正常者?
快斗が見たアシメルとヒナは、一言で言えば、
「危ねぇ!!」
それは死にかけているというわけでも、今まさに危機的状況という訳ではなく、服装の話だ。
思い出して欲しい。2人の元々の服装を。アシメルは普段から露出の激しいギリギリの服装だったわけであり、ヒナは戦闘状態になるとキワキワの服装に変えるため、体を隠すものがそもそも少なくなっている。
その2人が刃をスレスレで躱し続ければ、服が裂けてしまうのも仕方がない。とはいえ、
「もう、なんだ………出てるから。」
快斗は動く度に胸に付けられた衣服の隙間から現れる2人の……えっと、(自主規制)に魅いる前に目を逸らして俯く。
快斗はヒナに戦闘能力がある事に驚いたということなどすっかり忘れて、何度も何度も(自主規制)を忘れようとしても忘れられず、なかなか前に出ることが出来なくなっていた。なので仕方なく、
「リン。」
「ッ……快斗お兄ちゃん!!」
その先頭から避けるように隠れているリンを抱き上げた。
「怪我は……してるみたいだな。」
「うん。でも、痛くないから大丈夫!!」
リンは元気な声と笑顔で快斗に答える。快斗は「そうか。」と笑って、リンを下ろす。
「なぁリン。お前何故にそんなに身体中血だらけで………?」
「これ?これはね。攻めてきた大人の人達を殺した時の血だよ?」
「………What's?」
快斗は、リンから発せられた信じられない言葉に驚愕した。
「………何人殺った?」
「んー……5人くらい?おっきな斧で縦に斬ったの。」
「あの真っ二つの死体はリンの攻撃で生まれたものだったのかよ………。」
「うん。すっごく楽しかった!!」
「………リンにはこれから倫理感ってのを教える必要があるみてぇだな……。」
「?」
快斗が言えることでもないが、無造作に人を殺すことは楽しいと言ってはいけないような気がしたのだ。快斗はリンを後ろに回して、今度は(自主規制)に目がいかぬよう集中して戦闘を見る。
俊敏に動き回るアシメルは、ヒナよりも速い。薙ぎ払うように振るわれる鉈は、ヒナの肌を何度も切り裂く。
ヒナは驚く程の身体能力と柔軟さでそれらの斬撃を躱し、予想外の体勢何度も矢を打ち込んでいく。矢は真っ直ぐ飛ぶものもあれば、消えるものもあり、それがまた違う方向から現れたりする。
「ありゃ俺でも躱すのはムズいぞ。」
快斗が感心していると、
「快斗君!!ハァ……ハァ……」
「サリエルか。」
そのすぐ側に、サリエルが降り立つ。久しぶりの高速飛翔だったため、肩で息をしている状態だ。
「はや……すぎ……だよ……。」
「すまん。こいつらの事を思い出したら速度が出ちまった。」
「うん……まぁ、いいけど……この子がリンちゃん?可愛い。」
「む。快斗お兄ちゃんの彼女?」
「「違う。」」
サリエルがリンの頭を撫でると、リンはサリエルを警戒するように快斗の後ろに隠れて弱めに睨みつける。
快斗は頬をかいて笑うと、
「よっと。」
「わぁ!?快斗さん!?来てたんですか!?」
アシメルに蹴り飛ばされ、岩壁に当たりかけるところで快斗がヒナを受け止める。快斗はサリエルに振り返り、
「サリエル頼むぜ。」
「分かった。リンちゃん。来てね。」
「むー…….。」
「え?なんですかこの超美人は!!快斗さんいつの間に彼女作ったんですか!?」
「だから違ぇって。」
驚きの表情で快斗を見るヒナに、快斗が足元の石ころを投げつける。
「あぅ!?」という声を上げて、ヒナが後ろに倒れる。
「お前に戦闘能力があったってことの方が驚きなんだが?」
「私は半耳長族なんですよ。話してませんでしたっけ?」
「全く聞いたことない。」
マジかよ精神全開の快斗はヒナを呆れた目で見下ろす。
「こ、怖いですよ快斗さん……」
「ふふ。快斗君、ヒナが心配で飛んできたもんね。」
「え!?私のために!?いいことしてくれますね!!そうですかぁ!!私のことがそんなにs……」
「アァ?」
「ごめんなさいごめんなさい!!調子に乗りましたぁ!!」
イラついた快斗がヒナの小さな頭を潰すほどの力で握る。ヒナが涙目になって騒ぎ立てる。
「ハァ……」
「心配してたのは本当なのに、なんで当てられたら怒るの?」
「年頃の男児の照れ隠しぐらい感知しろよ。天使様。」
快斗は頭をかいて、
「ほい。」
後ろから飛んできた鉈を回し蹴りで蹴り落とす。
「んで?メサイア廃止の連絡は届いたと思うんだけど?」
「確かに届いたね。でも、君達にアタシが下るなんてことは絶対に出来ないね。」
「クレイムのことがそんなに好きだったのかよ。」
「ふん。悪い?」
不機嫌な殺人鬼は、腕を組んで鼻を鳴らす。快斗はこの時、その横に立つ美少年が拳を握っているのを見たが、それは考えないことにした。
「んま、人の恋愛事情に首を突っ込む気はねぇ。」
「…………。」
「ただ、1つ言うなら……」
快斗はカラッと笑って、
「あいつはお前のことを好きじゃなかったと思うぞ。むしろ嫌いだと思うが……」
「黙れ!!」
快斗の言う言葉に、アシメルが感情任せに鉈を振り下ろす。
何度も振り下ろされる鉈は、遠目で見れば何十個の鉈が一気に振り下ろされているように見える。
「そうカッとなるなよ。」
それら全てを草薙剣で捌きながら、快斗とアシメルは徐々に位置がズレていく。
「あんたはクレイムの何を知ってるって言うのさ!!」
「知らねぇよなんも。ただあいつの雰囲気から感じただけだ。」
神速の斬撃は、言葉を発するごとに威力と鋭さを増す。押され続ける快斗は、自身の足をアシメルの足にひっかけて転ばせる。
「こんな小技で……」
「小技でも役に立つんだぜ。特に、強いヤツと戦う時はな。」
アシメルが鉈を地面にたたきつけ、その勢いで飛び上がり、
「『落石弾』!!」
空気を蹴り飛ばして快斗に重い斬撃を放つ。快斗は草薙剣を掲げ、その斬撃を真っ向から防ぐ。
「ふ……」
「ん。」
アシメルは斬撃が防がれると同時に鉈を手放し、まだ威力の残る鉈を受け止めている隙だらけの快斗の胴体にもう一刀の鉈を叩きつける。
快斗は咄嗟に身を回して、鉈を草薙剣の上を滑らせてアシメルにぶつける。
火花が視界の端々で散り、アシメルが吹き飛んでいく。
「く…………」
「大分消耗してるじゃねぇの。『四番』って言うくらいならかなり上位だと思うんだが?」
想像よりも低い戦闘能力に、快斗が訝しんで首を傾げる。
「うるさいね君。ハァ……」
アシメルから帰ってくる言葉に力は籠っていない。全力疾走後の息切れ状態のような、肩で息をしている状態だ。
「アシメル様。自分が行きます。」
「スティン?」
長剣を持つ美少年、スティンが見ていられないとばかりに踏み出し、快斗に連続の斬撃を叩き込む。
「しィっ!!」
「はぁあ!!」
剣と剣がぶつかり合い、キィンという大きな音が響き渡る。銀色の閃光が快斗の首を狙い、紫の弧は美しくスティンの胴体を抉る。
「『ライジングブレイド』!!」
「『死歿刀』。」
青い雷を纏う長剣が真っ直ぐに振るわれ、電撃が真っ直ぐ快斗に放たれる。快斗は獄炎を纏う草薙剣を横凪に振るい、真っ黒な炎の異物が雷を飲み込み、スティンを吹き飛ばす。
「くぅ……!?」
「ちょっち本気で行くぜ。」
快斗がスティンの前に高速移動。草薙剣で深くその肩を切り裂く。
「この……!!」
スティンは剣を回転させ、快斗の首を正確に狙う。
「遅い。」
快斗が剣を蹴りあげ、スティンの目の前に手をかざすと、
「『闇に祈れ』。」
真っ黒な瘴気でスティンの体から力を奪う。
「お………」
「らぁ!!」
「ぶぁ!?」
快斗が勢いよくスティンを打ち上げ、真上の空に向かって手を翳す。スティンの周りにいくつかの真っ黒な魔力塊が出現し、それらが不気味に疼き、
「『魔技・死滅の魔塊』。」
快斗が天高くに舞い上がるスティンに向かって手を伸ばし、勢いよく握りしめる。
それに続いて、魔塊が爆裂。天空でスティンを中心に大爆発が起きる。
「てぇいっ!!」
「む。」
それに伴って生じた隙に割り込んで、アシメルが快斗の腕を切り飛ばそうとするが、
「『強制瞬間移動』!!」
「んなっ!?」
その間に飛来した1本の矢が空間を貫き、大きなヒビを作り出す。アシメルは勢いのままそのヒビに突っ込み、強制的に場所を移される。
「快斗さん上です!!」
「了解。」
「援護します!!」
快斗が上を見上げると、ボロボロのスティンを後ろに庇って血走る目を向けるアシメルが、今まさに快斗に斬り掛かろうとしていた。
「『青魂雷波』!!」
青い光を放ちながら、アシメルが快斗に向かって飛び降りる。
速度は神速。躱すのは不可能。ならば、
「迎え撃つ!!」
「行きます!!」
快斗の手に獄炎が集まり、ヒナの弓が橙色の矢を引く。
快斗は一瞬だけ『極怒の顕現』を発動し、アシメルに弱く殺意を向ける。ヒナは長耳族となり、魔力の純度、精度、威力が跳ね上がる。
「『ヘルズファイア』!!」
「『幸運の矢』!!」
紫色の獄炎の塊に、橙色の矢が取り込まれ、纏わり、新たな矢が形成される。
「「『共に貫け、真なる死矢』。」」
勢いよく吹き飛んでいくその矢は、アシメルと正面衝突。鉈にヒビが入り、アシメルが瞠目する。
「な………」
「おおぉぉおぉおおお!!!!」
快斗が思いっきり腕に力を入れ、勢いよく上に突き上げた。矢はそれに合わせて威力が格段とあがり、鉈を砕いてアシメルに直撃する。
と思われたが、
「は………」
割り込んだ人間。スティンがアシメルを蹴り飛ばし、矢の軌道から突き飛ばす。
「スティン!!」
「お気になさらず。」
光に包まれる。スティンはゆっくりと、アシメルに向かって微笑んだ。
…………そしてまた1人、この世界から正常者が居なくなるのであった。