邪魔
「な、なんだ……あれ……」
「あれは…さすがにやばいな………」
「うわぁおっきい人。」
暴れるニグラネスを見て怯えているのは、少女の親を探す丹野と長谷部だ。その後ろには、肩に少女を乗せている白身と、それを支える黒身がついてきている。
「戦ってるのは………」
「あれってクズじゃね?それと何人か他の人も戦ってる。」
「マジ?渡辺とかが戦ってるのかと思った。」
「それな」
2人はその光景を見て、早々にその場を立ち去ろうと走り出す。白身と黒身も後に続く。
「全くどうなってるんだ。」
「渡辺達はどこだろう?藤原が助けに行くって走っていったはずだけど………ッ!?」
と、その2人の背中がゾゾと震え上がった。それは、後ろから感じられる強い魔力に体が反応したからである。2人は顔を見合せ、恐る恐る後ろを振り返ると、
「邪魔。邪魔だよ。どうして僕の行先を塞ぐのさ。邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔だよ!!」
幾つもの住宅を突き破って、『邪魔』が2人の前に唐突に現れた。
「『生樹』!!」
「黒身!!」
長谷部が地面から木を生やし、丹野が黒身に戦闘命令を下す。
木にぶち当たった『邪魔』を、木ごと黒身が刃で斬り裂く。が、『邪魔』には傷一つつかない。
「なっ!?」
「あれヤバくない!?逃げようぜ!!」
予想以上の耐久力を目の当たりにして、丹野と長谷部は、黒身に後ろを任せて逃げ出す。少女を背負った白身も続く。
「邪魔するなぁっ!!」
『邪魔』が大きく横に振るった大腕に、黒身が勢いよく吹き飛ばされ、丹野達の先を越す。
「何してるんだ黒身!!」
「やばいくる!!『樹海』!!」
壁、床から大量の木々が生え伸びる。だがそれは、『邪魔』の突進を防ぐには非力過ぎた。
「うわぁ!?」
「一瞬で……マジでやばい!!」
木々を粉砕した『邪魔』に、黒身が再び相対する。
「走るぞ!!」
「分かった!!」
丹野と長谷部は屋根に飛び乗って走り逃げる。白身は魔力で浮かび上がり、少女を落とさないように6本の腕で支える。
「な、なんなんだアイツ!?」
「やばいな……多分黒身だけじゃ普通に負ける。渡辺達と合流して……」
と、真後ろから凄まじい魔力を感知して、2人は半ば勘で飛び上がると、その真下を、灰色の光線が横凪に過ぎていった。と、それに続いて黒身がまた転がりながら2人を追い越した。
「長谷部!!」
「ハァ……『ウッドルーク』!!」
長谷部が後ろに手を伸ばして叫ぶと、今までの木々の太さを超えた木が数本生え、ミシミシと音を立てて形を形成する。それは、人型の兵隊となった。
「『迸る邪念』」
それら全ては攻撃する間もなく、『邪魔』が放った閃光に貫かれ消え去った。
「使えねーなお前!!」
「ハァ!?何言ってんだ!!お前の人形の方が使えねぇわ!!」
全く自身の魔術が通用しないことに苛立ちを感じ始めた2人は大声で喧嘩し始めた。白身はただ前を向いて飛ぶ。その上で、少女は泣いて怯えながら『邪魔』を見ていた。
「怖い……怖いよぉ………人形さぁん……」
少女は縋るように白身に抱きつく。白身はどう反応すべきか分からずに、ただ少女を抑えて先へ進む。
「『弒歴』!!」
長谷部が再び地面から大量の細い木々を生やし、『邪魔』に焦点を合わせて高速で伸ばした。棘のように鋭くとがった殺戮の茨が、『邪魔』を穿つ。と、思えたが、
「邪魔。邪魔だよ。邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔ァ!!」
「な………」
いつの間にか背後に『邪魔』が現れ、長谷部の背中を鉤爪で深々と斬り裂いた。大量の血が吹き出して、長谷部は力なく屋根から落ちていく。
「長谷部!?」
その一瞬の出来事におどろく丹野に、『邪魔』は容赦なく魔術を叩き込んだ。
「『痛み悶えよ』」
「ぐっ!?」
『邪魔』が何かを唱えた途端、丹野の身体中に激痛が走った。骨全てにヒビが入ったような、筋肉が全て切れたかのような、神経に継続的にダメージが与えられ続ける。
「ぐ………あ………」
自身の体を抱いて、丹野も屋根からゆっくりと落ちていく。その体を、黒身が地面スレスレで支えた。
「お前ェ……何してんだよ、さっさと戦え!!」
丹野が八つ当たり気味に黒身に怒号をあげる。黒身は何もついていない顔を俯かせ、反省しているような素振りを見せた。
「白身も戦え!!その女子はどっかに隠しとけ!!」
何とか立ち上がった丹野は、上を見るなり目に入った白身を睨んで叫ぶ。白身は少し抵抗したような態度をとりながら、ゆっくりと少女を抱いて降りてくる。
「おおお!!『生樹』!!」
最後の気力を振り絞った長谷部が地面から今までで1番太い木を生やす。それは真下か『邪魔』を穿ち、上空へと吹き飛ばした。
「邪魔……だよ!!」
『邪魔』は歯をギリギリと噛みながら、怒り任せに長谷部に鉤爪を振るった。木々で防いだ長谷部だったが、その薄い防壁は簡単に破られ、全身に切り傷をつけられた。
「ぐは……」
途轍しながら長谷部が倒れる。その手は縋るように丹野を向けられた。
「たん、の……たす、け……」
その真上から、『邪魔』の大きなかかとが振り下ろされ、長谷部は見るも無惨な姿へと変えられた。
「ひぃ……」
丹野が情けない声を上げて後ずさりする。
「白身!!黒身!!お前らそんな女子のこと気にしてないであいつと戦え!!俺はその間に逃げる!!」
丹野は『邪魔』を指さして叫んだ。しかし、白身は少女を抱き抱えて離そうとはしない。
丹野は命令を聞かない白身に苛ついて地団駄を踏む。
「何してんだよ!!主の言葉に従わないのか!?早くしろ!!じゃないと俺が……」
その言葉の途中で、丹野は『邪魔』に勢いよく側面を殴られ、壁に激突した。
「邪魔だよ。どいてよ。どいてくれないならここで殺してやる!!」
『邪魔』が頭を抑えて丹野に近づいていく。丹野は恐怖で動けず、ただ手を前に出して待ったと声を出し続けるだけだった。
「嫌だぁあ!!死にたくない!!黒身!!お前だけでもいいから、俺を守ってくれぇ……」
丹野が涙を流しながら黒身に手を伸ばす。黒身はその主をじっと見つめたあと、振り返って白身が抱く少女をみた。
少女は泣いている。純粋な恐怖を感じて怯えている。それは、生きる生物の本能をそのまま体現した姿だ。だが、主はどうだ。あれは下心しかなく、自身のためなら人だって殺しかねない。それこそ、主にその意思が無くとも。そして黒身がとった行動は……
「………え?」
黒身は高速で『邪魔』と丹野の間に入ると、刃を光らせて……丹野の頭を刎ねとばした。
丹野の首が宙を舞う。悲痛な表情のそれは、『邪魔』の目の前に落ちて崩れた。汚い形のそれを、『邪魔』は忌々しげに踏み潰した。
黒身は静かにそれを見つめてから、もう一度振り返った。少女は唖然とした表情で固まっている。黒身は白身に目配せした後、『邪魔』に対して構えをとる。
白身は少女をぎゅっと抱きしめて目を隠していたが、後ろを向いて少女を抱き抱えると、魔力を放出して、3つの魔力反応の元へ空を飛んでいった。
「邪魔だよ。どいてよ。なんで塞ぐのさ。どうして僕の行先を塞ぐのさァ!!」
『邪魔』は頭を抑えて、黒身に大腕を振り下ろした。黒身は咄嗟に刃でそれを流し、回転しながらすれ違って脇腹を斬り裂いた。
が、少々傷がついた程度で、効果はイマイチ。『邪魔』は続けて反撃する。腕を地面に叩きつけ、衝撃波で黒身を吹き飛ばした。
黒身が壁に埋まる。が、すぐに起き上がって反撃をしようとした時、ふとした違和感に自身の腕を見た。それは、小さな胞子となって消え去っていく自身の体。主を失ったことにより維持できなくなった人形の末路。
『邪魔』はそれでも立ち上がって戦いを挑んでくる黒身にイラつきを覚え始めた。
「邪魔するなぁっ!!」
大腕に魔力を集め、黒身を思いっきり弾き飛ばそうとする。が、黒身はその柔軟な仕組みの体を最大限で折り曲げてその攻撃を回避。ありったけの魔力を込めた斬撃を懐から放つ。
真っ黒な光を放つ矛盾の刃。なんの目的もなく、自身の情を優先する悪魔を断ち切るにはそれで十分。なんとなく生まれた黒身が、なんとなくで考えた自分の最後。そして放たれるは…………『天上へ飛べ。』
「うわっ!?」
真下から振り抜かれた刃が、『邪魔』の体を斜めに深く斬り裂き、大量の血が溢れ出す。そしてその切先から真っ白の光を放つ神聖魔力の魔光が噴出。魔で構成された『邪魔』の体に多大なダメージを与えた。
「じゃ……ま……する、なァ……」
盛大に吐血して、『邪魔』が血に膝を着いて荒く息を着く。黒身は刃を振り上げた体勢で動かない。『邪魔』はその姿を見て憤怒の感情が沸き上がり、大腕でその神々しい黒身の体を殴り消した。
綺麗な真っ白な胞子が舞い、空高く昇って消えていく。
「あぁ………がぁぁ……」
『邪魔』は喉に詰まる血を吐き出して、ゆっくりと歩き出す。傷には魔力が密着しており、止血はすんでいて、そろそろ回復する。
「邪魔、する、なぁ……」
『邪魔』はなぜだか尽きない恨みと憎しみの先を追い求めて、怒号を上げながら突き進む。
そして、その歩く先には避難所があって……
「いたわ~。」
その真上から、紫色の毒々しい液体が、『邪魔』に直撃した。
「あの強い魔力は、あなたの相棒さんだったみたいね~」
「面倒なやつみたいだし、最初から本気で行こう。」
「悪魔は何するか分からないから……ふわぁ……本気で行くのはいいと思う。」
全身に響く痛みをこらえて立ち上がった『邪魔』の前に立ちはだかったのは、
「そうね~。白の子ちゃん?本気で行くわよ?」
先程逃げていった白身。そして、メサイア患部、ノストル、セシルマ、ユリメル。その3人が各々の武器を持って構えた。
「それじゃ、」
「やるとするかしら~~!!」
「出来るだけ早くね……」
「邪魔……するなぁ!!!!」
自身の感情に身を任せ、『邪魔』は残りの魔力全てを使って3人と1つの人形に飛びかかって行った。




