無理な話
「ルージュ・サンネルフは、王国転覆に、悪意極まりない暴行や、何より、妖艶魔の力を借り、偽りの力で民を脅していた。しまいには、この国を滅ぼしかねない厄災を呼び起こした。」
両腕を後ろで縛られ、十字架の前で跪かされるルージュの頭上から、野太い男の声が響く。
「その罪、死をもって償いなさい。」
コン、と大きな音が響く。周りから一気に視線が集中されるのが分かる。
「よって、1000回の鞭打ちの後、30回の斬首の刑に処す。」
こうなることは理解していた。住民は死ななかったものの、街に重大な被害を出し、王国に対する敵対していると考えられても仕方がない。
故に、ルージュはこの下された判決に、
「異論はあるか。」
「………ありません。」
異議を唱えることなく、その刑を受け入れた。脳裏に姉の顔が浮かぶ。愛すと言ってくれた姉を裏切るような形となってしまった。
そんな自分が不甲斐なくて、ルージュは乾いた笑いが飛び出した。
「罪人を処刑場へ。」
野太いその声、それは裁判官のもの。ルージュはその言葉に従ってゆっくりと立ち上がり、首に付けられた鎖に引かれ、その裁判所から出されると思われたその時、
「待って。異議だよ異議。」
「………何?」
観客席の方から1つ。真っ直ぐに手が挙げられた。それは、
「高谷殿?異議、とは?」
「うん。」
高谷は裁判官に問われ、先程ルージュがいた所に飛び降りる。
「まぁ、異議って言っていいのか分からないんだけど」
「異議ならばはっきりと申してください。」
「分かりました。では言います。………この刑、俺が受け持ちます。」
「ッ!?」
高谷の言葉に、観客達やルージュは驚愕して目を見開いた。高谷は振り向いてルージュに微笑むと、
「ルージュさんには、まだ必要としてくれてる人がいるでしょう?ここで死なせる訳には行かないよ。」
「高谷殿……?」
「処刑は俺が受け持つよ。大丈夫さ。俺は死なない。『不死』だからね。」
それからはルージュにとって夢のような出来事が続いた。高谷は頑なに自身の意見を貫き通し、反対する大臣や観客達を黙らせて行く。
裁判官の顔は見えなかったが、その雰囲気は1つ。面白い、というものか。
「………分かりました。」
「…………。」
「罪人、ルージュ・サンネルフの罪は、英雄、高谷殿に引き継がれる。」
観衆がざわめく。ルージュはただ驚きの表情で高谷を見ている。高谷は大きく頷いたあと、
「気にしないでよ。」
と、言って、ルージュの肩を叩いた。それから、高谷は兵士達に連れられて、処刑場へと向かっていったのだった。
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今ので処刑は18回目。首は18回刎ねられた。
斬られる瞬間は、毎回変わらず死の痛みがする。王国公認の呪術により、『慣れる』ということが、今の高谷にはすることが出来ない。
その痛みは、何度受けても耐え難い。首が戻った瞬間のトラウマは、今でも鮮明に蘇る。
「今日は……何回やるんだろ。」
快斗が寝ている間に1日6回の処刑が行われたため、今日もそれと同じと考えてるべきであろう。
高谷は閉められた牢屋の中から、その檻の前で退屈そうにする看守を見て、
「今は何時ですか?」
と問いかけた。看守はゆっくりと高谷の方をむくと、
「知らん。」
「………そうですか。」
ぶっきらぼうな表情でそう言い放った。
彼は何度問いかけたとしても、その言葉しか話さない。否、話せないのだ。
過去の罪人。アールド。数年前に牢獄内に出現した魔獣を退治したという功績が認められ、牢獄から出されるところまでは行かなかったが、比較的自由な環境で、看守として採用された。
高谷同様、王国公認の呪術によって『知らん』としか喋られなくなってしまったのだが。
と、入口方面から1つの気配を感じて、高谷がそちらを向くと、
「よぉ。高谷。元気にしてっか?」
「快斗か。うん。元気にしてるよ。」
快斗が軽く手を振りながら、高谷の前に現れた。
「ビクッたぜ。お前が処刑されてるって聞いてな。」
「ごめん。言う時がなかったのさ。」
高谷が軽く微笑んだ。
「ルージュって人を庇ったのか。」
「あの人はまだ死んじゃいけないと思うんだよ。ルーネスさんの大切な妹でしょ?それに俺は死なないんだし。」
「だからって処刑を受け持つなんて普通は考えねぇけどな。」
快斗は心配そうな表情だが、内心では意外と元気な姿の高谷を見て安心していた。
それを感じたのか、高谷はにっこり笑って、
「処刑されたぐらいで俺は壊れないよ。」
「………なら、いいんだけどよ。」
快斗は頭を掻いた後、思い出したというように手をポンと叩いて、
「原野からの伝言だ。」
「伝言?」
「そ。あいつ自分でいえばいいのに勇気がないんだとよ。」
快斗はやれやれというふうに頭を振って、高谷の目の前に座ると、
「『無茶しないでよ。』だと。」
「………わかった。ごめんって伝えてよ。」
「了解。」
快斗は高谷の願いを受け入れて、そそくさと牢獄を後にした。
高谷は快斗の後ろ姿をしばらく眺めていたが、それが見えなくなると手に嵌められた枷を握りしめて、
「………それは、無理な話だ。」
1人、鉄格子越しに空を眺めていた。
そしてこの日は、いつもより高谷が処刑を求めたため、9回の処刑が行われたのだった。
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その夜、
「ケインさん。これあっちに持ってってくれますか?」
「はい。分かりました。」
「あ、リンちゃんはこっちの野菜切って貰えますか?」
「分かりました。斬るのは得意です。」
「『きる』の字が違いますよリンちゃん!?」
グツグツと煮えたぎる大きな鍋を掻き混ぜながら、大きなツインテールの少女。ヒナはケインとリンに料理の指示を出していた。
「快斗さんと高谷さんが言っていた『かれー』とはこれのことでしょうか?」
入手困難だった様々なスパイスを組み合わせて、ヒナは少しずつ茶色に染っていく鍋の中身を味見して頷く。
「いい感じですね。夜ご飯はこれで大丈夫そうです。」
「野菜はこの皿に盛っておきますね。」
「ありがとうございますリンちゃん。」
「ヒナさん。ご飯が盛れたのでルーをかけてください。」
「分かりました。」
お玉で丸く盛られた白米にルーをかける。湯気がたち、ホクホクの白米が旨みのベールを被る。
「美味しそう!!」
「待ってくださいねリンちゃん。今水を持ってくるので。」
ヒナはカレーの前ではしゃぐリンを微笑ましげに見つめてから、グラスを取りに棚に向かった。
棚を開け、逆さまに立てられたグラスを取ろうと手を伸ばしたその時、
「あれ?」
グラスが大きく揺れ、続いてヒナも重力に負けて地面に倒れた。
後ろではいくつかの皿が割れる音と、リンの物と思われる小さな悲鳴が聞こえた。
「大丈夫ですか!?」
ヒナがそう言ってリンに駆け寄る。
「怪我してませんか?」
「はい。私はしてない、です。でも今のは何?」
「分かりません。きっと地震だと思うのですが………ッ!?」
ヒナがリンにそう言い聞かせようとした時、楽園の防壁を超えて高速でこちらに向かってくる魔力を感知した。
「ケインさん伏せて!!」
「分かっています!!」
ケインもそれを感知したようで、すぐさま地面に伏せた。すると、ヒナの真上を掠めて、斬撃が家を斬り飛ばした。
「きゃあ!?」
「く……一体、何者ですか!!」
ヒナが瓦礫が吹き荒れる中、その斬撃を放ってあろう人物に叫ぶ。煙の中から現れたその人物は、
「メサイア幹部『四番』、アシメル。悪魔、天野快斗を殺すため………君達を人質にするよ。」
獰猛に瞳を輝かせ、赤茶色の髪の少女、アシメルは、両手に持つ鉈を月光に反射させて、そう宣言したのだった。