皆、ついてこい!!
次の朝まで、快斗は楽園で過ごすことになった。
「……………。」
大きな焚き火を囲い、その中で快斗は1人頭を抱えていた。
焚き火の中で燃え盛っているのは、アシメルとスティンの死体だ。ほぼ原型を保つ待ていないアシメルの体は溶けて分裂し、胸を貫かれたスティンの体は全身を均一に焼かれ朽ちていく。
「ハァ………」
「……誰も、あなたを責めはしませんよ。正当防衛なんですから。」
ため息をつく快斗に、ヒナが必死に短い手を伸ばして頭を撫でる。
少しずつ落ち着いてきた快斗は顔を上げ、目の前でキャッキャと遊び回る子供達と、それを見守る大人達の光景を眺めて笑う。
「まぁ、そうなんだが……なんつーか……」
「分かりますよ。私は、2人を殺そうとは思ってはいませんでしたが……それでも、もう死んでしまった人達は生き返らないのです。せめて、焼いてあげましょう。」
「ん。そうだな。」
快斗はヒナの言葉に頷いて夜空を見上げる。
「色々と、考えることが多いな。」
前世の道徳感想文を考える感覚を思い出しながら、快斗は今一度ため息を着く。
「そういえば、スティンって人は律儀な人でしたね。アシメルさんを救おうとしてました。」
「あぁ。分かりにくい想いだったけどな。」
快斗はスティンの魂から覗いた記憶を思い出す。
アシメルを救おうとしていたスティン。それは、快斗とヒナの合わせ技から救おうとしたのではない。
彼が真に求めていたものは、アシメルの死だ。
クレイムが死んだ事により、アシメルは少なからず責任を感じていた。
なんせ、『四番』の自分が、『八番』のクレイムを置いて生きているのだ。何もしていなかったに等しい自身が生きているのだ。
屍を踏み越えて生きていると言ってもいい。
そして何より、アシメルはクレイムに、特別な感情を抱いていた。
理由は明確ではない。ただ見た目が好きだったのか、性格が好きだったのか。
スティンの記憶の中には、その理由を描かれてはいなかった。誰にも明かさなかったことを、スティンが薄々で気がついていた、というところだろう。
スティンは、その束縛のようにアシメルを苦しめさせる感情に、どうにかアシメルを救おうとしていた。
彼が考えたのは、記憶を消すこと。しかし、それではあまり効果がない。仮に、クレイムの記憶をなくしたとしても、その部分を補えきれない世界の違和感に気がつき始め、直ぐに記憶が戻ってしまうだろう。なにより、スティンはアシメルに、自分のことを忘れられてしまうのが怖かった。
別の方法も考えた。それは、クレイム以外の、新たな恋人を与え、心を癒すこと。
しかし、それを実行することは無かった。スティンの気持ち的に、それはしたくなかった。
では、一体何がいいのか。血走る眼で日々、快斗を殺すと呟くアシメルを見て、スティンは苦肉の策として、最後の作戦を実行した。
それは、アシメルに死んでもらうこと。
簡単なことである。死ねば苦しいことは無い。ただそれだけだ。
少なからず、と言うよりは嫌な気持ちの方が他を上回ったが、スティンは自身の無力さに歯噛みしながら、
アシメルの食事に、『弱体化ポーション』と、『痛覚減少剤』、通称、麻酔を毎日少しずつ仕込んでいった。
快斗に対して、アシメルが本気でかかれなかった理由はそれだ。快斗がボロボロにアシメルの体を傷つけても、大して痛みを感じなかったのは、麻酔のおかげだろう。
そして、スティンがすることはもう一つ。それは、自身の死だ。
最後を、アシメルに捧げたい。その一心で、スティンはアシメルを無理矢理庇うようにして死んだ。
スティンは、目の前でアシメルが死ぬ光景を見れるほどの度胸がある人ではなかったのだ。
弱者なりの方法。強者として在れない自分への罰。生きていながら救うことが出来なかった自身への怒り。
その全てを乗せ、最後に思いっきり微笑んでスティンは死んだ。
彼はそれで十分だったのだろう。アシメルはそうはいかなかったようだが、少なくとも、快斗は2人は天国に行くと思っている。
天国での再開時2人は荒れに荒れるだろう。だが、そんな事が、スティンの望みであったのかもしれない。
「…………。」
後悔は、しない。どんな事情があろうと、どんな理由があろうと、快斗は残酷に、理不尽に、この世界の敵たちを斬り裂いて行く。
たとえそれが、仲間だったとしても。
「いつまで黙ってるんですか。ほら、『かれー』出来ましたよ。」
「……イントネーションがイマイチ間違えてる気がするんだが……」
「もう、すぐ揚げ足とるんだから快斗君は。」
嫌味を言いながらカレーの器を受け取る快斗に、寝てしまったリンを膝枕しながら優しく撫でるサリエルが微笑む。
男なら誰しも恋するであろうその笑顔に、快斗は心を落ち着かせる。
「その人は、快斗君を恨むかもしれないけど、それ以上に、私達の信頼の方が今は上。それを、あの人達もきっと理解してくれるから、自分を責めないで。」
「ん。出来るだけそうするよ。あとヤバいのは、サリエルがヒロインポジを確立していってる事だな。もう少しで惚れそうなんだが……」
「?」
「当の本人は無自覚と。」
「快斗さん。色々と大変ですね。」
なんやかんやで悩み事が尽きない快斗に、ヒナが慰めの言葉をかける。嫌味と取れるその言葉を忘れて、快斗は前世のカレーと全く同じ味の『かれー』を食べて満足する。
「味覚音痴の俺の証言でよくここまで再現出来たな。」
「快斗さんの言葉は当てにならなかったので、原野さんから聞き出しました。」
「あいつ、味覚冴えてるからな。」
前世、給食で出された肉じゃがに、「塩が足りない」と言って、原野は塩をかけていた。
快斗が真似してみると意外に美味しく、クラスの皆も真似をするようになった。それ以降、給食が出る度、原野の持ってくる調味料セットでの味調節が通例となった。
「原野さんは料理もすごく上手いので。解説も分かりやすかったですし、料理教室開けるんじゃないですかね。」
「同感。」
「原野ちゃんの料理は王国の料理人も負けるぐらいだったからね。宴での料理ほとんど原野ちゃんのやつだったし。」
「んあ?そうなの?どれも同じように美味かったんだが……」
「味覚音痴ですね。」
「味覚音痴だね。」
「2人して追い込むな!!」
「味覚……音痴……快斗、おにぃ……ちゃ、ん……」
「リンの寝言でさえ俺を罵倒するのか!?」
皆で弄る度、快斗はいつもの調子に戻っていく。自身でそれを自覚しながら、快斗はカラッと笑って『かれー』を食べ尽くしたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
翌日。と言っても、そこまで時間は経っていないのだが、
「さて、皆の衆!!刮目せよぉ!!!!」
早朝。快斗は楽園を作ったばかりの時のように皆の前に立って、大きな声で呼びかける。村人達が黒装束を身につけて集まってくる。
「あれ?俺それ着ろって言ったっけ?」
「皆の心のケジメでしょ。揚げ足取らないの。」
「取ってない。まぁ、いいや。うし!!」
快斗は手を叩いて、
「一気に本題に入るぜ。俺達、『侵略者』はついに!!エレスト王国公認の集団となった。」
その言葉に、村人達がザワつく。
「んで、この村の事を国王に話したら、村人達はエレスト王国に住んでいいんだとよ。つーわけで、いきなりだけど、エレストに皆を連れていきたいんだけど……」
村人達はザワつきを消し、快斗をじっと見つめる。残るのか、続くのか。
その迷いが生じるのは快斗は予想済みだった。なんせ、1からつくりあげた村なのだ。手放すのは少なからず抵抗があるだろう。
そんな中、1人、リンが元気よく手を挙げた。
「快斗お兄ちゃんはどっちに居るの?」
「んあ?俺?俺は……エレスト王国に居たいんだが………」
戦闘員の大部分があちらにいる為、快斗は出来るだけエレストにいたい。
その言葉を聞いた途端にリンは笑って、
「じゃあ、リンはそっちに行く!!」
「うお!?」
リンが跳んで快斗に抱きつく。いきなりの飛び込みを抑えた快斗が大きく転落する。
「そ、そんな簡単に決めていいのかよ。」
「うん。いい。快斗お兄ちゃんと一緒にいたい。あと、綺麗なお姉さん達に、快斗お兄ちゃんを取られたくない。」
「………早くねぇかな?」
快斗の顔に顔をずいと近づけて、リンは可愛い顔を更に可愛くさせて笑う。快斗はハァとため息をついて、リンを抱きしめたまま、空に浮かぶ。
「えっと、リンはこう言ってるみたいだけど、皆は?」
快斗がそう問うと、
「自分はエレスト王国に行きたいです。」
「私もです。」
「リンちゃんが行くのなら、私達も行きますよ。」
「快斗様について行きます。」
口々にそう言って、村人達は全会一致でエレスト王国に向かうと決めたようだ。
「え?マジ?リンの影響力ってすげぇな。」
「うん。マジ。私の影響力すごい。」
「自画自賛を覚えたんだな……まぁいい。」
快斗は気を取り直して、
「んじゃあ……全員こっちに来るってことでいいんだな?」
快斗の問いに、村人達は頷いた。快斗は苦笑しながら頬をかいて、
「それじゃあ、サリエル。よろしく頼む。」
「はいはい。それじゃあ皆、こっちに来てくださーい。」
サリエルが手を上げると、どこからか鎖が現れ、それが空中で円を作る。その円の中に、黄色く薄い光の膜が出来上がり、やがて大きく光り出す。
「これは『転移の扉』だよ。これに入ったら、エレスト王国まで一瞬で飛べるから、入って入って。」
快斗がサリエルを連れてきた理由は2つ。
1つ目は単にアシメルの実力が未知数だったため。
2つ目は、エレスト王国に戻るための手段を得るため。
何人かは連れていく予定だったため、普通に行くと時間がかかるので、こうして大人数でも転移できる技を使えるサリエルを連れてきたのだ。
「フゥ……うし。いいな。皆、俺についてこい!!」
快斗は後ろに続いてくる村人達を振り返ってそう叫んで、リンを抱きしめたまま、扉に向かって飛び込んだ。