3人は強い
「滲め滲め滲め滲め滲めェ!!!!」
雲の上。ギラギラ太陽に焼かれるほどの暑さを感じて汗を流すのは、真っ赤な翼で空に浮かぶ高谷だ。代謝が少し高めの高谷は、太陽の光の熱でダラダラと汗を大量に流す。
だが、汗はそれだけで流れている訳では無い。
「ハァ……ハァ………抵抗が、強い……!!」
それは、取り込まれたはずの邪神因子が再び抵抗を始めたのだ。噴出した邪気は何とか抑えているが、そのせいで徐々に高度が落ちていく。
「ぐ………あぁ……」
ガツンと内側から頭脳を握りつぶされるような痛みに、高谷は呻きながら逆さに落下していく。
雲を通り抜け、雨水に体が濡れ、そして、第2の空で月が見えた。
「…………あれ?」
ここで高谷に疑問が浮かぶ。今は夜。だと言うのに、何故先程まで自分がいたところには太陽があったのか。そして、その下の雲の空間に月があるのは何故か。
「確か………」
高谷はメサイアで読んだ天文学の本の内容を思い出す。
この世界の月と太陽は同じ速度で回り続け、朝になれば太陽が、夜になれば月が下へ出てくる。
要は、太陽と月は縦に回っているということだ。
「地球とは違いすぎるなぁ……やっぱり異世界だ……」
そんな事を呟きながら重力に身を任せていた高谷の体を逆撫でするような気配を感じた。
「な、なんだ?」
そして、最後の雲海を抜けると、
「!?なにあれ!?」
エレスト王国を破壊し回る巨大な生物と、それと戦う複数人の化け物が見えた。
「快斗と天使……あれは……ヒバリさん?ライトもいる……ッ、ライト?」
強大な魔力を放ちながら戦う人物達をなんとなく特定した高谷は、1人、高谷と同様に力なく落ちていく人物を見つけて飛ぶ。
「ライト!!」
地面スレスレで、高谷はライトを抱き抱えてダメージを無くす。その落下の勢いを殺しきれなかった高谷は、自信を下敷きに体を捻って地面にぶつかる。肋骨が数本。脊髄に多大なダメージ。吐血。が、即座に再生して元通り。
「ゲホッ………ライト。ライト起きろ。」
体を揺すって、高谷はライトを起こす。ライトは額から血を流し、右腕はひしゃげ、肋骨は折れて内蔵に突き刺さり、魔力の回路はボロボロ。完全に無理していたことがうかがえた。
「なにしてんの……」
少し飽き気味に呟いて、高谷は手首を斬り裂いて吹き出た血をライトの口に流し込む。ボロボロの体が再生していく。
「ん………あぁ……?」
ライトがゆっくりと目を開けて、同時に高谷に目を向ける。
「高谷、さん?」
「うん。」
「高谷さんが回復してくれたのですか?」
「そ。多分どこを痛くないだろうけど大丈夫?」
「はい。高谷さんのお陰で……」
ライトは起き上がって、高谷に礼を言った。高谷はそれを受け取って、暴れる巨大な魔獣を見上げる。
「あれってさ……」
「『月の魔獣』が暴走している姿です。姉さんと快斗さんと、サリエルさんが戦っています。」
「ライトも戦ってたでしょ?」
「ぼ、僕は………」
ライトは顔を逸らして地面を見ている。高谷は不思議に思って、
「どうしたの?」
「いえ。なんでも。」
「?取り敢えず行かなきゃね。ライトも行こう。」
「い、いえ僕は……」
「?」
「僕は……足でまといになってしまうので……」
ライトはそう言って立ち上がる。
「僕は遠くから魔術を出来るだけ叩き込みます。ですから高谷さんは行ってください。」
「え?ライトって殴る方が得意なんじゃ……」
「その、僕は足でまといなので」
高谷はその態度に疑問を感じ、
「何があったの。」
「な、何かがあった訳では……」
「…………。」
「……話します。」
力強く見つめてくる高谷に根負けして、ライトは小さく話し始めた。
「戦いが始まって、快斗さんとか姉さんと戦ってて思ったんです。………僕って弱すぎるなぁって。」
「うーん……」
そんな訳ないだろう!!と心の中で叫んだ高谷を他所に、ライトは話を続ける。
「『鬼人化』しても2人には追いつけない。速さでは勝っていますが、攻撃力、防御力は2人の方が上なんです。速いだけの僕は、あの魔獣にダメージを与えることが出来ない。」
「うーん……?」
高谷は少し理解が追いつかない。
「僕は姉さんの弟なのに、強くないんです………」
「………ライトが、いや、光が弱いって訳じゃないさ。」
「え?」
まだ理解しきれていない高谷は、反射的にそんな言葉を口にした。ライトは、光と呼ばれた事に驚いて顔を上げる。
「だって普通に考えて光俺よりも強いじゃん。」
「で、でも……」
「それとさ、弱いのはこれが無いせいだよ。」
「これは……魂の欠片?」
高谷が差し出した手のひらに浮いていたのは、青白い小さな物だった。
「これは……?」
「あの妖艶魔を倒したら出てきたんだよ。多分、光の奴なんじゃないかな?」
「………そう、感じます。」
「そっか。」
高谷はその言葉を聞いて安心すると、その胸に青白いそれを押し込んだ。すると、元のライトの魂全てが反応し、固有能力が共鳴。魔力が凄まじい勢いで高まっていく。
「………!?」
「ほら、めっちゃ強そうじゃん。俺じゃ敵わないくらい強くなったんじゃない?」
「はい。……多分。」
「いや強くなったって。ていうか、なんでいきなり自分が弱いとか考え始めたのさ。」
「…………何故でしょう?」
「分かんないんだ……」
本気で首を傾げるライトを見て、高谷は呆れたように肩を落とす。ライトは自身の力を再確認したあと、高谷に向き直って、
「なんで僕を光って呼んだんですか?」
「なんとなく。そっちの方が、ライトは活が入りやすいかなと思ったのさ。」
「……間違いじゃないです。その名前は気に入っていますから。」
「ふーん。後で快斗に礼を言わないとね。それじゃあ、行くとしようか。」
「はい!!」
ライトは立ち上がって、『雷神』『鬼人化』を発動。青緑色の雷を纏い、額からは真っ赤な角が1本生えのびた。
「は、迫力がすごいね……」
「行きましょう高谷さん。それと、活を入れてくださってありがとうございます。」
「それも快斗のお陰なんだけどね。」
「これからもライトではなく光、と呼んでください。」
「それでいいの?」
「はい。それがいいんです。」
ライトは頷いて、にっこり笑う。女子も顔負けの美形笑顔に、高谷が口から血を吐き出す。
「た、高谷さん!?」
「ごほ……いや、なんでもない。行こう。快斗を手伝わないとね。」
高谷の言葉が終わるなり、2人は上空へと飛び上がって行った。
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「『ベノムショット』」
「『狂える迷い火』」
「『霧霧舞い』」
ノストルから放たれた毒の塊が、『邪魔』に激突する。ジュワジュワと音を立てて、『邪魔』の体に継続的にダメージを与えていく。
そしてセシルマが生み出した炎が蛇のようにうねり、予想外の死角から『邪魔』をうち飛ばす。
ユリメルから染み出た霧は当たりを包み込み、指を揃えた手刀が次々と振るわれ、『邪魔』の体を斬り裂いていく。
「邪魔するなぁっ!!」
『邪魔』は地面に手をぶつけると、そこから黒い魔力が侵食。侵食部から黒い棘が生える。
「あっぶないわね~」
「こんなの余裕だよ。」
「ふわぁ……眠い……」
双剣で防ぎつつ勢いを殺して跳ぶノストルが屋根に飛び乗って溜息をつき、セシルマは纏った炎で焼き付くし、ユリメルは全てを手刀で斬り裂いた。
余るほどの斬撃と炎は、『邪魔』に次々と襲いかかる。
「がっ……ぐぁ……!?がァ!!」
苛つきながら『邪魔』が大腕を横凪に振るって斬撃と炎を吹き飛ばす。と、その真上から脳天に刃が振り下ろされた。
「3人いることを忘れないで?」
「ぎぁあ!?」
綺麗にぱっくりと割れた脳天からドス黒い血が吹き出し、『邪魔』は今までにないほどの悲鳴をあげて苦しむ。
「『灼熱毒』」
その傷口にノストルはすかさず毒を流し込む。
「ノストルの能力は『すべてを侵し崩し、苦しませる支配者』。その毒に侵された者は凄まじい苦しみを味わいながら絶命する。それはもうゆっくりと。」
セシルマは感心するように呟いて、悶える『邪魔』を見下ろす。徐々に崩れ始めた頭部を抑える『邪魔』は、必死に魔力で精神を繋ぎ止めるが、
「『静寂の霜斬り』」
音もなく振り下ろされた獄速のユリメルの手刀が、そんな『邪魔』の頭を斬り飛ばした。
灰となりながら空を舞う頭蓋。それは地面に落ちる前に消え去った。体は内側から炎を上げて燃え尽きた。
「終わったね。」
「ふわぁ……疲れたぁ……」
「さぁ、白ちゃん。これで満足?」
ノストルは振り返って、白身に聞く。白身は表情こそ分からないものの、雰囲気が恐怖から安心へと移り変わり、なんとなく鬱憤が晴れたような感じになり、白身はゆっくりと、胞子となって消えていった。
「お疲れ様。白ちゃん。」
「しかし驚いたね。逃げた避難所で騒いでいた親の子を人形が持ってくるなんて。」
「そうだね………予想外……だよ……」
3人は、天高く昇っていった胞子を見届けると、いつものように気楽に話しながら、住民達の所へ戻るのだった。