歓迎
「んん………ぁ……?」
不意に小さな衝撃と温もりを感じて、快斗は目を覚ました。
「ここ……は……?づ……」
ぼんやりする視界に何かを捉えながら起き上がると、強い痛みが頭に響いた。
「寝すぎて頭痛か。懐かしいな。確か定期テストの翌日は15時間ぐらい寝ていた時が……と?」
快斗が独り言を呟きながら周りを見渡すと、晴れた視界には、快斗が寝ていたベッドに突っ伏して寝ているルーネスと、その頭の上で丸まって寝ているキューが居た。
「なんでルーネスさんが?……心配してくれたのかな。」
寝ているルーネスを起こさぬよう、快斗は静かにベッドの布団から脱した。
「キュイ。」
「んあ?おお、キュー。起きちまったか。」
背後から聞こえた鳴き声に快斗が振り向くと、犬の如く体を震わせたキューが快斗の肩に飛び乗った。
「キュイ~。」
「んお?なんだよ。」
キューはそのちな体全体を、快斗の首筋に擦り付けた。
「頬擦りってやつか?お前も可愛いやつだな。」
「キュイキュイ。」
少々乱暴な愛情表現を受け取って、快斗はその部屋をそっと出ていった。
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「キュー。ここはどこなんだよ?」
「キュイ。キュキュッキュイキューイ。」
「原野がいねぇと翻訳出来ねぇ……」
何語とも分からないキューの言葉に苦笑しながら、快斗は赤い絨毯の引かれた長い廊下を歩いていく。
快斗は自身の右耳たぶ。ピアスのついた、音の聞こえない耳を抑えて、
「片方聞こえないってのは、案外違和感があるもんだな。」
常闇の中でルシファーに叫んだ言葉を思い出して、快斗は感慨深げにピアスを弾いて遊ぶ。と、その頬に柔らかな風が伝った。
「あっちは……ベランダか。」
「キュイ。」
長い廊下の真ん中にある大きな全開の窓の外を見て、快斗はなんとなくそこへ足を運ぶ。
「ん~~♪いい景色だな。」
「キュイキュイ。」
見下ろせるのは赤や青の色とりどりの街並み。その奥には高い防壁があり、その更に奥には鎖で繋がれた向こう側の大陸があって……
「快斗様!!ここにいらしたのですか。」
「んあ?ルーネスさん。起きたのか。」
風景を見て黄昏ていた快斗に、背後から声が掛かる。振り返ると、寝癖でグシャグシャの髪のルーネスが、安心したような表情で快斗を見つめていた。
「悪ぃ。寝てる間に消えたから心配させちまったな。」
「いえ。お気になさらず。ですがキュー様?快斗様が起きたら伝えてくださいと頼んだのですが?」
「キュ、キュイ~……」
「お前さてはサボりで寝てたな?」
肩の上で身を縮めるキューを呆れた様子で眺めてから、快斗は大きく伸びをする。
「んで?ルーネスさん。ここは城の中ってことでいいのか?」
「はい。間違いありません。快斗様が気絶したあと、高谷様が背負って城まで連れてきました。」
「また高谷か。微笑ましい友情の図だな。でも俺が城入って騒ぎとかならなかったのか?」
「ライト様とヒバリ様がどうにかしてくれたので。」
「そういえばあの2人権力者だったな。」
城を守る兵士に無理言って休ませてくれたのだろうか。どちらにしても、あの2人には感謝しかないということを改めて感じた快斗だった。
「快斗様。皆さんがお待ちなので、下の階へ行きませんか?」
「おう。そうだな。」
快斗はなんとなしにルーネスの後に続いて廊下を歩いていく。と、快斗は一つやるべき事を思い出した。
「ん~~。」
「どうされました?」
「いや、ん~~……まぁ、別に構わねぇよな。ルーネスさん。槍貸してくれね?」
「?分かりました。我が意思に答えよ。」
ルーネスが手を前に出して呟くと、ベランダの外から1本の槍が飛来してきた。それは、ルーネスの武器、『神槍・ロンギヌス』。
「多分、不可に耐えられるだけの武器は、草薙剣かこれぐらいしかないんだよな……」
「?快斗様、なにを?」
「あぁ。ちょっとな。」
快斗はロンギヌスを持ち上げて、『魔技・アンデットホール』を発動する。
「ルーネスさん。ちょっち許してな?」
「?快斗様がやることならば、私は全て許します。」
「それはちょっと問題があるが……まぁいいや。」
皆に会う前に、快斗はやるべきことを1つ終える。そのやるべきことの内容を知って、ルーネスは唖然としてしまったのだった。
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快斗が気絶してから起きるまでの3日間。
ライトとヒバリ。そして、帰ってきた『勇者』リアンや『拳豪』エリメア、そして、王宮魔術師のベリランダの協力の元、たったの3日間で、街の修復は完璧に終えた。
「皆さんありがとうございました。」
現在、ライトは街の修復に尽力してくれた住民達の前で感謝を口に頭を下げているところだ。
「構いませんよ!!自分たちの街なんで!!」
「ライト様や、ヒバリ様こそ、協力ありがとうございました。」
住民達はライトの言葉に気安く返して、次々と自分の家へと帰っていく。一応、この国の全ての住民には金貨15枚を配布し、家が完全に消滅した人々には金貨30枚を配布。さらに、街の復興に尽力してくれた住民には銀貨50枚を配布した。
「フゥ……」
ライトは一息つこうと思い、城まで歩いていく。
「にしても……住民が死ななくてよかった。」
今回は不幸中の幸いか、住民たちは全て避難させていたため、ニグラネスが暴れた場所には人がおらず、結果として誰一人として死ななかったのだ。
だが、住民では無い人物達は死んでしまった。そんなことは、ライト達にとってはどうでもよかったことなのだが。
「快斗さんはまだ起きないのかな?もう起きててもいいところだけど……」
そう言って壁を飛び越え、兵士達に挨拶をしてから城に入ると、
「ライト。戻ったか。」
「姉さん。ただいま。」
愛しの姉、ヒバリに出迎えられ、ライトは満面の笑みでヒバリに飛びつく。ヒバリはしっかりとライトを受け止めてから、嬉しそうに口を開いた。
「ライト。天野が起きたようだ。そろそろ、宴でも始めよう。」
「快斗さんが?ようやく起きたんだ!!」
ヒバリの言葉に顔を輝かせてライトが飛び出していく。「元気なものだ。」と、ヒバリは微笑みながらその後について行く。
廊下を雷と風が駆け抜け、侍女や一般兵士には全く見えない速度で2人は快斗が寝ていたであろう階へと向かう。と、
「おわっ!?なんだ!?」
その途中の階段の角にて、その速さと魔力の大きさに気がついた快斗が驚きの声を上げて倒れかけ、それを後ろのルーネスが優しく支える。
「す、すみません……」
「いやまぁ、別にいいよ。俺が目覚めたってことでそんなに喜んでくれてるってだけで俺は幸せだわ。」
申し訳なさそうに頭を下げるライトに、快斗が笑いながらそれを受け流す。
後に追いついたヒバリが快斗と目が合うと微笑んで、
「天野。その、耳は、どうだ?」
「呪いね。別に不便ねぇよ?気にすんなって。俺がしたくてやったことだよ。あのルシファーってやつに頼むのは苦渋の判断だったけどな。」
意外と軽い反応を示す快斗に安心したのか、ヒバリがどこか強ばっていた雰囲気が一気に緩む。
と、ライトが快斗の手を引いて、
「快斗さん!!あなたの功績と尽力が認められて、大臣達が王宮騎士勲章を貰えるみたいですよ!!」
「き、騎士勲章?」
「それと、宴があるんです!!快斗さんの為に色々と食べ物とか用意してあって……」
「落ち着けライト。天野が混乱している。」
前のコミュ障っぷりはどこへ消えたのか、ライトは快斗の手をブンブン振り回して楽しげに話し続ける。
混乱する快斗とライトの2人を眺めて、女性陣はずっと微笑ましいとばかりに緩い視線を送っていた。
「お、快斗おはよう。」
「あ!!快斗君起きたんだ!!」
「おお。」
下の階へ向かう途中、何やら荷物を抱えて運んでいた高谷と原野に出くわした。2人とも、その目の下にはクマができている。
「どったのそんなに眠そうに。」
「快斗の為に色々とやってたんだよ。」
「徹夜でね!!感謝してよね!!」
「図々しい奴だな。」
感謝の気持ちを求める原野に軽く「あんがと。」と伝えて、快斗はその後ろに浮いている人物に視線を向ける。
「サリエル。まだ居たのかよ。」
「まだ居たのかよっていうか、私封印解かれたから月に戻る必要ないんだよ。」
大量の荷物を鎖で支えて運んでいるのは、美しい真っ白の翼をはためかせる堕天使サリエルだ。
太陽光に照らされて輝く姿に目を瞑りながら、快斗は頭をかいて「そうだったな。」と呟く。
「あ、そうだサリエル。約束してた飯いつにする?」
「あれって本気で言ってたの!?冗談だと思ってた!!」
「おいおい。俺の全力のナンパをなんだと思ってんだ。」
驚愕を露わにするサリエルに呆れたように快斗が言う。と、後ろからなにか怒気のようなものを微量に感じた快斗が振り返ると、
「ええ。構いません。快斗様が決めたことですから、私はなんにも反対しません。本当に。」
「……目が怖いよルーネスさん。」
「あら。」
淡々と独り言を呟くルーネスに快斗が引き気味に答える。
何故怒っていたのか、快斗が必死に頭を回転させていると、
「やぁみんな。」
「お!!悪魔起きたんだな!!」
「やっと起きたぁ~!!いつまでも女の子待たせていいご身分だね~。」
「見知らぬ気配が3つ。はてさて何者?」
分かれ道の右側から現れた3人に視線を向けると、
「君は気絶してたからお初だね。僕はリアン。『勇者』って呼ばれてるよ。」
「俺はエリメア!!『拳豪』の肩書きを背負い込んでる鬼人だ!!」
「私はベリランダ!!王宮魔術師で~、超絶美少女ポジのてんさ~い!!」
「やっべ最後のやつだけめっちゃムカつく。」
それぞれ3人の自己紹介を聞き流し、快斗は煽りに長けた動きをするベリランダに拳を握り閉める。
「ちょっと~ムカつくなんてヒド~イ!!私ってこんなにかわい子ちゃんなのに~。なんか幻滅って感じ~。」
「王宮魔術師がイメージと違いすぎて幻滅してるのはこっちなんだけど?」
小さな炎で出来た鳥と戯れながら、ベリランダは悪びれる様子もなく飛び回る。なんとなくムカつくその行為を尻目に、快斗は公表すべきことを思い出して、
「ちょうどいいや。ちょっち全員、王の間?みたいな所まで着いてきてくれ。あと、場所わかんないから案内頼む。」
「?了解した。」
ヒバリが疑問符を頭に浮かべながら快斗を引き連れていく。その後に全員がゾロゾロと続いて行った。
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「うわ~~~……庶民の前で出すもんじゃねぇな。」
「ね。蛍光灯で照らされてた部屋が逆に恋しいよ。」
快斗と高谷が見上げるのは、金銀ダイヤ。その他諸々の宝石物がくっついた巨大なシャンデリアだ。
「魔神と鬼神の部屋にもあんなのなかったぞ。」
「この国の王は凄く高いものが好きだったみたいだね。」
高いなんてレベルではないだろうが、快斗はなんとなく「そうだな。」と答えて、
「ま、シャンデrrrrrrrア(巻き舌)のことは置いておいて、早速本題に入るぜ。」
皆が注目する中、快斗がルーネスからロンギヌスを借りて王の椅子の背もたれの上にとびのる。
「ねぇ、あれって凄く無礼な行いだと思うんだけど?」
「まぁ……許されるよ快斗なら。」
「おかしくない?」
「はいちゅうも~く!!」
ロンギヌスを椅子にカンカンと打ち付け、快斗は全員の気を引く。意識がこちらに向いたことを確認すると、快斗はロンギヌスを掲げて、
「ええっとなんだっけ………キンシヨレ・エカイニ。」
と、ロンギヌスがその言葉が終わった瞬間に、独りでに震え出す。
「え?え?なになに怖い怖い。」
「ベリランダ、落ち着いてくれ。」
意外と怖がった様子でベリランダがリアンに抱きつく。快斗は苦笑した後、ロンギヌスを指さして、
「ロシャベ。」
と呟いた。瞬間、
「あーあー。拡声テスト拡声テスト。どうじゃ?聞こえてるかの?」
「おう。バッチリだぜ。」
「………誰?」
槍から独りでに発せられる声を聞いて、原野と高谷、サリエルは首を傾げる。が、その後ろにいたヒバリ達は硬直していた。その声は、
「父さん!!」
「父様!!」
エレスト王国の王、リドル・シン・エレスト。そして、ヒバリとライトの父親の肉声だった。