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罪深い男の想像話  作者: 病み谷/好きな言葉は『贖罪』
《第一章》 怒る彼は全てを殺し尽くす
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Not easy

脳内を流れるのは、昔の静かな日々。無邪気に走り回って、何度も転んで、それを助けてくれる姉。そしてその光景を微笑ましく見ているのは父。リドル・シン・エレスト。


老いてはいるが、その姿にはどこにも老人らしさはなく、元気一杯の男だった。


武術も剣術もてんで駄目だったが、それでも学力や人脈は広く、国の治安を守り抜くその実力は、まさにカリスマと言えるだろう。


そんな父を持って、ライトは誇りだったのだ。自身の父が、いつまでも老いない自身の父が、何よりの自慢だったのだ。


どんなに大変な仕事の合間にも顔を見せ、頼み事は何でも聞いてくれるが、少し甘やかし過ぎるところもある人。ライトは父が大好きだった。


そんな父を、今の今まで忘れ去り、それが目の前に死ぬまで思い出せなかった事。それは誰でも同じ事で、禁呪と言えるギドラの術のせいなのだが、ライトはそれでも自身を責める。


自身への戒めのように、ライトは何度も頭を地面に叩きつけ、割れた額から血が流れ出す。


「僕は………僕は………」


なんて酷いことを。そんな言葉が口から出る前に、ライトの後ろからは同じく覇気を失った女性の声が響いた。


「嘘………。ギドラ……なんで死ぬのよ……失敗したのなら……もう一度やればいいじゃない……死ぬ必要なんて、何処にもないじゃない‼」


ギドラの亡骸を抱きしめて、ネロテスラが涙を流しながら大きく叫ぶ。だが、その表情は悲しみ一色ではなく、邪神因子によって支配されてしまったことによって可笑しくなった脳内は笑顔を作り出す。


狂気とも言えるように邪気を振りまくネロテスラを見て、ライトは静かに立ち上がる。苦しませないように、一瞬で葬ろうとしたのだ。


敵とはいえ、今は戦う気が本人にはなく、似たような感情を持つ者として、ここだけ救おうと、ライトは残る魔力で『斬雷』を発動。雷を纏って一閃。ネロテスラの首を狙う。


「簡単には死ねないのよ‼」

「ッ⁉」


が、亡骸を抱いて泣いていたネロテスラは、ライトが近づいたと同時にその亡骸を放り投げ、クリリナイフでライトを弾き返した。


「ハハハ‼まだ人に慈悲を注ぐ余裕があるのね‼なら、私とも戦えるわね‼」

「ッ………。」


涙が止まり、完全に狂ったように刃を振り回すネロテスラは、もはや先程までの悲しみという感情を無くしてしまったようだ。


「く………‼」

「本気出して‼もっと来て‼傷つけて‼傷ませて‼苦しませて‼私を……殺して‼」


最後の言葉にだけ、悲痛な叫び声が狂的な笑い声に混じっていた。本人は死にたがっている。だが、因子がそれを許さない。それを察したライトは、


「ハァ……ハァ……せめてもの……僕の慈悲を、あなたに。」


『鬼人化』の影響で悲鳴を上げる体を酷使して、予想できない方向から迫り狂う斬撃を身を翻して躱し、その隙間からできるだけ的確に心臓を狙う。


しかし、ネロテスラは……いや、ネロテスラの体を乗っ取った邪神因子は、器の死を望まない。故に、ライトの的確な攻撃を的確に弾き返す。


「ハァ…………『救いのイカヅチ』ィ‼」

「効かないわ‼『邪牙雷』‼」 


神聖魔力を多く含んだ救いの雷。ライトの手から放たれたその光線は、灰色の邪気のみで出来た歪な雷で相殺される。


「ぐ………その体から、出てってください‼」

「嫌よ嫌よ‼絶対嫌‼せっかく見つけた器。手放すわけには行かないわ‼」

「ッ‼」


ケラケラと笑い声を上げながら、邪神因子は鋭い斬撃を放つ。ライトが押されて押し倒される。


「んー。でもあなたの体でもいいかもねぇ。乗り換えようかしら?」


邪神因子は、倒れたライトに覆いかぶさって舌なめずり。息がかかるほど顔を近づける。


「いいわ。いいわいいわこの体。鍛え上げられて、乗り移っても問題なさそうね。」


邪神因子はライトの心臓部に手を当てて邪気を流し入れる。


「ぐ……ぅ……‼」

「怖がらなくていいわ。すぐに終わるから。」


邪神因子が、体を乗り換え始める。腕を伝って根が伸び、ライトの体へと侵入。少しずつ伸びていく。その間、ライトの体には痛みが絶え間なく押し寄せる。


「あ……ぁが……⁉」

「もう少しよ。頑張って耐えてね。そしたらあなたはきっと気持ちよく……」

「ハァアア‼」

「ッ⁉」


あと少しで、邪神因子がライトに乗り移りかけた瞬間、『月の魔獣』に突き飛ばされた高谷が、その勢いを利用してネロテスラの体を殴り飛ばし、間一髪で、侵入は免れた。


「ハァ……ハァ……」

「た、高谷さん……。あ、ありがとう、ござい、ます。傷だらけ……なのに。」

「ん……。礼はいいよ。ハァ……」


息を切らして、傷を見る見るうちに塞いでいく高谷は、ゆっくりと立ち上がって、手首を斬り裂いて、流れ出た血を無理矢理ライトの口に押し込んだ。


「んん……‼」

「ライトこそ、傷だらけじゃないか。魔力の通り道もボロボロだし、骨が外れてるところもあるよ。」


血を飲んだライトの体からは倦怠感が抜け、傷が塞がり、魔力の流れがスムーズになった。


「ライト。お願いがあるんだけど。」

「は、はい。なんで、しょう?」


魔力の流れを確かめながら、ライトは高谷のお願いとやらに耳を傾ける。


「ここは選手交代。つまり、戦う相手を交換してくれないかな?」

「え?か、構いませんけど……」

「ありがとう。」


そう言うと、高谷はライトに1つの瓶を手渡した。


「これは……?」

「完全万能薬。一応持っておいて。俺が邪神因子の方と戦ってる間だと、みんなの回復が上手くできないだろうから。」


ニッコリ笑って、高谷がネロテスラと向き合う。


「んー?あなたは……あまりいい体じゃないわね。軟軟な作りだわ。」

「そりゃどうも。」

「た、高谷、さん‼」


ライトは挑発を挑発で返して歩いていく高谷を引き止めて、


「な、なんで、高谷さんは、邪神のほうを……?」


なんとなしに、疑問に思った事をライトが聞いた。高谷は少し考えたあと、


「別に?ただ、邪神因子は魔神因子を持つ僕の敵だから、因子を持ってないライトが戦う必要はないよ。」

「で、でも……」

「快斗の火力はあの魔獣を倒すのに必要だし、ヒバリさんの剣術も、ルーネスさんの槍術も必要だよ。でも、俺には火力がないから、あまり役に立たない。どっちかと言うと、速く移動できるライトの方が適していると思うんだ。だから、頼むよ。」

「………わかり、ました。」

「ありがとう。」


強い信頼の視線を向けられ、ライトはゆっくりと頷いた。高谷は満足そうに笑って礼を言うと、腕を肥大化させて邪神因子に襲いかかった。


「いいわ‼本気で来なさい魔神因子‼」

「殺す気で行く‼」


強い邪気とぶつかり合う高谷を見て、ライトは立ち上がって、回復した魔力を循環させ、


「『鬼人化』‼『雷神』‼」


青緑色の雷を纏い、真っ赤な一本角が生え、獄値が跳ね上がる。


「ぐぅ……‼」


『月の魔獣』を見ると、ちょうど快斗が突き飛ばされた時だった。


「ふ………。」

「うお⁉ライトか‼サンキュ‼」

「いえ‼高谷さんと入れ替わりで、僕も戦います‼」

「おうよ‼」


快斗の背後から優しくその体を受け止め、覚醒によって自信がついたライトはしっかりとした声音で答える。


「ッ⁉」


突如現れた大きな魔力に、ヒバリが驚いて振り返ると、ライトを見るなり大きく目を見開いて、


「む⁉ライト⁉」

「はい。姉さん。ライトです。」

「むむ⁉本当にライトなのか⁉お前そんなに強い魔力を持っていたか⁉」

「えっと……」

「ライト。今のアイツは俺の声しか聞こえねぇから、説明はあとな。」

「はい。」

「あと、ヒバリ‼上‼」

「ああ‼」


余所見するヒバリに上から迫る『月の魔獣』の打撃攻撃を快斗が指摘。ヒバリが即座に反応して躱し、すれ違いざまにその腕を斬り裂き、倍になって返ってくる斬撃を躱す。


「見たかライト。」

「はい。あの魔獣の能力は……」

「ん。俗に言う『倍返し』って奴だ。面倒くせぇ。」


快斗はそう言いつつ、攻撃の流れ弾を余裕を持って躱す。


「攻撃したら、次は躱すことを考えろ。じゃねぇと死ぬ。」

「分かりました‼」


ライトは力強く答えて、快斗と共に『月の魔獣』に突進する。光の矢のように直進したライトが、『月の魔獣』の腹を蹴り飛ばす。次いで跳ね返ってくる打撃を躱し、地面に転がった瓦礫を引っ掴んで頭部に叩きつける。


『月の魔獣』が地面に顔を埋め、ライトは一瞬で距離を取る。その真上から快斗が草薙剣で背中を真一文字に斬り裂く。見えぬ斬撃を身を翻して躱し、


「『魔技・怨念の濁流』‼」


無数に出現させた怨念で出来た腕が波のように押し寄せ、『月の魔獣』を握り潰そうと凄まじい握力で掴みながら遠くへと押し出していく。


それらのダメージは反射されるが、消えることの無い怨念は、絶え間なく『月の魔獣』の体に傷を付けていく。


「『魔技』なら効くのか⁉なら、こっからは攻めまくるぜ‼ヒバリ‼」

「む?承知‼」


目線で糸を読み取ったヒバリは、押し寄せる怨念に押される『月の魔獣』を風龍剣で突き上げ、返る斬撃を押し返す勢いで、連撃を叩き込む。


「『秘技・瞬く鎌鼬』‼ハァァアア‼‼」


目にも止まらぬ速度で風龍剣が振るわれ、『月の魔獣』は成す術なく上へ上へと打ち上げられていく。


斬撃に合わせて倍の斬撃が返っているのだが、その斬撃さえも斬り裂いて、吹き荒れる暴風の如く剣閃が迸る。


「『奥技・風神かざかみの輪廻』‼」


剣閃は消え去り、返る斬撃の雨の中に、緑色の輝く風龍剣の太刀筋が一閃。全てを打ち砕き、『月の魔獣』に直撃したその斬撃は、一度だけではいざ知らず、そのままチェーンソーのように回転して、続けて体を斬り裂いていく。


「ギィィイエエエエエエ‼‼」


『月の魔獣』が悲鳴と思える絶叫を上げ、斬り刻まれた傷口からは跳ね返る斬撃と灰色の体液が溢れ出す。


「しぃッ‼‼」


その斬撃を迎え撃ちながら、ヒバリが何度も回転して、地面へと着地する。


「頼むぞ。『聖槍使い』。」

「頼まれました。『金色炎華の虎』‼『銀色水華の龍』‼」


ルーネスがロンギヌスに魔力を流して突き上げる。2つの矛先から、金の炎でできた虎と銀の水でできた龍が出現。『月の魔獣』をその場へと拘束させる。


「ギギィイイィィ‼‼」


『月の魔獣』が抵抗して魔力派を放ち、その魔術を跳ね返す。その2つの魔術を躱して、


「ハァア‼」


その胴体にロンギヌスを投げつけた。そして、地面を蹴り飛ばしてロンギヌスに辿り着いたルーネスは、『月の魔獣』と目が合うなり微笑んで、


「『聖槍の金銀乱舞』。」


金と銀の魔力を纏ったロンギヌスが、今までにない速度で振るわれ、硬い『月の魔獣』の体を斬り裂いていく。先程のヒバリ同様、跳ね返る攻撃は無理矢理押し潰す。そして、その技の能力、『魔力吸収』を存分に使って、ルーネスは魔力を高めていく。


「ギィアア‼」 

「く………」


『月の魔獣』は、体を思いっきり開き、4本の腕で、その斬撃を潰して、ルーネスを突き落とす。そして、追撃を試みようと更に迫るが、


「ふ……『金色森羅の万象炎』。」


笑ったルーネスは、ロンギヌスに先程の吸収した魔力を全て注ぎ込み、金色の炎を纏わせる。金色の虎のように象られるロンギヌスを、ルーネスは思いっきり『月の魔獣』の胴体に投げつける。


巨大な魔力の塊が、『月の魔獣』を空高く押し上げていく。


「ギイィィイィイイイイイ‼‼‼」


心臓部に大きな傷を負った『月の魔獣』は胸を抑え、空中からゆっくりと落ちていく。


「降ろさせません。」

「ギィア⁉」


が、その後ろから少年の声が変えられ、『月の魔獣』が振り向いた途端、その顔を引っ掴まれ、上空に向かって投げ飛ばされた。


空中でしどろもどろになる『月の魔獣』。その体に数秒で数十の打撃が加えられた。


「ギィアア⁉」


軋む痛みに、『月の魔獣』が目を見開くと同時に、その顔に雷を纏った拳が叩きつけられた。攻撃は反射する。しかし雷の速度で走り回る彼に、その反射攻撃は当たらない。


「僕は、あなたが瞬きするよりも速い。」


速すぎる速度で駆け抜ける少年、ライトの声は、『月の魔獣』の全方位から聞こえる。


『月の魔獣』はその位置を掴めず、しっちゃかめっちゃかに魔力派を撒き散らす。が、やはりそれはライトには当たらず、体中の骨が徐々に軋んでいく。


と、体を丸めて守る体勢を作った『月の魔獣』の前に、ライトの気配が現れる。『月の魔獣』がそっと目を開けると、力強く握られた両手に、雷の魔力が凝縮されていた。


「行きます。『爛々打打』。」


ライトの両手が爛々と輝き、強い電磁波と衝撃波を纏った拳撃が、『月の魔獣』に襲い掛かる。体中を衝撃が突き抜け、内臓を電波が痺れさす。


「あとは、快斗さん‼」

「了解‼」


上空から落ちてきた巨大な魔力に『月の魔獣』が目を向けると、草薙剣に強い怨力を纏わせた快斗が浮かんでいた。


「ライト‼」

「はい‼」


跳ね返った攻撃を全て躱したライトは、空中を蹴って『月の魔獣』から離れていく。


「離れたな。じゃあ……死ね♪」


真上から見下ろして、快斗は草薙剣を引き、軽快に笑いながら、刃を突き出して呟いた。


「『魔技・絶望の一閃(フラッシュデスペアー)』。」


放たれた死の光線が、一寸の違いなく『月の魔獣』を撃ち抜き、大爆発を起こす。


「ギィィイエエエエエエアアアアア‼‼‼」


獄炎に身を焼かれその痛みを悶絶し、『月の魔獣』は、悲鳴を上げる。


「ふ……勝った。」


快斗が右目を抑えて格好つけながら、魔力切れで逆さまに落ちていく。下には歓喜に満ちた表情のライト達が受け止める準備をしている。


快斗はふと、まだ消えない煙を見つめる。と、その中に微量に残った『月の魔獣』の気配が消失した。完全に消え去ったかと思ったその時、


「ぐっ⁉」

「ッ⁉快斗様‼」


煙の中から伸びた刃で形成された腕が、快斗の首を締め上げた。何かと快斗が煙に目を向けると、


「ギ、ギキ、ギィィイ‼‼」

「まだ……くたばっちゃいねぇってことか‼」


そこから現れたのは、先程とは気配が変わった『月の魔獣』が出現した。4本あった腕のうちの2本が肥大化し、魔力量が先程の倍ほどになっている。


「ギィィイアア‼‼」

「うおっ⁉」


『月の魔獣』は快斗を掴む腕を振り回し、壁に叩きつけてガラガラと引きずり回したあと、思いっきり地面へと叩きつけた。


「快斗様‼」

「快斗さん‼」

「悪魔‼チィッ‼そう簡単には行かないか‼」


『月の魔獣』は、地面に倒れ伏して動かない快斗を見たあと、剣を向けてくるヒバリを見つめた。そして、口をゆっくりと動かし、奇怪な声を上げ続けた。


それはさながら、勝てるはずもない強敵に抗い続ける悪魔と人間。そして『剣聖』を嘲笑っているようだった。

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