ヒナの固有能力
「クソが!!」
新月を超え、少しずつ光を発し始めた月を背に、快斗は悪態をつきながら全力で空を飛んでいた。
「快斗くん!!」
その後ろからは、天使の翼をはためかせるサリエルが、快斗に負けない速さで飛んでいる。
「なんだって………俺がいねぇ時に!!」
快斗は空気を蹴り飛ばして、更に速度をましていく。守るべきものを守るために。
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メサイア幹部達には、それぞれ通信用の小さな宝石が配布されており、情報共有はそれで行うようになっている。
それは本人の魔力に浸透し、どんな時でも、その通信が来たことを感知することが出来る。
エレスト王国にいたユリメル達は勿論、今回現れなかった『一番』と『三番』からも、今回の連絡の返信があった。
それは、メサイアを廃止し、新たな集団、
『侵略者』として設立されるということ。
名前からして物騒で、いかにも犯罪集団のような、痛々しい厨二っぽいセンスの名前だが、意外にもそれが受けたようで、ユリメル達は二つ返事で納得してくれた。
だが、1人だけ返信のない人物がいた。それは、『四番』のアシメル。
「うむ。」
今回の連絡をしたリドルは、セルス街に配布されていた極秘の暗部に、アシメルの捜索を依頼した。
洞察力に優れた暗部達は、あっという間にアシメルを発見し、そして、その行動を逐一でリドルに届けた。
それは、快斗が話していた、楽園と思われる村を襲撃しているとのことだった。
それを聞いた快斗は全力でエレストを飛び出して、現在はセシンドグロス王国の領土ににやっと入り込めた辺りだ。
「あークソ!!なんで俺ってばこんなこと予想してなかったんだ!!」
「ハァ……ハァ……待って……快斗君!!」
快斗は置いてきたリン達を思い出して、宴で騒ぎ回っていた自分を心内で罵倒する。
罵倒すれば罵倒するほど速度が上がり、徐々にサリエルが遠ざかっていく。
「見えてきた!!」
『遠目』にセルス街が見え始める。大部分を破壊されていた街は修復され、短い期間だったというのに完全に元通りになっている事に地味に驚く。その奥に、快斗が1ヶ月篭った森が見え、そして、
「…………あ?」
巨大な血の池と、その中に沈む、体のあちこちを貫かれたメサイアの隊員達。その他にも、無惨にバラバラになった死体や、縦に真っ二つにされた肉塊が落ちていた。
さらに驚きなのは、その池の先に見える光景。
とてつもない魔力を纏ったヒナと、紅い魔力が溢れるリンの前に、アシメルが傷だらけで立っていた。
「………どういうこった。」
次々と疑問が浮かぶ。それから快斗が動き出すまでに、数十秒かかってしまった。
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昔から、彼女は自分が何者なのかがはっきりと分かっていなかった。
日に当ってもいないのに黒の肌。大きなオレンジの瞳。そして何より特徴的なのは、戦闘時に自然と伸びる長い耳。
彼女自身、それがなんの特徴かは知っていた。それは、耳長族と呼ばれる種族。
大抵の耳長族は常時耳が長い状態だが、戦闘時のみに耳が長くなる耳長族は確かに存在している。
それが、半耳長族。
魔人との交尾の時のみに生まれる特殊体質。鬼人や竜人などとは作ることは出来ない。
彼女、ヒナには、このことに関する知識は常識的に知っていた。だが、疑問だったのは、血筋に誰一人として耳長族が関わっていないにもかかわらず、半耳長族となった事だ。
先祖返りというのも疑い、数百年前の一族を調べたり、何となく占い師に頼んでみたり、あらゆる手段を用いて調べ回ったが、その理由はわからずじまいだった。
そんなこんなでヒナが世界を走り回っていた頃、金を稼ぐ方法が見つからず、近かったセルス街を冒険者にでもなろうか、と彷徨いていた時、
「いらっしゃい。」
1軒のバーに訪れた。そこであった女性は美貌で、ヒナは思わず息を飲んだ。それからしばらくそのバーに通うようになり、いつしか自身の秘密さえ暴露するような、安心する場所へと変わっていった。
「ヒナ。ここで働きませんか?行くあてもないのでしょう?」
「……お言葉に甘えます!!」
ヒナはそれから健気にそこに務め、数人来る客を満足させ、酒造りの修行を約2年ほど続けた。
「あなたはもう1人前と言っていいでしょうね。」
「そうなんですか?」
「ええ。もう自分の店を持ってもいいと思います。」
「そうですかねぇ……では、王都にでも行ってみましょうか!!」
こうして、セシンドグロス王国王都にて、『怒羅』の店が開かれ、夜に疲れた働く男たちの集いの場となったのだった。
だが、そんな時でもヒナが欠かさず行うことがあった。
それは、弓の手入れと、固有能力解放の修行。
ヒナはこの時、固有能力に目覚めていなかった。できる戦闘法といえば、駆け抜けながらずば抜けたエイム力で敵を仕留めることぐらい。
魔力を操ることは簡単だったが、何故だか固有能力は解放されなかった。
ヒナはバーの師匠に尋ねてみたが、
「あなたも、守りたいものがあれば出来ますよ。」
「?」
ヒナの固有能力解放には繋がらなかった。
守りたいもの。そんなものはヒナには無い。ヒナに両親なんて居ない。家系は分かるものの、既に過去に死んでしまったとの話だ。幼い時に耳長族の里をぬけだしたため、友も居ない。
考えても、思い浮かぶのは自分で作った自信作の酒だけだった。
だが、そんなものに全力を出して覚醒することは出来ず、ヒナは長年固有能力を解放出来なかった。
いつしか、ヒナは自分には出来ないのだろうと、キッパリとそのことを捨てて店を続けるようになったのだった。
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「今なら分かりますよ。師匠の言っていたことが。」
背後に傷ついた仲間を庇い、ヒナは1人、小さな体を出来るだけ広げて敵を見すえる。
敵は2人。朝見を持つ美男子と、鉈を持つ赤茶色の少女。その後ろには、体のあちこちを貫かれて絶命した元メサイア隊員達が転がっている。
「意外とやるね。君。」
「弓の腕に関しては自信があります。少なくとも、私はあなた程度なら貫けます。」
「ふーん?」
愛用の弓を抱え、ヒナは好戦的な笑みを浮かべて、アシメルの目の前で魔力で作り出した弓を引く。
そして、呼吸を整えたところで音を超える速度の矢が放たれる。
その轟速の矢を、アシメルは鉈で簡単にはじき飛ばした。
「やはり上手く行きませんね。」
「アタシを貫くのはまだ早いね。君には。固有能力でさえ目覚めてないじゃん。」
アシメルが鉈を回して煽りにかかる。ヒナはそれを無視して矢を放つ。
「ふ………」
アシメルはその矢を軽々と躱し、鉈を投げつける。ヒナは屈んで鉈を躱して、ふたたび2人は距離が空く。
「どう戦うのかな?弓だけで。」
「………弓しかないのなら、他の戦術を作るまでです!!」
ヒナが魔力を高める。膨大な魔力量に、アシメルは本能的に身構える。
「行きます。」
「ん。」
ヒナは同じような矢を引き、先程と全く変わらない軌道で矢を放った。
「また同じ?」
アシメルは呆れた様子で鉈で矢を弾こうとした。が、
「あれ?」
突然、矢がスっと消え去り、鉈が空を切る。そして、いつの間にかアシメルの右足に突き刺さっていた。
「う………」
「どうですか?」
「なにを、した?」
アシメルが矢を引き抜きながら問う。ヒナは「そうですねぇ……」と言ってから、
「守りたいもののため、覚醒した固有能力を使った。それだけですよ。」
ヒナ、固有能力解放。その固有能力は、
「『時空を操るもの』」
さて、行方が分からぬ戦いは、どう進展するのだろうか。