周りを歩いて指輪を渡していく。村人達は指輪をじっと見つめる者や、つけてははしゃぐ者もいる。
「そして、快斗様にはこれを。」
「んあ?」
もう1人の兵士が出てきて、快斗に小さな箱を手渡した。
「んだこれ。」
そう呟きながら開けると、
「これは~………」
「ピアスですね。」
箱の中に入っていたのは、1つのピアスだった。
「指輪にしようと考えたのですが……快斗様にはピアスの方が似合うと思いまして。」
「どういう?」
ルーネスが言う理屈がよく分からなかったが、快斗は耳に爪で無理矢理穴を開け、ピアスを付けた。すると、
「おおお?」
耳に空けた穴の痛みが消え、快斗は傷が治っていくのを感じた。
「生命力吸収、回復の効果を持つピアスです。王宮鍛治職人が作り上げた最高級の装備でございます。」
「え?そんなん俺が貰っていいのか?」
「快斗様は、今回、魔獣ニグラネスにトドメを指した剣士として認められました。王国を救ったのですから、この程度は当たり前です。むしろもっと称えるべきなのです。」
「師匠、ちょっと過激になってません?」
行き過ぎる話に、ヒナが若干引き気味になる。ルーネスはコホンと咳払いをして、
「とどのつまりは、快斗様にはそれ相応より下の報酬が与えられたということです。」
「いや、これで十分だと思うんだが……」
「今回のメサイアの騒動を沈めたのも快斗様です。ですから、私から王に直談判致しました。」
ルーネスは槍をコンコンと叩いて、
「その結果、快斗様は『侵略者』の組織長に任命されました。」
「え?」
「皆様も、快斗様にならついて行くでしょう。王宮騎士『悪魔』の位にして、『侵略者』を率いる……素晴らしいです。」
「ちょっち聞きなれない単語がいくつか入ってたんだが!?」
王宮騎士『悪魔』。謎の位をいつの間にか手にしていた快斗は、驚きで目を見開いた。
ルーネスはその反応に微笑んで、
「良かったですね。」
「なにが!?」
何もかも理解していない快斗は、その場でずっと驚いているしか無かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて、時は経ち、その日の夜。
エレスト王国の国民達は、揃って魔映水晶を見つめていた。魔映水晶は、現代で言うTVだ。その中には、
「えっと……なんだっけ……どこに向かえばいいんだっけ?」
「天野が向かうのはあの台座だ。ルーネス殿から剣を頂けばいい。」
着慣れない豪華な服を見に纏い、しどろもどろになる快斗と、その横で快斗をゆっくりと補佐するヒバリが映し出されていた。
そして、今快斗達が全国民に見守られながら何をしているのかと言うと、それは勲章式だ。
「ま、前ね。了解了解。」
快斗はぎこちなく歩きながら、赤い絨毯の引かれた階段を上っていく。視線の先には、誇らしげに微笑んでいるルーネスと、壁に勝てかけられたリドルが見える。
「快斗お兄ちゃ~ん!!!!」
「んお?」
その横から、元気よく手を振るリンが見えた。小さなドレスを身につけたリンの可愛げのある行為に、快斗も自然と緊張が和らぐ。
「行くぞ。天野。」
「ん。今度こそ了解。」
凛とした声が耳を揺さぶる。快斗は力強く頷くと、真っ直ぐに前を見て階段を上る。
そして、ついにルーネスの前に到達した。王冠を被り、薄緑色のドレスを着たルーネスの前に、快斗が跪く。ヒバリはそれを見ると、階段から逸れて観衆の中に入っていく。
「いつでもいいぜ。ルーネスさん。」
「ふふ。では、始めますね。」
ルーネスは手に持つ剣を天高く掲げ、
「王国に降り注いだ厄災を斬り裂いた救世主。異世界からの来訪者。天野快斗に、王宮騎士『悪魔』の位を与える。」
ルーネスは快斗の首の右横に剣の刃を落とし、
「今ここにあるのは、国民の感謝と歓喜。」
ルーネスは剣を上げ、今度は首の左横に刃を落とし、
「汝は我らに救いをもたらしました。その功績、実績、そしてなにより、その心に、感謝を。」
剣をもう一度掲げ、それから快斗に剣を差し出すように持ち替える。快斗はなんとなく、その剣を両手で受け取った。
「天野快斗様。」
「ん。」
快斗はルーネスの言葉に顔を上げる。ルーネスはその顔を見て、これ以上ないと言えるほどに笑って、
「よく、やってくださいました。」
短くそう告げた。快斗は、その小さくも重みのある言葉を受け取って笑う。観衆は皆拍手喝采で、快斗を称える。
「快斗様。」
「ん?」
「愛しています。」
「…………へあ?」
耳打ちするように言われた一言に、呆気に取られたように情けない声を出す快斗。ルーネスは微笑みながら、快斗の頭を撫でる。
撫でられる感触を、快斗は数秒目を閉じて堪能する。それからすぐに目を開いて、
「今、なんて言った?」
「何度も言いませんよ。恥ずかしいのですから。」
「ふぅむ。さっき聞こえた言葉が、聞き間違えじゃなければいいんだけどな。」
「きっと、聞き間違えじゃありませんよ。ふふふ。」
笑い続けるルーネスを見て、快斗もつられて笑う。観衆は皆、花束を投げつけて、冷やかすように笑っている。
「そういや、ルーネスさん。なんで女王みたいになってんの。」
「あら。聞いておりませんでしたか?私は宴の時に、女王に任命されたと申したはずですが。」
「………マジ?」
酔いつぶれて聞いていなかったことに気がついて、快斗は頭を掻き毟る。
それから壁に立てかけられたリドルを見ると、
「儂は確かに、宴の席でルーネスが女王になると宣言したぞ。」
「マジかよ。つか、俺女王様に愛してるって言われたんだけど。どうしよ。」
「即、結婚ですね。」
「早すぎる!!」
軽口とも取れない言葉に、快斗はツッコミを入れて保留まで持っていく。ルーネスは「残念です。」と呟いた後、
「私は快斗様の意識の隅にでも居られたら幸せですけどね。」
「今の時点でルーネスが隅っこにいる可能性はゼロに近い。むしろ今は真ん前にいるよ!!」
「あら。」
快斗の発言が嬉しかったのか、ルーネスは微笑んで快斗の頭を再度撫でる。
「なんでそんなに撫でるんだよ……。」
「快斗様は撫でられるのが好きでしょう?」
「犬みてぇな扱いだな。まぁ、否定しない。」
快斗はゆっくりとルーネスの手を振り払って受け取った剣を担ぐ。
「んま、女王様が惚れた悪魔として、国のために尽力しますよってな。」
「はい。お願いしますね。私を守ってください騎士様。」
「ん。分かった。その呼び方には一瞬ドキッとしたけどな。」
快斗はそう言って、階段を一気に飛び降りて、叫ぶ。
「うし!!異議あるヤツらは出て来い!!相手してやらぁ!!」
その言葉を聞いて、観衆が一気に静かになる。それらを掻き分けて、数人の兵士と冒険者達が、それぞれの武器を持って集まってきた。
「分かってるじゃねぇか悪魔。」
「悪魔ごときが……騎士団の団員になるなど……!!」
憎しみや嫉妬のこもった眼差し。決して少ないと言えないその視線が、快斗を貫く。
「あの罰を見せてもこんなもんなのか。」
処刑場での見せしめの罰を思い出し、快斗は開かない左目に触れる。それからニヤッと笑って、
「さぁて、誰からやる?」
「誰からも何も無い。全員でだ!!」
1人の兵士が強気に言い放つと、一斉に武器を持った者達が快斗に殺到した。
剣に黒い魔力を纏わせ、快斗は全ての攻撃を捌き、
「もっと本気で来やがれよ人間共!!」
と、これまた強気で叫んだのだった。いつまでも、ルーネスは口に手を当てて微笑んでいた。それはまさに、愛しいものを眺める穏やかな眼差しであった。